第21話 須賀川の拘り

 ガビアータ幕張のウィンターキャンプは一クール五日間で、四クールに分けられていて、クール間の一日が休養日に充てられる。


 第一クールでは眞崎がドイツ二部エッセンから加入し、中野がセンターバックにコンバートされ、既に獲得していたJSL-2長崎の山中慶次郎(ディフェンシブハーフ)、JSL-2町田の村雨蓮(オフェンシブハーフ)、スウェーデンから身長201㎝の大型フォワード、ペール=エリーク・ヘンネベリと一応の補強は終わった。


 監督の須賀川は第一クール中全選手のスキルと適性を見極めるために積極的にミニゲームを行っていた。フレームワークとなる戦術を確定させるためだ。


 須賀川には定型の布陣や、こうあるべきというサッカー観がない。

 逆に言えば選手の力をとことんまで見極めてそれにあった戦術を作り上げることがしいて言えば須賀川の戦略だ。


 須賀川が長らく過ごしたセカラシア福岡では、代々の監督が強いこだわりを持った戦術を持っていた。

 そのため、シーズンの序盤ではそれが機能して上位にとどまることができたが、一旦ケガや警告の累積によるメインの選手の出場停止によって歯車が狂うと止めどなく順位は下がっていった。


「チームには柔軟性が必要だ」

 現役選手時代から須賀川はそう感じていたし、S級ライセンスを取得するための講習会でもトレーナーと幾度となく議論を交わした結果、


「自分の戦術に拘らないことを拘りとしよう」

 そう決めていた。


 一方、選手たちはミニゲームばかりさせられていて、食傷気味となって第一クールの最終日には不満が出始めていた。

 特にポリバレント、つまり複数のポジションをこなす適性を見極めるために自分の本来のポジションではないポジションでプレーさせることが増えたからだ。

 

 ゴールキーパーですら、聖域はなかった。


「スカさん、何考えてるか分からないッスよね」

 第一クール最終日の昼食時、第二ゴールキーパーの矢澤の口から愚痴が突いて出た。


 矢澤もフォワードをやらされたり、サイドバックをやらされたりと、本来のポジションではない役割を二度三度与えられ、思い通りにプレーできない事もあって不満が溜まっていた。


 矢澤はゴールキーパー同士よりも、積極的にフィールドプレーヤーとコミュニケーションを取るタイプだ。


 今日の愚痴の相手は韓国代表のユン龍玄ヨンヒョンだ。

 ガビアータに四年間在籍し、キャプテンの鈴木と共にチームメイトからの信頼に厚い大型フォワードだ。

 日本語はまだ拙いが、かなり高度なコミュニケーションがここ二年くらいで取れるようになった。


「ヤザワ、文句多いねー」


「ヨンヒョンさん、だって」


「ヤザワ、フォワードやった時、キーパーと一対一になったね。ヤザワ外した! ハハハ!」


「ヨンヒョンさんからかわないで下さいよ! 僕はフォワードなんて小学生の頃やったのが最後なんですから」


「何か、考えなかったカ? キーパーの目の動きトカ、ポジショニングも」

 

 いつもとは逆の立場でどこに蹴ろうとしたか、勿論考えたが、キーパーの読みとかは丸で考えなかった。


「なるほど、そういう狙いがあるんですか」


「知らないヨー! アハハ!」

 尹はそう言ったが、須賀川の狙いはもちろんそこにあった。


 ゴールキーパー以外へのポジションの流動性はさておき矢澤にはフォワードの思考を考える良い機会だったはずだ。


「ヤザワ、良いゴールキーパーはフォワードやってた選手多いヨ」


「え、マジすか?」

「マジマジよ! ヤザワ好きなゴールキーパーダレ?」


「マンUのデ・ヘアとか、レアルマドリードのクルトワは憧れっす」


「クルトワはサイドバックよ。デ・ヘアはゴールマシーン言われてたネ! もちろんコドモの頃ヨ」

 

「やっぱ、フォワードの考えが分かってた方が良いですよね? オレ、ちょっと考え直します!」

 尹はニコッと笑った。


 そこに須賀川が入ってきたので矢澤は、


「スカさん、またフォワードでミニゲームに出してくださいよ!」

 と、大きな声を出した。

「えっ? お前正ゴールキーパー諦めたの?」


「違いますよ! オレはスカさんの違うポジションでのミニゲームの狙いをですね、ちゃんと理解したんすよ」


「なんだ、今までわかってなかったのか?」


「えっ、」

 何人かが同時に声を出した。


 須賀川は少しドキッとした。


(いかんいかん、オレだけが先走ったら、みんなついて来れなくなっちまうな)


「みんなスマン! ミニゲームでオレが何故みんなに違うポジションを試してもらっていたか狙いをキチンと話してなかったな」

 何人かの選手が頷いている。


「ポジションは有って無い様なもんだ。試合中にコロコロとカバーリングとかで変わるし、モダン・フットボールではフォワードが守備をするし、センターバックが点を決める」

 それを聞いてヘンネベリは通訳の柳田を通じて発言した。

 

「須賀川さんの言うことはよく分かる。スウェーデンでも、こういう練習はたまにある。須賀川さんはちょっとやり過ぎだと思うけど」

 失笑が漏れた。


「そうかもな。今はオレも必死なんだ。このチームの可能性を最大限このクールの間に知りたいと思った。シーズンは長い。何があっても対応できるチームにするために必要な事なんだ」

 キャプテンの鈴木は、

「それで何か見えてきた事は?」

 と、興味津々な目をしている。


「次のクールからそれを伝えながら戦術を固めていこう。固める、と言ったがオレのやり方はガチガチに固めない」


「対応力をあげる、って事っすかね?」


「シンプルに言うとそうだな。雅志のことはもちろんお前たち知ってるよな?」


 雅志とは、ロンドンオリンピック代表でスペインを撃破した立役者、不破雅志の事だった。


「雅志は、オリンピックの後リヨンから声が掛かっていたんだ」

 そう発したのは眞崎だ。


「代理人が同じでね。あの怪我さえなければ……」


 不破雅志は、22歳にしてガビアータの絶対的な点取り屋として君臨していた若者だった。

 オリンピックの期間の中断が解けたリーグ戦のアンギーラ戦、クロスを供給した中野のボールを相手ディフェンダーと空中で競って、着地した時に膝の関節があらぬ方向に曲がった。


 不破の不在中、その穴は大き過ぎて埋める事ができなかったのは事実だが、それ以前に当時監督を務めていた園田にはチームを柔軟に変化させる術はなく、不破の怪我の前には四位だったのが終わってみれば降格争いでギリギリ十五位まで落ちた。


 不破は一年に及ぶリハビリを経て試合に復帰したが、トップパフォーマンスに戻らないままチームを去った。


 中野は神妙な顔だ。


「オレのクロスがもっと精度が高ければ……」


「オレが言いたいのはそういう事じゃない。トモ。」


「でも」


「あれは事故だ。お前のせいなんて誰も思ってない」

 中野は俯いている。


「一人が抜けるだけで十一も順位が下がるなんてチームをオレは絶対に作らない。だからみんなに頼みたい。自分を自分で作った枠に嵌めないでくれ。そしてチャレンジしてくれ!」

 誰となく始まった拍手が、全員に行き渡るまでそう時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る