現地調査

「いいんですか?現場に降りて確認しなくても」


「いいんだよ、とりあえずは。死体遺棄の現場になにかトリックが隠されているわけでもないのに、わざわざ降りてまで周辺を確認しなくていい。法定速度を守って走ってもらえさえすれば、現地に来た目的は達成されるからね」


 探偵は、運転手に法定速度を守るように言っているが、本人は落ち着きなく車内から辺りを見渡している。とりあえず運転席の方に身を乗り出してくることはないのだが、万が一なにかあるといけないので、せめてシートに背中をつけていてくれるとありがたい。

 どうやら何かを探しているようなのだが、私は運転をしなくてはいけないので、下手に手伝うだなんていって、事故を起こしてしまえば元も子もない。とりあえず運転に集中するか、と決めたところで、所長の電話が鳴った。

 取り出したのは仕事用の電話だったので、もしかしたら今まで聞き込みに行った人間から連絡が来たのだろうかと考えたが、受け答えの様子を聞くと、どうやら相手は犬飼のようだ。朝お願いした調査の報告を受けているようだ。

 ある程度話が進んだところで、ちらりと助手席を盗み見る。考え事をするとき、髪の毛をくるくると指に巻き付けて弄ぶ癖のあるこの探偵だが、今は自分の考えが確信に変わったときの癖、妖しく口角を上げる癖も出てきていた。

 探偵のこの癖には、妙な魅力がある。という話を友人にしたことがあったのだが、友人には気味が悪くないか?と一蹴された。犯人という名の悪人が突き付けた謎を解いた瞬間、人の命が奪われることによって誕生した謎を解いた瞬間に、この探偵は嬉しそうに笑う。その前提がある以上、気味が悪いらしいのだ。

 しかし、私はそうは思わない。犯罪者を許さない探偵にとって、綻びを見つけて犯人に突きつけることができるようになった喜びで、笑っているのだ。

 それ故に、謎が解けた探偵は笑うのだ。


「犬飼から報告だ、運転しながら聞いてくれ」


 電話を終えた仙谷が携帯を仕舞いながら言う。私は頷いて、耳だけ助手席に傾けることにした。


「犬飼に依頼した調査はいくつかあるが、とりあえず一つ目は昨日私たちがやった調査の一つ、被害者の帰宅経路だ。被害者が事件に巻き込まれたときの特徴が、二つあったことには気がついていたか?」


「確か、犯行にあった場所がわかっているか不明になっているか、ですか?」


「そうだ。昨日現地を訪れて、犬飼の追加調査で確信したんだが、これはパターンとパターンが存在するんだ。殺害方法や犯行声明から同一犯ということはわかっているが、細かいところに二つの違いがあるということは」


?」


「そういうこと、といってもまだ確信するには判断材料が少なすぎるけどな。ただ、複数犯なら体格のいい男一人と、もう一人車を運転する人間がいれば人さらいも簡単だ。どちらが心臓を一突きするとかいう変態性癖を持っているか、なんてことはわからないけどね」


 探偵は両手を広げて大げさに肩をすくめてみせた。報告はまだ続く。


「次に被害者の周りで何か変わったことはなかったか、という報告だ。先ほどの立花さつきに付け加え、如月春香、水無月珠子、文月海里、秋月栞奈、霜月椿からも被害にあう前に少しおかしなことがあった、と家族や同僚、友人から報告があったと警察の調書にあったようだ。ほとんどがゴミを漁られたような形跡がある、誰かにつけられている、などといったストーカーのような被害にあっていたそうだ。このストーカーの特徴として、体格のいい男で、素人目に見ても後をつけるのが下手くそだったようで、誰が見てもあれはストーカーだ、とわかったらしい。この他にも、誰にも相談しなかったから報告に挙がっていない人物がいるかもしれない、ということで飯沢が日記や被害者のSNSの再調査を始めるそうだ」


「そのストーカーが犯人、という可能性がありますね。ですが文月海里さんの件で防犯カメラがなかったこともわかっているので、その点では期待できなさそうですね」


「そうだね。ただ、文月海里の住んでいたアパートでは、違法駐車の報告が多かった、という話もある。あと、霜月椿も立花さつきのようにSNSで新しい知り合いができていたこともわかったよ」


 その報告に驚いて、信号が赤に変わっているのに気付くのが遅れて急ブレーキをかけた。その衝撃で、前につんのめるようになってしまい、咄嗟に左腕を、助手席を守るようにかざした。途端に「事件を調査しているやつが、警察にお世話になるようなことをするんじゃないよ」と文句が飛んでくる。これは反論のしようがない、というか反論したら怒られる。


「この車には私たち二人の他に、十二人の命も乗っているようなものだよ、気をつけてくれ。続きだが、霜月椿はネットの友人と通話していて、その後凶行にあっているだろう?その友人に話を聞いたそうなんだが、新しくできたネットの友達というのは、アカウントを削除していた。でも、ユーザー名を記憶していたし、何よりそのユーザーのプロフィールをスクショしてくれていた」


「すくしょ?なんですかそれ、新しいお菓子ですか?」


 わからない単語が出てきたので思わず聞き返したのだが、気配だけで目玉をひん剥かれたのが分かった。こっちはどんな意味か分からないで、あちらはお前の言っている意味がわからないといったところだろうか。おそらく今横を向けば、こいつありえない、などといった顔をしていることだろう。しかし、わからないものはわからないのだ。大人げないことはわかっているが、思わず頬を膨らませたくなる。


「スクリーンショットの略称だよ。末治、本当に現代人?」


「現代人ですよ、古臭いのは名前だけです。ああ、それならなんか聞いたことあります」


 そう返すと、まだ不服そうだがとりあえず説明には戻ってもらえるようだ。その前に小声で「絶対履歴の消し方もわからないな」と言ったのが聞こえたような気がする。失礼な。


「さっきの報告で、スクショに残されていたIDを教えてもらったんだけど、これがまた面白くてね」


 探偵が、妖しく口角を上げる気配がする。



「え?でもさっき、アカウントは削除されているって言ってませんでしたっけ」


「アカウントは削除されても、ものによっては削除後一定期間アカウント情報が残るものもあるし、他人と交流、リプライを飛ばすなんて言い方をするけど、それを行っていれば、相手の方にIDの情報が残ることがある。今回はその両方だ。このアカウントの持ち主は比較的最近削除したらしい。いつ消した、まではわからないけどな」


「最近、ですか。もし犯人なら一連の犯行が終わった後に削除しそうなものですけどね」


「まだ犯人というには早すぎるぞ、せいぜい重要参考人だ。せめてこのアカウントの情報がわかればいいんだが、情報を開示するにも運営会社が外国にある以上時間がかかりすぎる。一応、開示請求はしているらしいがね」


 そこまで言ったところで、探偵は再び黙り込んでしまった。喋りたいことは全て喋ってしまったようだ。

 一つだけ聞きびれていたことがある。


「そういえば、そのアカウントのユーザー名ってなんだったんですか?」


 探偵の口角が上がるのを、サイドミラーで視認した。


「カリュドーン、ギリシャ神話で猪狩りの舞台になった場所の名前だよ」

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