聞き込み調査

 最初に訪れたのは、三番目の被害者・弥生雛子の実家だ。本当なら被害者の家族や周辺の人間にも話を聞きたいのだが、地方から出てきている人間も多いため、そこまで出向いていたら時間がかかる。そのため、あまり頼りたくは無いのだが、当時警察が聞き込みをした証言を参考にしつつ、聞ける限りの話を聞いていこうということらしい。

 最初にインターフォンを鳴らした時は怪訝そうに、探偵と名乗る二人組を見ていたのだが、少し話をすると信用してくれたようで家に上げてくれた。

 被害者の家族の元にこういった一般人が訪れると、迷惑だから帰ってくれと言われるのが常だが、どうやら彼女の家の人間はどんな手を使ってでも事件を解決して欲しいと考えているようで、積極的に協力してくれた。


「事件に巻き込まれる前に、娘さんに変わったことはありませんでしたか?」


 客間に通された私たちは、弥生雛子の両親と机を挟んで向かい合っている。

 事件当時、被害者は十八歳。先程父親から頂いた名刺を見る限り、二人とも若くで授かった子供のようで、四十代に差し掛かっていないようなのだが、明らかに実年齢より老け込んだ顔をしている。もう一人雛子の妹にあたる子供がいるようなのだが、その子も凶行にあわないか気が気でないのだろう。


「私が把握している限りではありません。もしかしたら、友人たちの方が相談されていたかもしれないので、聞いてみましょうか?」


 母親からの提案を受け入れ、仙谷が仕事用のアドレスが書かれた名刺を手渡して、自宅を辞した。

 続いて九番目の被害者・菊野なつきの実家にも訪れたのだが、けんもほろろに追い返されてしまった。よくわからない探偵とやらに教えるようなことはない、との事だった。

 この反応はよくある事なので、もしも何かあれば教えてください、と伝えてポストの中に名刺を忍ばせて帰った。

 残りの地方から出てきておらず、この近くに実家がある人間は五番目の被害者・立花さつきだけだ。

 この家でも予想に反して、こちらを信用して家に上げてくれ、当時被害者が使っていた部屋も見せてくれた。だが、参考になりそうなものは全て警察に持っていかれて、まだ返ってきていないそうだ。

 立花さつきは学校から帰宅後、行き先を告げずに家を出て犯行にあっている。警察からの情報では、どうして外に出たのかはわかっていないと言われていたが、応対してくれた被害者の兄が、推測ではあるが、と前置きをして話をしてくれた。


「弟が当時好きだったキャラクターのグッズを落として、それを探しに行ったんだと思います」


 どうしてそのように思うのかと問うと、なるほど一応は筋の通っている話をしてくれた。

 被害者はとあるゲームの大ファンだったらしく、そのゲームのグッズを一通り買い揃えていたという。

 その中でも気に入っているキャラクターのグッズだけはいくつか買っており、カバンにも缶バッジやキーホルダーをつけていたようだ。その姿を、家族は何度も目撃しているが、そのグッズのモチーフになっているキャラクターを理解しているのは、話をしてくれているこの兄だけだった。

 被害者が変わり果てた姿で帰ってきた日、持ち物の確認のために一緒に発見されたカバンを見たところ、一つだけ缶バッジが消えていた。

 最初は遺体と一緒に川に投げ込まれた時に落としたのかと思っていたのだが、缶バッジが一つだけしかとれていないというのは少し不思議なように思えたし、何よりと思わしきものがあったのだ。

 基本的に被害者は、カバンに着けているグッズがとれないように細心の注意をはらっていたようで、簡単に落としたとは考えにくいそうだ。跡を見て、落としたのか引きちぎられたのか判断がついたのかは分からないが、どこかに引っかけて落としたのかもしれない、と仮定して探しに行ったのかもしれない。

 行き先を告げずに家を出ていった、というのは怒られるのが目に見えてわかっていたからだろう、と兄は推測している。

 どうやら、被害者のグッズ収集癖に両親は呆れていたようで、夜中にわざわざグッズごときを探しに行くのは馬鹿らしい、と一蹴されるのを考慮して、何も告げずに出ていたのでは、という話だった。

 また、事件に巻き込まれる前になにか変わったことがなかったか、という質問にも答えてくれた。


「事件発生の二ヶ月ぐらい前でしょうか、弟が好きだったゲームはあまり人気があるゲームとは言えなくて、ゲームを実際に遊んでいる人口がとても少ないんです。その中で、弟と同じくらいの熱量を持っているファンにSNSで出会えた、って随分と嬉しそうに話していました」


 さすがにその相手が誰かまでは知らなかったようで、被害者のSNSから推測するしかない。アカウントだけを教えてもらい、他に何か気になることがあれば教えてくださいと名刺を渡して辞した。

 車に戻り、遺体が遺棄された現場に向かう最中、探偵はずっと教えてもらったSNSを確認していた。

 アカウントのパスワードがわからないのでログインはできないが、公開されている情報だけで該当するユーザーがいないか探しているようだ。

 凄い時代になったものだとつくづく思う。私が彼らぐらいの年齢の頃には、ある程度インターネットというものは普及していたものの、今ほど手軽には扱えなかった。

 当時はデスクトップでもノートパソコンでも、機械を立ち上げてなどの手間が必要だったにも関わらず、今では片手に収まるサイズの機械でほんの数回の動作、数秒の待機で同じことをすることが出来る。

 こんな事を考えるようになるとは、いよいよ私も歳をとってきたな、と想像したが実はそうではなく、単純に自分が機械に疎すぎるせいである。先日、Facebookのアカウントは持っていると話はしたが、アカウントを持っているだけで使ったことは無い。同窓会の席で「お前も作れよ!」と言われてアカウントをどうにか作成して、それっきりである。おかげで、未だに使いこなせず、かつての同級生からのフォロー通知とやらにあたふたする始末である。

 犯人が死体を遺棄した現場は、計十二箇所である。

 七月の犯行までは同じ川の、別の橋や川縁から死体を投げ落としていたのだが、八月以降は全て別の川に捨てられていた。

 犯行があった現場は特定されていないものがいくつかあるが、こちらの場合は全て特定されている。死体が発見された現場から上流に向かって捜索するだけだったというのもあるし、何より現場には残されていないことが多かった血痕が、うってかわってこちらにはしっかりと残されていたのだ。

 最初の現場は既に一年以上経過している上に、警察がしっかり捜査したと思われるので、痕跡が残されていることは期待できないが、話を聞くだけではわからないこともあるので、実際に現場に足を運んでみる、というのがこの所長のスタイルである。

 時間も限られているので、今日中に全て周り終えられるかどうかはわからないが、最初に七月までの現場を上流から順に見ていき、続いて近い場所から順番に足を運ぶ、という段取りである。

 車に設置されているナビが、右折するよう指示を出す。それに従ってハンドルを切った。

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