部屋に集いて

 両開きの扉の、右側を押して開けると、随分と広い部屋があった。中には管理人の説明通り、応接セットがいくつかセットされており、中央より壁側に、グランドピアノが鎮座していた。そして、ソファーには四人の人間が座っており、部屋に入って来た見知らぬ人間を、興味深そうに見つめていた。


「おやおや、新しい招待客ですかな?」


 四人のうち、一番年長らしき男が話しかけてくる。五十代ぐらいだろうか、体型はしっかりと引き締まっており、高そうなスーツを着こなしているが、撫でつけて整えた髪には白いものが混じっている。だが、彼ぐらい清潔感のある人なら、逆にそれもおしゃれに見えてくる。紳士とでもいうべきか。


「そんなところに突っ立っていないで、こちらにどうぞ」


 今度はでっぷりと太った女性が話しかけてくる。こちらも五十代くらいで、品の良い洋服を着ているが、贅肉がそれを台無しにしている。同級生の母親にこんな奴がいたなと思い出して苦笑しながら、招かれるままにソファーの開いたスペースに腰掛ける。


「ここで会ったのも何かの縁だ、何か飲みたいものはあるか?」


 もう一人の、中年の男が話しかけてくる。その男の顔を見て、六波羅は少し首を傾げる。その男の顔に見覚えがあったからだ。第一印象ではわからないが、じっくりと顔を見ると、元々なのかそれとも疲れからなのか、若干老け込んでいるように見える。だが、どこで見たのか、面識のある人間なのかは思い出せない。こちらも品の良さそうなスーツに身を包んでいるが、お腹がだらしなく零れだしている。


「じゃあ、コーヒーはありますか?」


「ああ、それならちょうどいい。さっき牛島うしじまさんが、お湯を余計に沸かしてしまったと言っていたからな」


 そう言って中年男は立ち上がり、部屋の隅に設置してあるミニキッチンの方に歩いて行った。

 名前を読んだときに、少し恥ずかしそうに頬を掻いた、まだ発言していない同年代の男が目の前に座っている。おそらく、この人が牛島なのだろう。禿げ上がった頭を隠さずにスキンヘッドにしているところを見ると、潔い人間のように見える。ただ、スーツ姿と少し強面なところから、ヤのつく職業の人に見えなくもない。

 中年男が紙コップを持って戻ってくる。そのまま持つと熱いので、ご丁寧にスリーブまでつけられていた。お礼を言って受け取ると、いいよいいよと言って男は笑う。


「ミルクと砂糖はここにありますので、ご自由にどうぞ」


 紳士もにこにこと笑いながら、テーブルの上に置かれた砂糖壺と、籠に積まれたミルクの山を指し示す。六波羅はブラックコーヒーが好みなので、丁寧に辞退した。

 それにしても、熱烈とまではいかないが、この人たちから醸し出される歓迎ムードというのは何なのだろうか。若い人間と話でもしたいのだろうか。だが、六波羅自身もう三十路である。刺激が欲しいなら、もっと若い世代の方がよさそうではなかろうか。


「さてさて、自己紹介が遅れましたな。わたくし蟹江かにえ名一郎めいいちろうと申します。休暇のつもりで来ておりますので名刺は持っておりませんが、食品会社の社長をしております」


 最初に紳士が名乗る。先ほど話かけられたときもこの男からだったが、まさかこの中でカースト制度でもできているのではなかろうか。初対面の人間が集まる中で、これは少し厄介かもしれない。

 品の良い笑みを浮かべる紳士に続いて、ふくよかな女性が口を開く。


「私は初取はっとり真弓まゆみ。専業主婦だけど、ちょうどこの間の三月で子供たち全員独り立ちしちゃったから、そのご褒美にゆっくりと一人の休暇を楽しみに来たのよ」


 なるほど、母親というのは間違っていなかったようだ。こういった母親卒業のご褒美に何かをするというのは、別段珍しいわけではない。

 その他、特になにか変わったところがあるわけではないが、住宅地にたまにいるスピーカーおばさんのような雰囲気を彷彿とさせるのは気のせいか。


「私は霜触しもふれ乙英おとひでだ。こんなナリだが一応政治家だ……、と言ってもまだ一地方の小さな町の、だがな。いつかは国会議員になってみたいものだよ」


 中年男は自嘲気味に笑う。

 霜触という名前と、政治家という職業で、六波羅はようやくこの男をどこで見たのかを思い出した。確か昨年のネットニュースで『九州の小さな町を再興させた若き町長』という見出しで、特集が組まれていたのを思い出した。当時の年齢は四十二だったはずなので、確かに若き町長だ。その左腕には、キラリと高そうな時計が輝いている。


「俺は牛島信行のぶゆき。しがない警備会社員だ、と言っても足が悪いから、できる業務は限られているんだがね」


 最後にスキンヘッドが名乗った。今は座っているので、怪我の具合はわからないが、この強面が警備にあたっていれば、そこら辺の悪ガキ程度は尻尾を巻いて逃げ出していきそうだ。


「ええと、俺は六波羅怜央です。なんか、すげー職業を並べられた後に言うのは恐縮するんすけど、実は昨年度末に会社潰れちまって、今ニートです」


 失業してからもう一か月は経過したが、失業者であることを名乗るのは、実はこれが初めてである。別に恥ずかしいことではないのだが、社長に政治家が並んだ後にニートであると名乗るには、少々勇気がいった。


「おや、わたくしが職業を名乗ったばかりに、申し訳ないことをしましたな」


 紳士は、申し訳なさそうな顔をして頭を下げる。この年代の人にしては物腰が低く、社長がこんなに簡単に頭を下げてもよいものかと疑問に思うが、そこは個人の都合だ。あまり突っ込まないようにしよう。


「すまんな、急にこんなおじさんたちに付き合わせてしまって。もう少しだけ付き合ってもらってもいいだろうか」


「それは別に構わないっすよ。時間はゆっくりあるんで」


 霜触の要求を呑むと、彼の口角が今までで一番高く上がった。一瞬何か企んでいるのかと邪推したが、話を聞く限りでは、彼らはただ若い世代の人間と話したかっただけのようだ。


 結局どれぐらいの間話し込んでいたのだろうか。

 この国の未来の話から、最近起きた物騒なニュース、特に盛り上がったのは、昨年日本中を震撼させた連続殺人の話である。どうやら蟹江と初取は推理小説のファンらしく、自分たちの推理をあれこれと披露していたが、死者への冒涜のように思えて、六波羅は積極的には参加しなかった。

 話に熱が入った彼らを、現実に呼び戻したのは、柱時計が時刻を告げる音だった。


「おっと、もう十二時か。そういえば腹が減った気がするな」


 霜触が柱時計を確認する。振り子が付いており、まるで『大きな古時計』に登場する時計だ。


「では、そろそろお開きにしますかな」


 蟹江が立ち上がり、机の上に置いてあるものを片付け始めたのを、六波羅が


「俺がやりますよ」


 と言って止めた。おそらく紳士は、自分がやりたいからやっているのだというのは、この集会の中でわかってきたことなのだが、流石に後片付けまで年長者にやらせるのは寝覚めが悪い。彼も、部下の者たちと、こういったやり取りには慣れているのか、素直に「お願いしてもよろしいですか?」と言って引き下がった。

 年長者が言うのだからと、政治家と専業主婦も「おねがいします」の言葉と、お辞儀を残して部屋を出ていったが、スキンヘッドだけは部屋に残った。

 彼も一緒にカップを片付け始めたが、先ほどの言葉通り確かに左足が悪そうだ。少し引きずりながら歩くせいで、ものを運ぶ行為がどこか不安げだ。

 一通り片づけを終えると、


「君は、今から食堂に行くのか?」


 と牛島が尋ねる。六波羅が、一度部屋に戻ってから改めて食堂に行くと告げると、スキンヘッドは苦笑した。


「また、おじさん集団に捕まったら大変だもんな」


「ああ、もしかしてバレてたっすか?」


 つられて六波羅も苦笑する。正直に言うと、途中から年上たちの相手をするのには飽きていたのだ。


「せっかくの休暇に、あんなのに捕まったら気持ちが休まらないだろ?同年代だからって理由で引き込まれたが、俺はああいう、ちょっとお堅い雰囲気ってのが苦手でね」


「同感です」


「せっかく抜け出せたから、俺も一旦部屋に戻ることにするよ。……それで、一個だけ厚かましいお願いなんだが、少しだけ階段を降りるのを手伝ってもらってもいいだろうか」


「いいっすよ、さっきの集会に比べたらお安い御用です」


 六波羅が肩を貸しながら、螺旋階段を降りる。肩を貸してみてわかったのだが、この階段は、足の悪い人間が上り下りするには少々不便そうだ。

 一階に着くと、お礼を言って牛島と別れる。彼は、『金牛宮』と書かれた部屋の中に入って行った。で牡牛座、金牛宮の部屋のようだ。

 それを見届けて、六波羅も自分の部屋に戻っていった。

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