第23話 下総銀行カップ(2)

 ついに新生幕張ガビアータの初陣の日はやって来た。

 天気は晴れ、予想最高気温は十八度。

 暑くも寒くもなく理想的なコンディションだ。


 プレシーズンマッチとはいえ、ホームゲームとしてここカワアリで今季JFL-A最強との呼び声高い我孫子あびこデルソルを迎え撃つガビアータにはメディアの注目度は高い。


 日刊紙のスポーツ新聞、サンデースポーツはなんと裏一面ながら大きな扱いで報じていた。

 かん口令が上手く機能したようで、紙面でのスタメン予想では中野はリストアップされておらず、報道陣は今日センターバックで出場する中野を見て仰天するだろう。


 中野は須賀川の期待に応えて、センターバックのポジションを勝ち取ったのだ。


 山際は朝一からカワアリの貴賓室で日向と打ち合わせを行っていた。


「日向さん、サンデースポーツのスタメン予想は痛快だね」


「まあ、僕が中野を残したのは未だにストンと落ちてはいないですけどね。今日の結果を見て納得できたらいいです」


 日向は中野の事をちゃんと評価している。

 

 しかしこういう風ににしか言えない人なんだな、と山際は日向について感じていた。


 そして。人事の中村と共に新しいチーム運営方法を決めた山際だが、さっそく今日この試合からそれが発揮される。


 中村が「反発を食らう」と言っていたである。


 経理の八乙女順菜と、営業事務をやっている沢木ひよりが、この試合の運営スタッフとして参加している。


 八乙女も沢木も、サッカーの事はよく知らない。

 イベントの運営などもちろん経験はない。

 

 会社の実績としての数字しか彼女たちの仕事には関係がなく、ましてや自分の専門分野でもないイベント運営をこの二人が今日は取り仕切るのだ。


 もちろん本当の意味での責任者はイベントコーディネーターである、マーケティング部の町島ではあるが。


 この話を社員の前で発表した時、中村が危惧していたことがすぐに噴出した。


 意外にも不満を真っ先に述べたのは対象となった間接部門社員たちではなく、それを専門にしている町島だった。


 町島は、その時のことを思い出していた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「社長、それは再考してもらえませんか。素人、といっては失礼ですが、右も左もわからない社員が現場の足を引っ張ることで何千人、場合によっては何万人の観客に影響があります!」


「町島、外部委託先のスタッフさんはみんなお前くらいサッカーのイベントに慣れていて、何の指示をしなくても上手く現場は回っているのか?」


「い、いえ、そうではありませんが、間接部門の方々も望まないと思います」


「じゃあ聞こうじゃないか。沢木さん、沢木さんは試合時のイベントスタッフのとりまとめをすることについてどう思う?」


「あ、あの、町島さんおおっしゃる通り私にはそのような経験はありませんので自信がありません」

 町島がいかにもだ、と言うように頷く。


「じゃあ聞き方を変えてみよう。こうした経験をすることは全く望んでいないのかな?」


 沢木は辺りを見回し、少し逡巡してひとつ深呼吸をしてから答えた。


「いえ、私は自分のやっている仕事の中に出てくる数字についてどうしてそう言う数字になって出てくるのかを考えたことがありませんでした。社長は、例えば私が運営スタッフになってそれを完璧にこなしなさいというのならお断りしたいのですが、経験して来い、何か掴んで来いという事なら一生懸命やります!」


「もちろん、失敗しても構わないが、失敗前提じゃ困るぞ(笑)」

 山際の答えに安堵の表情を浮かべる沢木。


「なあ、町島。この会社はこの間も言った通り正直しんどい状況だよ。みんなで乗り越えるために会社の一体感が欲しいんだ」

 

「分かりますが、それとこれとは話は別です」


「沢木さんの言ったことが大事なんだ。会社は結果が数字で測られる。だが、それがどうやって出来てきた数字なのか、全員が肌感覚を持っている組織は本当に強いよ」

 山際は興奮するでもなく、冷静すぎると言うこともなく町島のみならす社員全員に語りかけている。


「そのために業務として、ちゃんと頑張りを評価したうえで専門外の事に積極的にクビを突っ込んでもらいたいんだ」


「そ、そういうことなら」

 そういいながらも町島はまだ言いたい事があるようだ。


「町島、案ずるより産むが易しだよ。それからな、町島」


 町島は、まだ何かあるのかと身構える。


「お前にも経理部門の仕事をやってもらうぞ。『部門間留学』って言う制度だ」


 山際の狙いは、それぞれの部門同士社員をある程度の期間交換することで業務効率の見直しや、新しいアイディアの創出などで組織全体を活性化することだった。


 実際、町島が経理に十日間部門間留学した時に、経理部の業務効率について提案した事があった。

 イベントをつつがなく成功裡に終了させるには段取りが非常に重要だ。


 経理にはルーティーンはあるが効率は個々の能力によるものが多く、前行程としてある作業が終わらないと次の作業に掛かることができなかったりと、それによる残業時間が気になっていたのだ。


 当たり前のように町島が業務で使用している「GANTTチャート」*1を導入して全体の業務の工程管理を提案したところ、一月の残業時間が三十五%も削減できたのだ。


 町島は、自分のこの体験が、自分の職域でどう他の部門の社員からもたらされるのかが楽しみになった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「沢木さん、八乙女さん、今日はよろしくお願いします」


「私たち、打ち合わせを町島さんと何度もやっているうちに少し自信がついてきて、今日の日を物凄く楽しみにしていました」

 そう沢木がいうと、八乙女も、

「なぜこんなに経費がかかるのかも理解できたし」

 と、笑って言った。

 

「じゃあ、そろそろスタッフさんたちとブリーフィングの時間だね、招集かけてくれるかな?」


「わかりました!」


 裏方達の想いは、選手たちに届くか。

 

 キックオフまであと四時間。 


 新しいガビアータがベールを脱ぐ時間が刻々と近づいていた。


*1 「GANTTチャート」:プロジェクト管理をする上で視覚的に全体を把握することに長けたチャート図。縦に仕事、横に期間の横棒を置き、前工程、後工程ごわかりやすくなっている。

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