交わる線

「その依頼っていうのが、この旅行に関することなんですか?」


 もう一つの依頼について説明を始めようとすると、猿渡は今から事務所に行ってもいいか、と通話を遮った。

 それは別に構わないよ、という所長の返事を聞いて刑事二人がすぐに飛んで来た。この速さは、まさかサイレンを鳴らして飛ばしてきてないか心配になるレベルだ。

 事務所に到着するなりソファーに座った猿渡は、早速この質問を投げかけてきた。ようやく事件に進展があったために、彼にしては珍しくやや上擦った声で話をしている。


「まさか本当にすっ飛んで来るとはね……。なるべく手短に話すから、もしわからないところがあれば質問して欲しい」


 食い気味の刑事たちに、さすがの所長も少し苦笑している。

 私たちが先日受けた依頼というものはこうだ。

 始まりは依頼人に一枚の葉書が届いたところから始まる。

 葉書には『あなたを素敵な星空にご招待します』的なことが書いてあった。

 勿論、依頼人として私の話に登場している以上すぐにわかることなのだが、この葉書を読んで詐欺を疑い、とりあえず近所で探偵事務所なるものを営んでいる所長の元に持ってきたのだ。

 この判断はさすがと言うべきであろう。そもそもこの現代において、迷惑メールなどの類で『百万円当選しました!』だとかいうものが送られてくる世の中で、『星空に招待します』という胡散臭い葉書を鵜呑みにする人間などいない。

 だが、それだけだと依頼人は葉書を破り捨てるだけで、わざわざ探偵事務所などという場所に持ってこないはずだ。

 ではなぜそれを持ってきたのだろうか?それは、この招待状がだからである。

 まずウェブサイトを確認した。確かに『星見の館』という名前を持つウェブサイトは存在し、七月から正式に宿泊施設としてオープンする、というものだった。

 次に、この『星見の館』なるものがウェブサイトの住所に存在するのかを確認した。これも確かに存在した。これは現地に赴いて確認したので確かである。

『星見の館』と名付けられた建物は、円柱の塔のような形をした建物である。三階分の高さがあり、屋上ではプラネタリウムと現実の星空を楽しむことが出来るという。これは、館のオーナーである星川氏に実際に話したことである。

 オーナーの星川氏は、数年前にこの館を手に入れたらしい。なんでも、山で遭難した際にこの館を見つけ、一目惚れして購入したそうなのだが、とある事情から個人的な利用から宿泊施設として営業することにしたらしい。これの詳細まではさすがに教えてくれなかったが。

 その話を依頼人に報告し、その他の調査で何人か招待されている人間もいることが判明した、という報告もしたのだが、じゃあ行こうかなとは言わなかった。

 だが、その館の存在自体は興味を持っているようで、オープンし次第改めて客として宿泊するので、先にどういった場所なのかを調査してきてほしい、という依頼に変わった。

 そのため、この事務所の所員が一人、代わりに現地に赴くことになったのだ。

 それが、今この事務所が抱えているもう一件の依頼だ。


「ということは、招待された依頼人とすり替わって、館にいるってことですか?しかし、現地で本人確認されないものですかね」


「うーん、そこを突っ込まれると少し困るなぁ」


 所長は苦々しい含み笑いを浮かべる。ここに出すのは憚られるが、少しばかりギリギリなことをしているのだ。

 本来なら、この時点でなにか言われそうなものなのだが、猿渡もわかっているのか敢えてなにも言わなかった。正直彼らのやっていることもギリギリなことがあるらしいので、お互いに目を瞑ろうというわけか。


「それでは話を本題に戻そうか。いくら捜査と言えども、依頼人の守秘義務は守らなくてはいけないから名前は明かせないが、いま館の中に依頼人の名前を被った所員がいる。そして、その中に容疑者たちもいる、と」


「ええ、ところでその所員とは今連絡はとれないんですか?」


「どうだろう、昨日の夜までは一日の報告が来ていたはずなんだけど」


 飯沢が食い気味に尋ねると、所長はパソコンを取り出してメーラーを呼び出した。

 最初現地に調査に行ったときには、携帯が圏外になっていたのだが、館の中にはWi-Fiが整備されているらしく、一日の終わりに報告書を送ってきてくれていた。

 メーラーを確認すると、確かに報告書は届いていた。だが、まさかその報告書を刑事たちに見せるわけにはいかないので、私が携帯を取り出して所員に電話をかけた。

 すると、呼び出し音が鳴ることはなく、『おかけになった電話は電波の届かないところにいるか……』というメッセージが流れた。おかしい、昨日電話をしたときには通じたはずなのだが。

 何度も呼び出したのだが、相変わらず同じメッセージが流れるだけだ。仕方がないので、インターネット回線を使う電話を使用する。

 しかし、それでも呼び出し音が鳴るだけで、相手は電話にでない。この電話は電波がなくとも、インターネットに接続してさえいれば通話はできるはずなのだがでない。

 これはただ単に携帯を持ち歩いていないので、電話に出られないのかもしれない。通知は入っているはずなので、今は諦めることにした。無言で所長に向かって首を振ると、それだけで何を言いたいのかを察してくれたようだ。


「さすがにその報告書から、詳細を教えていただくわけにはいかないですかね……」


「まあ、今回は緊急事態だからね、私の責任で話せることだけならね」


 少しだけ困った表情を浮かべた所長が答える。

 本当ならこの情報をもって事件を解決したいのだろう。しかし、これは探偵事務所が受けている仕事なので守秘義務がある以上、簡単に話してしまっては信頼関係に関わる。


「まず、容疑者の内、何人かが館に来ているのは確定のようだ」


「なるほど。しかし、どうして大半が招待されているのでしょうか。おまけに、先ほど聞いた三年前の事故に関することも気になりますし」


「まあ、それがわかれば苦労しないんだけどね。とりあえず、偶然と捉えるにはできすぎているような気もするしな。さて、どうしたものか」


 そのとき探偵の顔に影が差したのを、私は見逃さなかった。

 最初こそちょっと変わった依頼だ、程度に考えていたのだが、もしあの招待客の中に殺人犯が紛れ込んでいるとすれば大変なことになる。正直あんなに山中にある建物なのだから、あの場所で殺人を犯せば、外部の人間である可能性が減り、自らが捕まる可能性が高まるので、わざわざ新たに事件は起こさないような気もするが、こればかりはわからない。

 殺人を犯す気持ちは、殺人犯にしかわからないと言うが、今回はそれが大きく邪魔をしている。一人殺してしまえば、後は何人殺しても同じことだとか言うし、なにより場合によっては、『月の異名殺し』が愉快犯の可能性があるのだ。そうだった場合、この状況を嬉々として利用しだすかもしれない。

 ただ連絡が取れないというだけの状況ではあるが、仙谷は自分が危険な場所に所員を送り込んでしまったことを後悔しているのだろう。私はいつも「あいつなら大丈夫ですよ」と言っているが、今回ばかりは胸騒ぎがしてならない。

 こうなったらできることは一つだけかもしれない。


「所長、僕たちも現地に行きませんか」


 所長は驚いて私の顔を見た。

 最初の方こそ、こいつは正気なのかといった表情を浮かべていたのだが、私の真剣な顔つきを見たからなのか、それとも心中を察したのか、すぐに彼女も顔を引き締めた。


「そうだな。少々やりすぎな気もするが、今できることはそれぐらいしかなさそうだし」


「しょ、正気ですか!?まさか、犯人がいるかもしれない場所に乗り込もうっていうわけではないですよね、危険ですよ!それに、逃げられるかもしれませんし……」


 猿渡が慌てて立ち上がって制止する。当たり前だろう、探偵とはいえ一般市民が殺人犯と思わしき人物とコンタクトをとるに等しい行動をしようとしているのだ。とめるのは当たり前だろう。


「それは最終手段だよ、いくら命知らずでもさすがにそんなことはしない。どうにかして、オーナーの星川氏に話を聞くだけだよ。それに、予定通りなら今日が招待された日程の最終日、明日の朝帰ってくるはずだから、その話を聞きつつ現地に向かうつもりだ」


「な、なるほど。それなら犯人と鉢合わせ……なんてことはなさそうですが、しかし……」


「私たちだけでは不安なのだろう?ついてくるか?」


 所長は館の住所を言った。その瞬間猿渡の顔が曇る。当たり前だ、館は他県にあるのだ。いくら自分たちのテリトリーで起こった事件を追いかけているとはいえ、そんなに簡単に他県で捜査行為を行うわけにはいかないのだろう。せめて休暇なら、ということだろうが、こんなに急に休暇がとれるわけがない。

 しばらく逡巡した後、猿渡は大きなため息をついた。


「いいえ、そういうわけにはいかないので、どうにかその県の知り合いに、なにかあったら助けてくれるようにお願いだけしておきます」


 一応は現地に向かうことに納得はしてくれたようなのだが、どこか不満げなのは私の見間違いではないだろう。

 とりあえず今日は、連絡が来ることを祈りながら待つことにしよう。ついでに、無事に帰ってきたら、今回ばかりは十分に甘やかしてやろう。普段なら絶対におごらないのだが、今回は気味悪がられてもおごってあげよう。

 悪いことが起こりませんように。ジャケットの中のお守りを、そっと撫でた。

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