第4章 苦闘の始まり

第32話 カモメボーイズ

「ガビアータ泥沼5連敗」


 比良の仕掛けた「報復」の報復としてなのだろう。


 スポーツ報日はわざわざ裏一面に、華々しい開幕戦の勝利の後5連敗を喫したガビアータの記事を大見出し付きで掲載した。

 

 私設のサポーター集団、「カモメボーイズ」の代表者である木下祐誠ゆうせいは行きつけの喫茶店「Monami」でスポーツ報日を長い黒髪を振り乱してテーブルに叩きつけた。


「おいおい、祐誠、ほかの客に迷惑だろ? やめておけよ」


「ざけんなよ。こんな三流スポーツ紙にいいように書かれて黙っていられるかってえの」


 木下は下総銀行カップとJSL開幕戦での勝利に浮かれていたわけではない。

 

 しかし、過去のガビアータに比べて遥かに期待を持たせる内容であったのは間違いなかった。


 しかし、第2節以降のガビアータは惜敗を繰り返す。


 第2節 札幌 ○0-1● 幕張 87分に決勝ゴールを決められる

 第3節 幕張 ●2-3〇 広島 前半0-3から2点追い上げるも敗戦

 第4節 香取 〇1-0● 幕張 前半アディショナルタイムにセットプレーから1点

 第5節 京都 〇2-1● 幕張 1-1の77分にPKを決められ敗戦

 第6節 幕張 ●3-4〇 松本 眞崎の警告累積欠場で守備が崩壊、撃合いに敗北


 5連敗の共通項を探すのは容易だった。

 

 いずれも守備の破綻から得点を決められている。


 新しい守備陣は監督である須賀川の目玉だったはずだが一度崩れるとなかなか元に戻せないのが選手層の薄さに基づいていることが明らかになった。


 須賀川も手をこまねいてばかりではない。

 

 その類稀なる戦術眼で猫の目のように布陣や先発メンバーを変えた。しかし第6節が終わり、順位は勝ち点3の16位、得失点差-4と昨シーズンの第6節終了時に比べても悪かった。


 開幕戦のさいたまユナイテッド戦以来、優勝候補と相まみえたわけでもない。

 

 特に松本に負けたのはかなりの痛手であった。


 木下はこれまでチームとの間に数々の問題を起こしてきた。


 0-7で敗れた浜松戦後に選手のバスを取り囲んだり、スタンドに居ながらまったく応援しない「サボタージュ」も幾度として繰り出していた。


 そして、昨年の最終節で整列した選手に罵声を浴びせ、ゲームキャプテンである鈴木からに名前を聞かれたのは木下だった。


 特に木下が敵視しているのは基本的にフロント連中であった。


 今年のガビアータは違う。日向がこのチームを変えてくれる、そう一旦は信じてみたものの、第6節しか消化していないとは言え、ガビアータがいつもと同じ位置にいることにやり場のない怒りを爆発させていたのだ。


「どうすんだよ、祐誠。このままじゃ昨年の二の舞だ。俺たちがフロントに喝入れてやらねえと」

 そう主要メンバーの一人、カズトが言ったが木下は取り合わない。


「いつものように俺たちが騒いだら、それこそいつものガビアータに逆戻りだ。勝ち点は確かにまだ3しかねえが、得失点差は悲観するほどでもない。歯車がまだ噛み合っていないのかもな」

 いつもならさっきのように激高したまま次の試合でフロント相手に何か問題行動を起こしていただろうが、カズトが驚くほどに木下は冷静になっていた。


「どうしたんだよ、本当にやらなくていいのか?」


「ああ、まだその時じゃねえよ。選手たちは須賀川と日向GMに付いて行くって言ってるんだろう? 俺たちが出ていく幕でもねえよ」

 一つ大きなため息をついたのは、そう言いながらも心の中でまだ葛藤があって自分に折り合いがついていないのだろう。


「俺たちが暴れていいのは、選手とフロントの野郎たちの間に信頼関係が無くなってからでも遅くねえと思う」


「お、お前がそういうなら」


「でも俺はまだ日向GMから直接チームをどうしたいか言葉を聞いていない。俺たち『カモメボーイズ』も、付いて行くかどうかは日向GMの言葉次第なんだがな……そういうチャンスはもらえねえのかな?」


 思えば、カモメボーイズとフロントの間には隙間風が吹いて久しい。


 意思疎通は今のところゲームキャプテンである鈴木を通じてある程度行えているが、直接のホットラインがないとシーズンに入った鈴木にも負担を掛けてしまうことになる。


「鈴木選手に連絡取れるか? カズト」


「とれるけど、なんだ?」


「まあいいから、つないでくれよ」

 木下は連絡役のカズトにそう言って鈴木に連絡を取らせた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「『カモメボーイズ』の木下です。練習後に申し訳ないっス。お願いが一つあって」

 鈴木がカズトからの着信に応答すると、カズトではなくカモメボーイズのリーダー、木下祐誠の声がしたので少し躊躇いがちに、


「ど、どうしたんですか? この後チームミーティングにすぐ入るので手短にお願いしたいんですが」

 と答えた。


「すみません。本来なら選手の皆さんと直接コミュニケーションを取るのもご法度だと思うですが、俺たちにも問題があってフロントの皆さんと直接話すホットラインがないんで」

 木下の殊更な言葉に少々驚いたが、鈴木は用件を答えるよう急かした。


「今日で鈴木選手を介してフロントと話し合いを取り持ってもらうのは止めにします。その代わり、日向GMと直接話ができるように掛け合ってもらえませんか?」


「え、日向GMとですか?」


「俺たち、ガビアータサポとしてきちんとチームを盛り上げていきたいんスよ。そのためにはチームのビジョンとか、俺たちのあり方なんかも含めて日向GMと話をしてみたいんスよ」

 鈴木はカモメボーイズの変化を見て取った。


(これは良い予兆なんじゃないか……?)


「分かった。日向さんにはオレから話しておきます。その後どうすればいい?」


「次節のホームゲーム前でも後でもいい。こっちは代表者3人出すから、そっちもきちっと話せる人を3人出してもらいたい。俺たちはちゃんと話ができる環境を提供してもらいたい。それだけっス」


「じゃあ、連絡はこの携帯にするよう日向さんには伝えておく。悪いがうまくいくかどうかは約束はできない。それでも俺は君の真摯なその言葉を信じるし、支持するよ。電話してきてくれてありがとう」

 そう言って鈴木は電話を切った。


 そして電話を掛けた。


「あ、今時間大丈夫ですかね? 実は、『カモメボーイズ』の……」

 相手は日向であった。

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