第三章 新しい挑戦
第22話 下総銀行カップ(1)
「柿内、いよいよ明日だな」
山際はマーケティングで広告を担当している柿内に声を掛けた。
「あのポスター、どんな反応がくるか楽しみでもあるし、怖い感じもします。」
柿内は応えた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話を少し前に巻き戻す。
キャンプインした数日後、柿内は山際の部屋にやって来た。
「なんだ、柿内」
「なんだじゃないでしょ、社長」
「えっと、ああ、
そうですよ、と言わんばかりに苦笑しながら部屋の中にある小テーブルの椅子に座る柿内。
「毎年のプレシーズンマッチとはいえ、日向さんと須賀川さんの緒戦ですからね」
そういってA0サイズのポスターのカンプ(*)を広げて見せた。
「かなり刺激的なコピーをつけたんですけど」
「へぇえ」
なんとも締まらない声を上げたのは山際だった。
串本のキャンプで撮った選手とスタッフ全員の写真が使われていた。
笑顔はなく、全員カメラを睨みつけるような視線である。そして大見出しは、「今年のカモメは太陽だって撃ち落とす」だ。
「随分と煽るねえ。これ、やばくねえか?」
太陽とは、プレシーズンマッチの相手、
「『やばいくらいのを頼む』って言ったのは山際さんですよ」
「まあ、
「相手もプレシーズンマッチで本気出してくれるかもしれませんしね」
下総銀行カップとは、同じ千葉県内にあるガビアータとデルソルのプレシーズンマッチに地元最大の地銀、下総銀行が冠スポンサーになって毎年行われている試合だ。
今年は、順番で川島製鉄アリーナで開催される。
同じ千葉県と言っても、我孫子は東葛エリアかつ利根川を挟んで隣がすぐに茨城県取手市ということもあり、お互いに同じ千葉県同士の戦いとは思っておらずサポーター同士も仲が悪い。
特にここ十年は一度引き分けるのがやっとで、ずっと負け続けているのがガビアータなのだ。デルソルサポーターはガビアータを見下していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
チームは大きな故障者を出すこともなく、順調にトレーニングを消化しており、また柔軟性に富んだ戦術のチーム内への浸透も進んでいるとテクニカルディレクターの香坂からの報告を聞いている。
「面白い試合になると良いんですがね。僕は串本には視察に行けてないのでどんなチームになっているか想像がつかないんです」
柿内はガビアータの社員としてではなく、純粋なサッカーファンとして今年のガビアータに期待しているようだった。
「須賀川君とオンライン会議をしたんだが、やっぱり日向君の連れて来た選手達は須賀川くんの戦術に結構フィットしているようだぞ。ただ、相手さんもかなり補強に力を入れたようだしな」
「そうですね。今年獲得したエクアドル代表のディエゴ・モランがやっぱり出色ですよ。もともと堅守速攻のチームカラーです。モランはポストプレーも突破力もある
それだけではない。 ボランチの松山も日本代表入りし、カルロス・アラウージョ監督も来日してもう五年、昨シーズンが惜しくも2位だったので今年こそはと意気込んでいる。
「だからこそ、この試合は試金石になるよな。ウチだって負けてないよ。ディフェンスには眞崎と関口が左右サイドバック、身体能力の高い中野と山口がセンターバック、
山際は壮絶なカウンターの打ち合いになる、そう思っている。
そして絶対的なカリスマ、眞崎の加入がやはり大きいと考えているようだ。
眞崎は試合でのパフォーマンスだけでなく精神的な支柱として孤軍奮闘してきた尹の負担を軽減してくれると期待しているからだ。
翌日、ポスターが京葉線の主要な駅に貼りだされた。
すぐにネットニュースがこれを拾い、Twitterで拡散されてゆく。
マーケティングチームは山際よりツイートのモニターを命ぜられていた。
「クレイジーメンタルジェットコースター @crazy_mental_jtcstr
ガビアータ、空回りしてるな。無理してないか?
#どうしたガビアータ」
「つんちゃん @tsun-chan-chan1654
おもれーwww
これで負けたらもっとおもれーww
太陽に近づきすぎたカモメは焼かれて死にましたとさ
#どうしたガビアータ」
「結構辛辣なTweetが大半ですが、中にはこんな意見もありました」
報告に来たマーケティング部長の比良が見せたのは、
「コータきゅん @ninnin_hattori_qun
チーム一丸で変わるんだ、っていう意気込みが伝わってくる。ポスター一枚に一喜一憂しちゃだめだけど、期待しかできない。
新しいGMと須賀川監督と眞崎がチームを変えてくれる
#どうしたガビアータ」
というポジティブなtweetだった。
「あれ、このアカウントの人、GMと監督発表の時もなんかいいこと書いてくれてた人だよね」
「そうでしたっけ?」
比良はそこまで覚えていなかったが、山際はこのコータきゅんという人物を覚えていた。
「比良さんさ、この人にDM送れない?」
「え、なんでですか?」
「うーん、良いことも、厳しいこともきっと言ってくれる人だと思うんだよね。定期的にこういうサポーターの人と話が出来たら面白くないかな」
「私は反対ですね。やはりチームがサポとなあなあになってはいけないと思います」
「うん、比良さんのいう事も一理あるけど、なんか革新的なことをやらないと黒字化は出来ないと思うぜ?」
比良は自分の顎を触り始めた。心配なことが起きるとつい出てしまう癖だ。
「こういう人たちが、期待を込めてカワアリに観戦しに来てくれないとさ。観客動員数の目標も比良さんたちの今年の人事評価に入れたの、忘れてないだろ?」
「まあ、炎上とかそう言うのは勘弁ですけど、何か考えてみますかね」
大手広告代理店で長年クリエーターをやっていた比良は、このチームに来て重厚長大な企業では目立たず、刺されずを実行してきた。
しかし自分も変わらねばならない、そう自分に言い聞かせた。
(* カンプ=広告の原稿)
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