一日の終わり

「容疑者に挙がっていた人間を全員覚えているか?」


 休憩に立ち寄ったコンビニで、おにぎりを頬張る探偵が聞いた。正直、少々お行儀が悪いなとは思うのだが、おそらく彼女はわかってやっているし、大人同士で行儀が悪いなんて言い合う気がしない。

 記憶の中のページをめくって、リストに挙がっていた名前を思い出す。名前を声に出して並べようとしたところで、所長に制止された。今は言わなくていい、ということだろう。


「今の状態だと、あまりにも犯人候補が多すぎる。今から刑事たちを交えて捜査会議にしよう」


「今からって、刑事さんたち暇じゃないと思いますけど……」


「大丈夫だよ、一日が終わる頃に電話をかけるって言っておいたからね」


 その言い方だと、夜中に電話をするという捉え方をされないだろうか。今は一応夕方なので、一般人が活動を終えて早い人なら帰宅を始める時間なので、間違いではないのだが。

 所長が携帯を取り出し、刑事に電話をかけると、数コールで出てくれた。この時間だろうな、と踏んで待機でもしていたのだろうか。通話をスピーカーに切り替えて、ダッシュボードに置いて簡易的な捜査会議が始まった。

 私は、またあの苦手な犬飼が出てくるのかと思うと、不安で胸がいっぱいになったのだが、どうやら彼は帰ったらしい。少し安心した。


「今容疑者に挙がっている人間を絞りたい。私がいう条件に該当しないものは、排除してもらってもいいか?」


 電話の向こうで猿渡が了承する声が聞こえ、その後にガサゴソと物音が聞こえた。おそらく相棒の飯沢が、資料を準備したのだろう。


「まず、運転免許証を持っていないものを排除してくれ」


「え、いいんですか?さっき共犯の可能性があるって、片方だけ免許証を持っていればいいんじゃないですか?」


 思わず口を挟むと、探偵は片方の眉を吊り上げた。何を言っているんだの顔である。


「いいや、両方持っていないとだめだ。筋肉質の犯人は、大の大人をさらうことはできても、その場で人を殺すことはできない。被害者が共通して、同じ特徴をもつストーカーにあっていたと考えると、犯人の内人さらい担当はこのストーカー男である可能性が高い。だが、報告にもあったように、この男はなんだ。そんな男が、被害者に気づかれないように接近して、背後から刺し殺すことが可能だと思うか?」


「可能性としては、低い、ですね」


「そうだ、接近した直後に刺し殺すというのは、気配を消したり後をつけたりするのが得意な共犯者がやった可能性が高い。そして誰にも目撃されないように刺し殺した後は、これまた誰にも目撃されないように被害者を車に乗せて、素早く撤収しなくてはならない」


「でも、それだけだったら、現地に予め車を置いておいて、共犯者に遺体を運んでもらって、その間に自分が運転席に座る、っていうのじゃダメなんですか?」


「ダメ、というわけではない。しかし、昨日現地を歩いてみてわかったと思うが、被害者たちが帰ったと思われる道には、大抵街灯が少ない箇所があった。普段からそこを利用している場合、普段見かけない不審な車があれば、誰だって警戒するだろう。それでターゲットに逃げられるのを防ぐため、車は別の場所に待機させておいて、犯行に及んだあとに車を運転してきて寄せた方が安全だと思わないか?」


「それで、免許証を持っていない人間は排除してほしいんですね」


 そういうこと、と探偵はどこか満足げに頷いた。


『免許を持っていない人間は、十人ですね』


 会話が終わるのを待っていたかのように、飯沢が答えてくれた。その後に、十人の名前を読み上げる。

 私はまず、候補が半分になったことに驚いたが、容疑者といえ抽出された人間のうち、半数が免許証をもっていないということにもっと驚いた。最近の若者の車離れとかいうやつなのだろうか。最近の若者は車を持たないだの老人は言うが、維持するだけでもお金がかかるものを、必要がない地域に住んでいる人間がわざわざ買いたいと思うか?と私は常々考えているのだが、続けて聞こえた飯沢の説明を聞くと、完全に私の思い違いだった。


『免許を持っていない人のうち、二人免許をはく奪されていて、また、免許を持っている人でも、犯行が行われた期間に免停をくらっていた人が二人いたので、その二人は排除しています。なので、正確には十二人ですね』


 探偵は、免停をくらった二人はそのまま排除していい、と言った。なんでも、その二人が免停をくらっていたのは五月と六月、八月と九月の事件発生日に被っているからだ。この二つの月は、直接犯行に及んだパターンと誘拐した後に殺したパターンが並んでいるので、一月だけならともかく、共犯者が行う犯行の時に運転ができない。

 人を殺しておいて、無免許運転はやらないだのふざけた話のように思えるが、変なリスクは最低限にまで減らしておく、というのが犯人たちの考えだろうか。ただ、これは犯人が二人組だったときに成り立つのであって、三人以上の場合、その二人、いや、免許を持っていない人も全員容疑者になるのだが、そこはどう考えているのだろうか。何か、彼女の中には、犯人は二人組であるという確信めいたことでもあるのだろうか。


「その十人の中に、体格のいい男はいるか?」


『二名ほど、いますが』


 そう言って飯沢は、二人の男の名前を読み上げた。


「もしそのどちらかに、借金でも人間関係のトラブルでもなんでもいい、握られるような弱みがある方がいるなら、そいつについて詳しく調べてくれないか?」


『わかりました。仙谷さんは、このどちらかが共犯者だとお考えですね?』


「まあ、そうだな。でもまだ、問題の主犯が残っている。一人の人間の弱みを握り、それを利用して殺人を行う変態趣味が残りのやつらの中に紛れ込んでいるのか」


 探偵が目を瞑って思案し始めたので、それに倣って私も残った容疑者の情報を思い出した。

 明村洋子、二十三歳。四番目の被害者の卯月健二と、大学生の時の同級生かつ恋人の関係であったそうだ。彼女が容疑者に挙がっているのは、卯月と別れる際に、詳細な理由はわからないが、かなり激しい別れ方をしているようで、それが原因で犯行に及んだのでは、と言われている。また、中学生の頃からかなりやんちゃをしていたようで、何度も警察にお世話になっているらしい。

 牛島信行、四十六歳。十一番目の被害者・霜月椿の近所に住んでいる住民で、周辺では度々トラブルを起こすような人間で、霜月が被害にあう前にも、ゴミ出しの仕方を注意されて激昂し、殴りかかる寸前だったそうだ。彼は、日雇いの警備員として働いて、その日の食い扶持を繋ぐような生活をしていた。

 識名双葉、二十二歳。八番目の被害者・豊島はづきと、大学の同級生だ。識名は一年浪人してから大学に入学しているため、生きていれば今年で二十一歳の一つ下の豊島と同級生になっているそうだ。彼女が容疑者に挙がっている理由に、またトラブルがあったという情報があるのだが、これがまた同じ学部の人間から又聞きしたとかで、詳細がはっきりしていない。

 六波羅怜央、三十二歳。二番目の被害者・如月春香のかつての同僚だ。なんでも、会社内で二人は業務に関することで大揉めしたようで、六波羅はクビになったか自主的に会社を退社している。その恨みから犯行に及んだのでは、と言われている。

 秤谷受弘、三十歳。七番目の被害者・文月海里が彼の後輩にあたる。大学生のときのサークルの後輩だったらしく、彼もまたトラブルに巻き込まれている。当時、文月と付き合っていた恋人を、秤谷が奪ったという根も葉もない噂をたてられて、一時期彼はサークル内で干されている状況にあった。真相としては、当時彼女に振られた腹いせに、人気の高かった秤谷に罪を着せることでストレスを発散していたようだ。勿論、噂が広まりすぎて焦った文月が、真相を話してどうにか収まったらしいが、このことを根に持っていた秤谷が犯行に及んでもおかしくない、と考えているらしい。

 佐曽利愛、二十九歳。十番目の被害者・秋月栞奈の大学時代からの先輩と後輩の関係で、その後同じ会社に入社している。これもまた、会社内の業務関係でいざこざが起こり、佐曽利、秋月共に退社をしている。その後、両者とも新しい会社に就職したようだが、佐曽利は自称雑誌記者、フリーライターという肩書きを名乗っている。

 釣瓶一生、二十六歳。最後の被害者・氷月梨沙子の幼馴染ともいえる存在で、一時期は恋人関係にもあり、近所では結婚を噂されたようだが、結局は別れている。どちらに原因があったかなどはハッキリしないが、別れた直後、氷月に新たな恋人が出来ていることから、彼女の浮気が原因だとも噂されている。彼は非常に真面目で思い詰めるようなところがあったので、その部分に愛想を尽かされたのでは、とも言われている。

 猪原若史、三十六歳。彼は最初の被害者・睦月七海と血縁関係にある。といっても、遠い親戚なので、ほぼ他人のようなものと言っていいだろう。しかし、睦月の父親が、猪原の家にかなりの借金をしているようで、おまけにその借金を踏み倒し、猪原の家が貧窮した時に助けの手を差し伸べず、猪原は両親を亡くすことになってしまった。現在、猪原は個人営業の会社に勤めているようだ。

 こうやって並べてみると、それぞれに被害者を殺す理由があるのだが、その殺意がどうして連続殺人を引き起こすまでに膨れ上がるのだろうか。それが疑問なのである。

 また、この月の異名の連続殺人事件だが、誰か一人を殺すためのカモフラージュなどと言われていたが、もしかしたら、この内の数人が寄り合って、何人か無関係の人間を手にかけているのかもしれない。

 そして、名前を思い出している間に気がついたことがある。

『カリュドーンの猪』、猪原。

 この名前には何か関係があるのだろうか。明日の行動を探偵と刑事が話し合う中、ぼんやりと足りない脳みそを回していた。


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