四月十五日
「毎月二十二日は何の日か知っているか?」
「なんですか藪から棒に、知らないですよ」
「ショートケーキの日だよ。カレンダーを見ると、十五日の下は二十二日だからイチゴが乗っている、でショートケーキの日」
「そうなんですか、でもその話が事件に関係あるんですか」
「いや、ない。そこに美味しそうなケーキ屋さんがあったのと、十五日っていうから思い出しただけ」
そう言って彼女が指さした先には、確かにかわいらしいケーキ屋さんが建っていた。
私たちが今歩いているのは、四月の被害者・卯月健二が最後に目撃された商店街である。この場所にある居酒屋で飲み会を終え、帰路についたところで凶行にあった。
この事件の大きなポイントが、卯月という男が被害にあっている点だと素人目線に考えている。というのも、事務所で刑事が指摘した通り、被害者の中で彼だけ明らかに体格が違う。
仮に犯人が自分の欲求のために連続殺人を起こしたとしよう。そうなると、犯人は本当の意味での『誰でもよかった』をやっていることになる。これは『誰でもよかった』という犯人に限って、弱い女子供を狙っているところからきている話だ。つまり、殺す相手は誰でもいいくらい殺しに自信のある人間が犯人であるということにつながらないだろうか。
また、カモフラージュのために事件を起こしたという場合。事件の被害者のうち、卯月だけが明らかに異様である、と解決しようとする人間は誰でも気づくだろう。この異様さから、犯人が明確な殺意を持っていたのは彼だけで、彼の周辺にいた人間が犯人である、というような推理に行きついてしまいそうだが、ここまで用意周到な犯人がそんなことをするだろうか。寧ろそれを考慮して、彼以外の人間に殺意をもっていた、と考えるのがいいのではなかろうか。
どちらにせよ、卯月が殺されている以上、彼に太刀打ちできるような人間であったことは確かだ。ただ、それが単独犯だったのか複数犯だったのかまではわからない。
卯月の図らずとも最後の晩餐となってしまった場所を訪れたが、まだ昼を少し回った頃、最近ではランチもやっている居酒屋もあるが、ここはまだ準備中だった。
そのお店の扉の前に仙谷は立ち止まる。しばらく何かを考え込むように止まり、突然くるりとこちらを振り返った。
「卯月はどっちに向かって帰っていった?」
頭の中で資料をめくり、彼のことが書かれていたページを思い出す。
「彼はここの近くに住んでいたそうなので、駅とは反対側、お店を出て左手側ですね」
私が答えると、探偵は頷いてそちらの方向に歩き出す。歩き出す、というより今まで駅前から歩いてきたのだから、どちらかというと一旦休憩のために止まった、というのに近いのだが。
商店街は特に何の変りもないものである。近年、大型ショッピングモールなどの影響もあり、段々とシャッター街に姿を変えて、最終的に消えてしまうという商店街が多い中、この商店街はなかなか繁盛しているようだ。大体商店街と言われると、年配の方向けの衣服を売るお店や、地元で生まれ育った人間しか使わないような八百屋や魚屋が入っているのをイメージするが、ここは若い人向けのお店が多い。チェーン店の店舗が多く入っているのだ。おまけに、アーケードもついているので雨の日はもっと人通りが多いだろう。
しばらく歩き続けると、商店街を抜けて車通りの多い道に出た。次に聞かれる質問はもうわかっていたので、先回りして卯月が当時住んでいたアパートまでの道のりを言うと、満足げに頷いて歩き始めた。
先ほど街灯について指摘されたばかりだったので、電柱を見上げて灯りの有無を確認しながら進む。この道も、最初に歩いてきた住宅地の道のように街灯は多い。夜道が真っ暗だ、ということはなさそうだ。
それがわかるとある一つの疑問が浮かび上がる。そう、先ほども出てきた、どこで襲われたかという話だ。
夜闇に紛れて、というのはまず無理だろう。ここは先ほどのように近道などもなさそうだ。人の多さに紛れて、とも考えたが、人が多いなら目撃情報の一つや二つ上がりそうなものだし、大体今の時点であまり人がいないので、夜遅くになったからといって通行人が増えるわけでもなさそうだ。というのも、被害者が住んでいたアパートは、商店街から坂を上った高台にあり、恐らく車を使っている住人が多いはずだ。
高台に到着し、そこから十分ほど歩いた場所がかつての住処だった。
アパートを見つめて無言で佇む仙谷の横で、私は再び黙祷を捧げる。
私が黙祷を捧げ終わっても、しばらく探偵は考え込んだようにして動かなかった。ややあって、ようやく動き出したかと思うと、
「車に戻るよ」
と言って帰路についた。それを慌てて追いかける。
「何かわかったんですか?」
「被害者がどこで殺されたのか、という質問ならほぼイエスかな」
「えっ、ほんとですか!?」
驚いて思わず声が高くなってしまい、所長にうるさいとたしなめられた。
それはどこですか、と小声で聞いたが返ってきたのは、まだ証拠が揃っていないから言わない、という言葉だった。
世の中にはたくさんの探偵小説なるものがあるが、彼らは決して未完成の推理を口にしたりはしない。推理小説というエンターテインメントを確立させるためには、もちろん探偵のこの言動は必須なのだが、少しぐらいヒントを与えてくれてもいいのではないか?と私は常々考えているため、どうも推理小説を読むのには向いていない。
彼らが未完成の推理を語りたくないのには様々な理由があるが、大抵の場合は芸術家が未完成の作品を世に送り出したくないのと同じであると考えている。変わった探偵では、助手役も刑事も皆自分と同じ考えに行きついているものだと思っている天才もいる。
ただ、探偵が未完成の推理を話さないのはそれだけではないだろう。
彼らは探偵なのだ。彼らの言動ひとつひとつに意味があり、探偵を頼った刑事は、その推理を元に捜査方針を固め犯人を逮捕する。そのため、探偵の言動には責任というものが付きまとってくるのだ。
探偵が未完成の推理を披露し、それを元に警察が犯人を逮捕したとしよう。もし、その推理の材料に不足があり、逮捕された人間が無実だったら?
探偵とは常に真実を暴くもの。彼らの言葉は、犯人を拘束する枷にもなれるし無実の人間を傷つける凶器にもなれる。それ故に、彼らは不確かなことは口にしない、というのが私の持論である。
お互いに黙ったまま、駅前のパーキングに戻る。のどが渇いてお腹もすいていたので、コンビニで飲食物を買う。水筒を持ってきてはいたが、もうとっくに空になってしまった。それらを車の中で頬張りながら今からの予定を立てた。
「ここから三月の事件現場が一番近いですが、そちらに向かいますか?」
「そうしてほしい。でも、次は車を停めなくていい。車に乗ったまま、通ったと思われる道を走るだけでいいから。それよりも、あと何日だ?」
彼女がこういった提案をするときは、何かしら考えが浮かんでいるときなので、どうして?と疑問には思うが、意味がある行動だとはわかっているので何も言わずに従う。
何日だ、という質問には、スマートフォンの画面に表示された日付から数えて答える。
「あまり時間がないな、明日からは協力を要請しよう」
その言葉に、思わず全身が凍り付く。
「
私の悲痛な叫びを聞いて、所長は意地悪そうに笑った。こっちが苦手なのを知っていてこういう提案をするのだから、本当に意地が悪い。
犬飼というのは、先ほど事件を持ってきた刑事・猿渡の本来の相方だ。といっても犬飼は正式な警察組織の人間ではないらしいが、彼の本業が何かは知らない。知りたくもない、私はあの人が苦手だからだ。
「Time is money だよ、残りが四日か五日かはまだわからないからね。なるべく早く解決させるためには、今日みたいにのんびり事件現場を回っていたんじゃきりがない。犬飼も管轄外だ、とは言っていたが事件解決のためなら手を貸してくれるよ」
「まあ、それなら仕方ないですけど……。せめてもう一人人員がいたらよかったんですけど」
「文句をいうな、この事務所には助手は二人しかいないし、そのもう一人も仕事中だ」
「言われなくてもわかっていますって。でも、あんな依頼受けないかと思っていたんですが」
私の頭の中に、先日今抱えているもう一件の依頼を持ってきた人間の顔を思い浮かべた。自宅に届いた謎の招待状を持って、不安そうな顔で事務所に入ってきたのだ。
「明らかに怪しい一件であることはお前も確認しただろう。あれを放っておけと言う方が無理だね」
「そうなんですがね……。本当に大丈夫なんですか」
「大丈夫だと何度も言わせるな。バタフライエフェクトというのを知っているか?中国で蝶が羽ばたけば、カリブでハリケーンを起こす、ってやつだ。もちろんその言葉が生まれた背景からは随分とかけ離れてしまっているが、ほんの小さな影響でも別の場所では大きな影響になるといった感じだ」
「そんなものですかねぇ」
いつもお守り代わりに持ち歩いているジャケットの中身をそっと撫でる。もう三十路のいい大人なのだが、幼い時から不安になったときのこの癖はどうも抜けないままでいる。悪いことがおきませんように。
「なにぼーっとしている?次の現場に向かって、そのあとすぐに六月の現場にも行くぞ」
「三月の次に近いのは七月です」
助手席のそうか、わかったの声を聞いて、車のエンジンをかけた。
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