第一章 一日目 館
その館、山奥に
招待状が届いたのは四月。見覚えのないアドレスから、『GWにオープンする宿泊施設に招待します』という、いかにも嘘くさい文面だった。だが、その一文がはがきに書かれていなければ、即座に破り捨てていたのも事実だ。
招待された客全員、どんな新手の詐欺だよと思いながら、ネットで書かれていたURLを検索してみると、確かに『星見の館』とやらは存在した。その館に、二泊三日の休暇として招待しますといった文面だ。
しかし、それと同時に、ますます疑惑は深まる。なぜなら、無料で招待と謳うその館は、明らかに高級ホテルのスイートルームのような内装の部屋しかなかったのだ。
普通、こんなうまい話には裏があるはず、宿泊すれば何かしらの見返りを求められるのではなかろうか。招待客は全員それを疑った。
果たして、招待状に書かれていた午前十時には、集合場所に二人の男女が降り立った。
男はワイシャツにジーパン、リュックサックという簡素な格好で、三十代くらいの見た目をしている。髪の毛は、以前染めていたようで、毛先だけ茶色がかっている。
女はパーカーに長ズボン、手にはキャリーケースを持っている。年はまだ二十代頃で、髪の毛もうっすら茶色がかっていたが、どこか大人しそうな印象が抜けない。袖から覗く手首には、日光を受けてきらきらと光るものが見える。
男女はお互いに顔を見合わせる。赤字路線のディーゼル列車に乗っていたのは、この二人だけ。一両しかない列車の中で、お互いにあの人も招待客だろうかと考えていた。
館までは歩いて一時間はかかる。招待状には、列車が到着する時刻に、管理人が車で迎えに来ると書いてあった。ホームに立った男は、リュックサック背負いなおしながら女性に近づいた。
「こんにちは、もしかして君も、『星見の館』に招待されました?」
突然話しかけられた女性は、驚き、少し警戒する目線を向けたが、男が手に持っている招待状を見ると、少しだけ警戒を解いた。
「ええ。最初は、こんなおいしい話があるものかと疑いましたけどね」
二人は揃って改札を抜ける。ここの路線はICカードに対応しているのだが、何故かこの駅だけは、利用することができない。そのため、それぞれが乗った駅から、わざわざ切符を買って乗車した。また、当然だが駅員もいない。切符は入り口に設置されている、ポストのような箱に入れるようだ。ただ、最近ここに駅員が来たのはいつだろうか、鳥の糞と埃が付いている。
改札の外、普通ロータリーなどに該当する箇所だけは、アスファルトで舗装されていたが、その先、恐らく館方面に向かうであろう道は、ある程度整備されてはいるものの、未舗装の道路だった。
だが、そのロータリーには、人の影どころか管理人らしき人の車もない。まさか、こんな怪しげな招待状にしっぽを振ってついてきたのは、私たち二人だけなのだろうか。思わず男女が顔を見合わせたとき、遠くから車のエンジン音がした。
音の聞こえた方を見ると、あの未舗装の道を、四駆が砂埃を上げながら下ってきた。その車は、ちょうど二人の目の前で停車する。どうやら二人を迎えに来た車で間違いなさそうだ。
運転席に乗っていた男がおりてくる。見た目は三十代くらいだろうか、二人の目の前に立つと、にこにこと人のよさそうな笑みを浮かべた。
「すみません、お待たせしました。
六波羅と識名はそれぞれ頷き、招待状を見せる。運転手はそれを確認し、お礼を述べると、二人を車に乗るよう促した。
運転手は、識名の持つキャリーケースを見て、バックドアに載せますか?と聞く。彼女はお願いしますと荷物を手渡した。その後に、六波羅にも同じことを聞いたが、彼の手荷物はリュックサック一つだったので、丁寧に断った。
二人がセカンドシートに収まると、運転手はシートベルトを締めるように、と言った。どうやら、この先の道はかなり揺れるそうなのだ。事故を起こすつもりは毛頭ないが、なにかあったらいけないというので、二人は大人しく指示に従った。
シートベルトを締めたことを確認して、ようやく車は館に向けて出発する。歩くと一時間だが、車では二十分ほどで着くようだ。
「自己紹介が遅れました、私、
管理人は、前を向いたまま軽くお辞儀をする。
車が走る未舗装の道は、周りが木々に覆われており、今日は晴天はずだが、辺りはうっすら暗い。こんな道、昼間でも少し怖いのに、夜に歩こうものならどれだけ不気味だろうかと、こっそり想像した識名は、こっそりと震えた。
「じゃあ、今日お招きくださったのは猪原さんなんすか?」
六波羅は砕けた口調で質問する。それに管理人は否と答える。
「この館を所有していらっしゃる方が、皆さまをご招待しております。私は、その方に雇われたただの管理人ですので」
「皆さま、ですか。今ここには二人しかいませんが、他にも何人か招待されたのですか?」
最初に見たホームページには、部屋数が十二部屋と書いてあった。まさか宿泊できる人数全員が招待客だとは思えなかったので、二、三人ぐらいだろうかと予想していた。
「ええ、お二人も含めて十二人招待しております」
「十二人!?部屋が全部埋まっているじゃないですか!?」
今度は識名が驚いて声を上げる。まさか全部で十二部屋しかない施設で、全部屋が埋まるように招待したのか。宿泊施設として営業するようなのだから、何人かは招待するのではなく、一般の客を呼んでもよさそうなものだ。余程金持ちな企業が経営しているのか、それとも酔狂な個人が運営しているのか。招待状にもホームページにも、また管理人の口からも、その詳細が語られることはなかった。
「十二人招待した……ってことは、俺たち以外に十人は招待客がいると思うんですが、その人たちは?駅で待たなくてよかったんですか?」
「いいえ、お二人が最後です。ほかの方々は、既に館の方にいらしてますよ」
運転手はにこにこと答える。この男、どうやら笑った顔がデフォルトのようだ。仏頂面をされるよりは愛想よく笑っている方がいいのだが、ずっと笑われていると、やはり少しだけ不気味だ。
他の方はいらしているということなので、自分たちを含めて、少なくとも四人以上は招待に従ったようだ。好奇心だけでここに来てしまった六波羅だったので、自分以外にも酔狂な人間がいると知って、少しだけ安心した。
その安心感から、一瞬だけ携帯を確認する。電波の強さを示す場所には、都会にいればめったに見ることのない『圏外』の文字が表示されていた。一応勤め先には、大型連休に山奥の館に遊びに行ってくると報告しているので、多少連絡が取れなくとも、電波の届かないくらい山奥にいるのだろうと納得はしてくれるはずだ。
ちらりと横を見ると、識名も携帯を確認して小さなため息をついている。彼女もまた、電波の入っていない携帯を見たのだろう。
その二人の様子をバックミラーで確認したのか、管理人は再び口を開いた。
「大丈夫ですよ、館にはWi-Fiがあります」
これには少々驚いた。写真で見た『星見の館』は、かなり古めかしい建物で、宿泊施設ではあるが、インターネットの類は絶望的だろうと考え、あらかじめポケットWi-Fiを持ってきていたのだ。ただ、山奥で使用するのは初めてなので、つながるかどうかはわからない。
管理人は、この先の道はかなり揺れるとは言っていたが、快適であるとは言えないが、覚悟していたほどの悪路ではなかった。寧ろ、少し乱暴な揺れが心地よいくらいだ。
やがて車は、開けた場所に出る。薄暗い森の中を眺めていた六波羅は、急に差し込んできた太陽光に、思わず顔をしかめた。後で頭痛が起こりそうなタイプの眩しさだ。彼はどうも、この急な光量の変化に弱かった。
「さあ、着きましたよ」
運転手は車を停止させる。彼は運転席から降り、後部座席のドアを開け、ドアに近かった識名が先に降車した。
だが、先に降りた識名が、上を見上げたまま動かない。彼女が動かないと車から出られない六波羅が、一体何に気を取られて動かないのかと同じ方向を見上げると、彼の動作もピタリと止まった。
目の前には、荘厳な館が佇んでいた。
石造りのその館は、三階建ての建物だ。だが、よくある西洋屋敷のような建物ではなく、円柱の塔をそのまま大きくしたような建物だった。一瞬ここは日本ではなく、いつの間にか外国に来てしまったのではないだろうかと思わせるような力を持っている。現に彼は、幼い時に見たテーマパークの家を思い出していた。
そのテーマパークというのが、外国の街並みを再現した場所で、幼かった彼は本当の外国に来たと錯覚したのだった。ただ、その時見た家というのは、後で調べてみるとどうやらダミーだったらしい。
だが、今彼の目の前に建っている館は、どう見たって本物だ。湿度の高い日本では、石造りの家というものはあまり喜ばれるものではない。おまけに、地震大国のこの国で、石造りの家に住むなど、自殺行為のように思えてならない。
そうは考えるものの、この館はかなり年季が入っている。建築には詳しくない六波羅でも、最近建てられたものではないことは容易にわかった。建物を覆う蔦が、三階部分に達していたからだ。
「さて、建物にご案内しましょう」
管理人に話しかけられて、ようやく二人は我に返る。いつの間にか彼は、識名のキャリーケースを下ろして手に持っていた。慌ててその荷物を受け取ろうと動いてくれたおかげで、やっと車から降りることができた。識名はお礼を言って受け取ろうとしたが、館までお持ちしますよと言われ、引き下がった。
ぼんやり館を眺めていた時は気づかなかったが、玄関は車を停めた場所の前にあった。だが、その入り口は外階段を上がった二階に存在した。
それを見て、ここが豪雪地帯だったことを思い出す。今は見る影もないが、真冬になれば、この建物の一階部分は雪に覆われてしまうのだろう。
そうなった場合、ここは営業を停止するのだろうか。それほど雪が降り積もるのならば、下の駅からここまで上がってくるのは不可能だろう。それも考慮して、ここの持ち主は宿泊施設を作ったのだろうか。
階段を登り切り、管理人が観音開きの扉を開く。
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