第21話 地下試験都市


 小さな部屋だった。

 四方は清潔感のある白色の壁で覆われ、頭の上からもこれまた過剰なほどの清潔感があるLEDの光が降り注ぐ。そして、その壁には窓どころか換気扇の一つもなく、一つだけある扉は金属製でのぞき窓のようなところには金属の格子で覆われていた。

「なんとか街には入れたね」

「完全に不審者扱いだけどな。明らかに身元不明者の一時滞在所って感じじゃないぞ。入ったことは無いが留置場って言われた方がしっくりくる」

 結局、非常事態ということでアウトリッジも折れ、澪と白亜は門番に連れられてこの拘置所のような施設に連れてこられていた。

 アウトリッジはできるだけ早く出してもらえるよう交渉すると言っていたが、廊下からも伝わってくるピリピリとした感じからしてあまり期待はできないだろう。

「これくらいなら壊せるけど、どうする?」

「やめとこう。せっかく掴んだ手掛かりなんだ、そう簡単に失いたくない。まあ、銃殺刑だとか言われたら話は別だけど、今んとこそんな雰囲気もないしな」

「あー、退屈。何か時間つぶせるものないの、レイ」

 壁にもたれかかるようにして座った少女が言う。

「荷物も全部没収されてるんだ。出来ることと言ったらしりとりくらいだろ」

「しりとりね。なにか他に無いの」

「じゃあ連想ゲームでもするか?はぁ、いつまでここにいることになるんだか」

 こうしている間も、少女の体は残る半身の寿命を少しづつ削り取っている。少年だって、できることなら今すぐ外に出て手がかりを探したいのだ。

「第三歩兵大隊用の弾薬は手配できたのかっ」

「そもそも絶対量が足りないんだ、第二までので精一杯で後方待機の第三まで回す分はない」

「じゃあ弾の入ってない銃で即応体制ってか?冗談じゃねえ」

「機甲部隊の整備は終わったのか!」

「あと数日はかかるって話ですよ。なんせ数十年は動かしてない骨董品なんですから」

「弾薬も古いもんでちゃんと撃てるのか怪しいって話だ」

「燃料不足で偵察機も今やただのオブジェだし、なんたってこんな時に」

 監房のような部屋の外からも、慌ただしい声と物音が聞こえてくる。

 届いてくる声からして、臨戦態勢というのは嘘ではないのだろう。それなりに切羽詰まった状況ではあるらしい。

「ねえ、これ私たち忘れられちゃったりしないよね」

「それだけはやめて欲しいもんだな。あ、うっかり、で飢え死にさせられたらたまったもんじゃない」

 あながちないとは言え無さそうだな、と思いながら、鉄格子の隙間から外を覗く少年。

 時たま見える兵士と思しき人たちは曲線的なデザインのアサルトライフルに、「方舟」ではまず見かけなかったほど本格的なボディーアーマーを着込んでいる。どこかで見たことがあるな、と思って記憶の引き出しを漁ると、例の大戦の写真資料だった。

「運よく「方舟」以外で生き延びてる人間を見つけたと思ったらこれか。俺が言うのも何だが、なんか人間の本質を見せられてるみたいな気分だな」

「まあ、そういうもんなんじゃない。私は何も記憶が無いけど、戦争で滅びかけた程度じゃ人類変わらないってことでしょ」

 興味なさげに少女は呟くと、

「眠いから私は寝てるね。誰か来たら起こしてちょうだい。それから、監視カメラがついてるから変なことはしないほうがいいよ」

「いちいち言われんでもしないわっ。今までだって何もしてないだろ」

「すぴー」

「……寝るの速いな」

「とにかく、今は寝かせてちょうだい」

 今度こそ本当に寝たらしい少女の寝息が静かとは言い方部屋にかすかに響く。結局、少年も天井を見上げてな転んでいたら睡魔に襲われたので、おとなしく身をゆだねることにしたのだった。



「ちょっと、起きて下さい。ったく、こんなところで二人して爆睡してるとはえらく肝の座ったお客さんですね」

「んあぁ?」

 誰かに肩をゆすられるような感覚に少年が目をこすりながら開けると、目の前にあったのは全く見知らぬヘルメットをかぶったブロンドの髪の女性だった。

「……えっと、どなた様で?」

「あなた達の護送を受け持つアリソン・ヘンソン上等兵です」

「護送?」

「行政府の上層部からあなた方を行政府庁舎まで連れてくるように、と命令が出てるんですよ。」

「なんでですか?」

「知りませんよそんなこと。とにかく、そういう風に命令が出ているんです。そちらの方も起こしてついて来てください」

 年は少年たちより少し上というところだろうか。アリソンと名乗った女性は目立つ長物の銃こそ持っていないものの、腰には軍用の拳銃がぶら下がり、立ち居振る舞いも訓練を受けた兵士のもの。

 目を盗んで脱出するというのは諦め、おとなしく言われた通りに未だに眠りこける白亜を起こしに行く。

「それから、あなた方の待遇は不審人物ではなく正式な客人とするように言われているので、最低限の荷物はここでお返しします。大きな荷物と武器の類がお返しできないの納得してください」

「客人?なんでそんな急に扱いが変わるのかな?」

 寝起きなせいか、はたまた純粋に手のひら返しが気に食わないのか。険しい目つきをした白亜が険のある声で言うが、アリソンは扉にもたれかかったまま少年たちの持ち物の入った布袋を床に置き、

「そんなこと聞かれましても。私はただの護送担当ですから。そんなに気になるなら直に会って聞けって話です」

 少年たちが持ち物を身に着けるのを待ってから、アリソンは先導するように歩き始める。

 連れてこられたときは分からなかったが、どうやら少年たちがいたのは軍の倉庫のようなところらしかった。わざわざ専用ではない施設を使うあたり、今回のように訪問者を拘留する対応は異例なのだろう。

 軍服姿の人間とすれ違う度に物珍しそうな視線を向けられつつ、建物から出るとすでに辺りは真っ暗で、材質のよくわからない路面をLEDが冷たく照らしていた。

「これって、地下なんですよね」

「何を当たり前のことを聞いているんですか。地下に決まってますよ」

「すると、真昼間でもこんな感じなんですか?」

「これまた奇妙なことを聞きますね。真っ暗だったら昼とは言いませんよ」

 ひたすら前を行くアリソンの後をカルガモの子供の様についていくと、遠目では存在も分からないような真っ黒い車の前に着く。

「後ろに乗ってください」

「遠いんですか」

「歩けなくはないでしょうけど、歩きたくないんですよ、私が」

 少年のいた人口千人に満たない「方舟」では、車は日常生活ではまず縁がない代物だ。大体の移動は自転車か小型のバイクで用が足りる。車に乗るのはこれが初めてかもな、と思いつつ乗り込むと、思いの他柔らかい座席が少年を出迎える。

 少女に至っては、知っているかどうかは別として車を見るは初めてなせいもあるのか、恐る恐るといった拍子で反対側の扉を開けて乗り込む。

「シートベルトはしてくださいね」

「シートベルト?」

「(レイ、これだよ、これ)」

 少し手間取ったものの、少年たちが準備できるのを待って黒塗りの車はすべりだすような滑らかさで動き出す。

 車窓から見えるのは、臨戦態勢にあるとは思えない平和な街並み。ただ、そのすべてが少年の知る「方舟」の街並みとは異なっていた。

 建物はすべて瓜二つの高層ビルで、碁盤の目状の規則正しい道が四方に走っている。一戸建てや細かい路地が多い「方舟」とは対照的である。

 ぱっと視界に入る建物の数や、歩道を歩く人の数などで少なくとも8番アークよりは人口が多いであろうことが容易に推察できる。

 五分ほどのドライブののち、今までの鏡写しのようにそっくりなビル群とは異なる、一回り大きな建物が見えてきた。

「ひょっとしてあそこが、行政府庁舎ってやつですか」

「そうです。普通なら一階の一般受付までしか入れないんですが、あなた方はどういうわけか執務室まで案内するように言われてますので、あの建物の三階まで行くことになりますね」

 そうこういう間にもアリソンの運転する車は進み、路面より一段下がった、庁舎の地下1/2階とでも言うべきところの駐車場に滑り込んでいく。

 異様なほど柔らかい座席が少し名残惜しかったものの、ガラガラの駐車場に止まった車から降り、アリソンの案内に従って小綺麗な建物の中を歩いていく。

 屋内に入ると、「方舟」との違いはより鮮明になった。そもそも、使われている技術がおそらくは一回りか二回りは違う。もちろん、進んでいる方向で。とはいえ、正確には「退化の度合いがまだまし」というのが実情だろう。廃墟などで見つける文明時代の物とは、やはり素人目にもわかる雲泥の差がある。

 一目で役所と分かる、けれど時間のせいか人のいない空間を通り抜け、エレベーターで上がり、今度は事務所感の増した廊下を歩いていく。

 そして、廊下の突き当りの、その少し手前の扉の前で、

「ここが、あなた達をお連れするように言われてた執務室です。ここから先は私は入ることができないので、お二人だけで入ってください。私は扉の前で音楽でも聴いて待ってますから」

(……勤務中に音楽って、いいのかそれ)

 まあ、少年としては知ったことでもないので言われた通りに目の前の扉に手をかける。

 ここまでにあったガラスの自動ドアとは違い、木製の引き戸だった。

 扉を開けるとその先には長い廊下が、なんてことはなく、どこにでもあるような事務机に、金属製のラック。

 そして、その机には長い金髪でぴしっとスーツを着た女性が座っており、その隣には、少年たちがここまで来る道案内をしてくれた男、アウトリッジ・S・コルトが立っていた。



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