第四章 元軍事研究基地制圧戦 ~The Trivial Relic of Final War~
第13話 侵入
「こうだったっけな……。いや、こうかな?」
少年の目の前には、座り込んでその辺で拾ってきた木の枝で地面に絵を描く少女。
白いワンピース一枚なことも相まって、見た目だけなら休日にちょっとピクニックに出かけているように見えなくもない。
しかし、その袖とスカートから伸びる左手と左足は文字通り陶器のように白く、一目見ただけで普通の人間のそれではないとわかる。
加えて、彼女が地面に書いているのはとある軍事施設の見取り図。その中に矢印やバツ印で様々なマークが付けられているのを見れば、その用途はすぐにわかるだろう。
ピクニックとは程遠い。
とはいっても、その軍事基地に人がいたのは数世紀は前の話だが。
「どう?侵入ルートは決まりそうか?」
「決まるも何も、高いフェンスと有刺鉄線で囲われてるから、フェンスが破れてるとこから入るしかないよ」
「数百年たってもちょっと破れる程度で済むフェンスかよ。つくずく戦前の技術には驚かされる」
「……私の体には驚かなかったのに、フェンスには驚くんだね」
少女が地面に何かを書いていた手を止めて少年の方を見上げる。
「いや、まあ、最初に会ったときから何か訳ありだろうとは思ってたから……ね、」
「はぁ。ま、ともかく侵入するならここからしかないかな」
地面にこぶしほどの大きさの円を描いた少女はゆっくり立ち上がる。
「入った後はいつもみたいにこそこそいくの?」
「さすがに無人兵器がこの数だと、ばれずに行くのは無理だろうな。最低限必要なのは二つある建物の制圧。さすがにあいつらが闊歩してる屋内で探し物はしたくない」
「屋内戦闘なら私に任せてよ」
そういって左手でガッツポーズをしてみせる少女。
「敷地に入ったら、外をうろうろしてるやつらには見つからないようにしてこの近いほうの建物まで行く。もし見つかったとしても、建物内に入ることが最優先だ。そこから先はその時考えよう」
「急に行き当たりばったりになったね」
「中の間取りまではわかんないからな。準備はいいか」
「ちょっとまってね」
少女は慣れた手つきでフライトジャケットを羽織り、拳銃の入ったホルスターを腰に巻く。
ここ一週間で、白いワンピースにホルスターとフライトジャケット、というちぐはぐな格好にも慣れてきた気がする。
かちゃかちゃと拳銃をいじっていた少女は、ふと思い出したという風に少年の方を向き直ると、
「そういえば、これって替えの弾とかないの?」
「替えのの弾?まあ、あるにはあるけど、マガジンがないから詰め直さないと使えないぞ」
「手でいまここに刺さってるマガジンにひとつづつ入れてくってこと?」
「そういうこと」
「……不便じゃないの?」
「もとが護身用のものだからな。一人の時はそれを撃つのだって数週間に一度とかだったし。一人だと隠れるのも簡単だからな。わざわざ危険を冒してまで戦いたくはない」
「その割にはレイが持ってる銃はごっついね」
少年が提げるベージュの狙撃銃を指さす少女。
少年はそれを両手で持つと、
「これは貰い物だよ。探索者をやってる人間は大抵フルサイズの弾丸を使った銃を一丁は持ってるんだ。半分はお守り的な理由で、もう半分は拳銃じゃ抜けない装甲がある無人兵器がごく稀にいるっていう現実的な理由。だから練習以外で撃ったのはこの前が初めて」
「じゃあ、その弾も」
「これは一つだけ予備のマガジンがある。もちろん弾も」
ポケットを軽くたたく少年。
「……念入りに用意するほう間違えてない?」
「これは一式貰い物だけど、拳銃は自分で買ったんだ。だから金がもったいなくて予備は買わなかった。使わないと思ってたしな」
「ま、今それを言ってもどうしようもないか。弾だけでいいから予備をちょうだい」
「ちょっと待って」
飛行機のところまで行ってから手のひらに乗るくらいの大きさの金属箱を持って戻ってくる少年。
「好きなだけ持ってけ」
「中身だけ持ってったら失くすに決まってるでしょ。箱ごと持ってくよ」
少年の手から片手でその箱を持ち上げた少女はフライトジャケットのポケットにそれを突っ込むと、
「これで私は準備万端だよ。レイは?」
「大丈夫だ」
「じゃあ行こっか」
「ああ。けど、最後に一つだけ。どちらかが負傷したらすぐに引き返すこと。これだけは約束してくれ」
「もちろん。私だけじゃここから帰れないしね」
そう言って片眼を閉じてから前を向いて歩きだした少女の後姿を見ながら、むしろ怪我しても気にせず突っ込んでいきそうなのはそっちなんだよな、と思う少年だった。
無人兵器の目を盗んで建物まで移動するのは、思ったより楽だった。
屋外にいたアンドロイドたちは歩き回るでもなく、一か所に突っ立ったまま時折周囲を見渡すだけ。彼らにそんな知性は無いと分かっていても、まるでこの施設を守る兵士のようにも思えてしまう。戦争が共倒れのようにして終わってから数世紀は経っているのに。
結局引き金を引くどころか銃の安全装置を外すこともなく、目的の建物の前までたどり着く。
扉はさすがに数百年の歳月と風雨には耐えられなかったのか、入り口だったであろう所には四角形の穴が開いているだけだった。
「私が先行くよ」
今になってホルスターから拳銃を取り出した少女が少年に背を向けたまま言う。
「多分、レイよりは室内戦得意だからね。それにこういうときも私の体は役に立つんだよ。少なくとも、生身のレイよりは撃たれても命にはかかわらないしね。レイは後ろから援護をお願い」
「了解。けど、無理はするなよ」
少女に先行させることに抵抗がないといえば嘘になる。少年は選んでこういう生活をしているわけだが、彼女はそうではない。
けれど、だからと言って自分が先行すると言い張るほど、少年も子供ではない。少女のほうがこういうことに向いてるのは少年だってわかってるし、感情と理性のどちらを優先させるべき場面か判断できなければこの世界ではやっていけない。
「努力はするよ」
左手をひらひらとさせる少女。
少年は軽くため息をついてから、少女と背を合わせる形ようにして後ろにつく。
「後ろは見とく。前は任せた」
「背中は任せたよ」
返事はすぐだった。
少女は右手で拳銃をもって、いつもと変わらない様子で、ただ、いつもより数回りゆっくりと廊下に沿って歩いていく。
慣れない後ろ歩きをする少年も、時たま少女に追突しそうになりつつ、なんとかぶつかることも置いて行かれることもなく少女にぴたりとついていく。
背中合わせのまま、じりじりと進む少年と少女。
廊下の両脇にある半開きの扉に近づくたびに少年の心拍数が上がるが、少女はぺーずを変えることもない。
部屋の入り口からひょいっと、馴染みの店でも覗くような感じで中を覗き込んでは、「おっけー」といって次の部屋に向かう。
「そんな雑なクリアリングで大丈夫なのか?」
「今のとこ隠れられるようなものはなかったからね」
少女としては、長い狙撃銃を持つ少年が一人で廊下で待たなければいけないという事態を避けたいというのもあったのだが、なんとなく言わなくていいような気がしたので、結局彼女は言わなかった。
ふーん、という少年の返事を聞きながら、少女は同じように次の部屋、次の部屋へと進んでいく。
部屋の中に残っている200年前の遺物は少年たちには用途はわからないものの、明らかに少年たちの知っているものより進んだものであることはわかった。
途中からは扉へ近づく時の緊張も薄れ、次の部屋にはどんなものがあるのだろう、と考えるだけの余裕も生まれていた。
ここはロストテクノロジーの宝庫なのだ。技術のレベルが違いすぎて、少年たちには、おそらく街へ持ち帰ったとしても、理解することはできないであろうが。
それでも、得体のしれない機械や装置の数々は、少しばかり少年のテンションを上げる。たとえ、それが戦争のための物であろうことが想像できていたとしても。
どこか、この前の地下施設と似たような雰囲気を感じるな、と思う少年だったが、距離的に考えてもそれはそうかと納得する。おおかた、どちらも文明時代にここにあった国の施設なのだろう。
二人はフロアをぐるりと一周するようにめぐらされた廊下を十分ほどかけて一周したが、外の賑わい具合が嘘のように、アンドロイドどころかどこでも飛んでいるドローンさえ見かけなかった。
意外なことに、上階へ続く階段は入り口のすぐ近くにあった。向きが悪かったせいで気づかなかったのだろう。
今までと同じように少女がひょいっと顔をのぞかせて様子をうかがう。
少年はベージュの銃を構えたまま入り口から入ってくるアンドロイドがいないか警戒する。
いつにも増して油断してはいけない場所だったし、少年だって油断はしていないつもりだった。
それでも、不自然なまでに静かな一階は少年の心に、もしかしたら屋内には何もいないのでは、という本人も気づかないほど些細な期待を抱かせていのだろう。
最初に少年が感じたのはふくらはぎのあたりを細かいもので叩かれるような感覚だった。
少し遅れて少年の聴覚が戻り、断続的な乾いた破裂音と、硬いものが弾けるような音が濁流の様に耳に流れ込んでくる。
撃たれてる、と気が付いた少年が振り返った時にはその音は止んでいた。
残されていたのは、先ほどまでは平らだったはずなのに雨上がりの運動場のように凸凹になった床と、階段の脇で嫌なものでも付いたかのように左手をぶらぶらと振っている少女。
ひとまず怪我人や死体を背負って脱出する破目にはならずに済んだようで安堵する。
そして、少女が続けた言葉は少年に少し違和感を抱かせるものだった。
「待ち伏せされてるね。しかも何機かいるよ」
なんだろう、違和感の正体はわからない。
少し考え込む少年だったが、答えを得る前に続く少女の言葉によって考えていたことは違和感ごと吹き飛んだ。
「突っ込むから援護して。むこうの銃撃は私が引き受けるから」
「へ?」
「さん、にい、いち、ゼロッ」
止める間もなく廊下の幅をいっぱいに使って助走をつけた少女は、踊り場で折り返しているせいで先も見えない階段に飛び込んでいく。
ほとんど自殺行為。驚きつつも見捨てることはできない少年も、あわてて銃を構えなおして援護するために一歩踏み出す。
が。
目を剥く少年をよそに本来なら相手の必殺圏となっているはずの空間に突入した少女の動きは、さらに少年の予想の数段上をいくものだった。
確かに上の階からは銃弾が降り注いでいるのだが、その軌跡は少女の動きを後ろから追うようにワンテンポ遅れていた。
階段のすぐ脇にいた少年が狙撃銃を構えて上の階に銃口を向けたときには、少女は踊り場の壁を蹴るようにして180度方向転換している。
方向転換で移動速度が落ちた少女に、アンドロイドたちの射線が寄っていく。
ほぼ真上を狙うような形で少年が引き金を引く。顎から頭を撃ち抜かれた無人兵器がまるで人のように崩れ落ちるが、それだけではまだ不十分。
「くそっ」
「大丈夫だって」
少年が二発目の弾丸を放つとほぼ同時。
未だいくらか残っていたアンドロイドの集団の、少年が撃ったのとは逆の端で二機のアンドロイドが一緒に崩れ落ちた。
そちらに目を走らせた少年は、それでやっと何が起きたかを理解した。
人間離れした加速で勢いをつけた少女がアンドロイドの群れに文字通り突っ込んでいる。
そして、その間にもさらに一機、二機と崩れ落ちる人型兵器。あそこまで詰めてしまえば少女の独壇場なのだろう。
こうなっては少年に手出しはできない。誤射が怖いというのもあるが、それ以前に援護は必要ないだろう。
いかんせん密集していたのが悪かったのか。
十を数えるほどの間に階段の幅を埋め尽くすほどいたアンドロイドは数機を残すばかりになる。
その結果、今までアンドロイドに隠れて見えなかった少女の戦い方がはっきりと見えるようになる。
それは銃撃戦というよりは白兵戦に近かった。
彼等の持つアサルトライフルでは撃てないほどの至近まで潜り込み、ゼロ距離で胸部装甲に銃弾を叩きこむ。時には他のアンドロイドやその残骸を盾に使いながら。
床に転がる残骸の中には、銃身が微妙に曲がった銃も混ざっている。純粋に年月のせいかもしれないが、少年は少女が曲げたのかもしれないと思わずにはいられない。
茶色いフライトジャケットと白いスカートをはためかせながら無骨な拳銃を片手に舞うその様子には、妙な引力とでも言うべきものがあった。
「こんなものかな。ちょっと張り切りすぎたかもしれないけど」
最後の一機の胸に銃弾を叩きこんで沈黙させてから、少年の方を振り返って言う少女の言葉に、ぼーっと見惚れていた少年は我に返る。
「けがはないか?」
「大丈夫。ぴんぴんしてるよ」
「ならよかった」
「さ、とっとと次行こ」
左手でつかんでいた残骸を脇に放ってから、軽く砂でも払うように服をはたく少女。
まるで先ほどの戦闘なんて大したことなかったというように。
「あんま無茶するなよ」
階段を上って少女に追いついた少年はそう言わずにはいられなかった。
「わかってるって」
そう答える少女の心中までは少年にはわからない。
とりあえず二階への侵入を果たした二人は、背中合わせになって、一階と同じようにしてフロアをクリアリングしていく。
二回も一回と大した違いはなかった。大きな違いは入り口がないことと、一つ一つの部屋が一回に比べて大きいことくらい。
そして、やはり今となっては気持ち悪いくらいの静寂。銃声はもちろん、無人兵器特有の硬質な足音や機械の作動音もない。
気が楽だった一階とは違い、先ほどアンドロイドと鉢合わせた後だと心臓を締め付けるような嫌な静寂だが、結局無人兵器と鉢合わせることは無かった。
二階を一通り見て回ってから、三階へ。
先ほどのような待ち伏せを警戒していたものの、今度は拍子抜けするほど何もなく、三階へ到達した。アンドロイドどころかドローンの一機もいない。
三階は、フロア全体が一つの大きな部屋になっているようで、クリアリングの手間は大いに省けた。
何かの研究室か何かだったのか、やはり見慣れない機器がたくさんあったが、どれも万全な状態では残っていない。純粋な経年劣化ということも考えらなくはないが、おそらくは数百年前にここを放棄した人たちが破壊していったものだろう。それが自分たちの情報を守るためだったのか、敵へ対する嫌がらせだったのかまでは知る由もないが。
「この様子じゃ、資料とかは残ってなさそうだね」
拳銃を腰にしまった少女が、近くにあった四角い機械の残骸の上に座って言う。
「少なくとも俺たちが分かるようなものは無いな」
「一階と二階ももう一回念入りに探してみる?」
「少なくとも、俺はあれを見ても何なのかはさっぱり分からなかったから、戻ったとこで俺はなにも見つけられないぞ、多分」
ちょうどいい高さの残骸を見つけられなかった少年は、そう言いながら適当な残骸を背もたれにして床に腰を下ろす。
「レイってこういうことずっと前からやってるんでしょ。何となく想像がついたりしないの?」
「こんな研究所みたいなとこくるのは初めてなんだ。全くわからん」
「じゃあこっからどうするの?」
「もう一つの建物を見てみるしかないだろうな」
「またさっきみたいなことしなきゃいけないのかぁ」
頬を膨らませながら言う少女に、脇に置いていたベージュの銃を手に取った少年は、
「ま、さっきよりは楽になるさ」
たまにはいいとこ見せなきゃな、と思いながら立ち上がったのだった。
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