第20話 横浜クルセイダーズ -2

「Mr.クルセイダーズだか何だか知らんが、鼻持ちならんな。アイツは」

 園田は鹿児島の中心街、天文館のカラオケスナックにある男を呼び出してずっと愚痴っていた。


「園田さん、それで私の処遇なんですが……」


「心配するな。高橋君。保阪は俺がなんだかんだ理由を付けて更迭してやるよ。もう手は打ってある」

 その男―― 高橋 ――とはガビアータ幕張の暫定監督であった高橋 実の事だ。


 日向ひゅうがが須賀川をトップチームの監督に据え、コーチとしてサテライトチームへ送り返されたため、それを不服として高橋はガビアータ退団していたのだった。


(園田さん、俺をその気にさせておいて何も決まってないのかよ)


 慎重派で石橋を叩いて渡るタイプの高橋のこと、自らの決断で退団したわけではない。そそのかしたのは園田だ。

 高橋は心の中でほぞを噛んだ。


「しかし、どうやって保阪を更迭するんです?」


 保阪を更迭する理由がなければ高橋をクルセイダーズの監督に据えることなどできない。

 そうであればその理由を作り出すほかない。


 つまりリーグ戦が始まってクルセイダーズが連敗を重ねることで引責辞任を引き出そうという算段なのだ。


たちの野郎が仕掛けていた移籍案件は全部凍結してやったさ。年棒の高騰とかなんとかさ、理由は何とでもなる」


「しかしそれではクルセイダーズの成績が……」


「心配するな。そこで君が加入して連戦連勝を重ねてくれさえすればいい。移籍は夏のウインドー移籍期間の間で大型の補強をするさ」


 2月最終週の週末に開幕する202x年のJSL-A一部リーグだが、7月の最終週でいったんサマーブレイクに入る。8月最終週に再開されるまでの約一か月間を移籍可能期間として設定してるが、それまでは積極的な補強を行わないというリスキーな戦略だ。


 もっとも園田は横浜クルセイダーズと3年契約を結んでいる。


 来るシーズンについて園田は、不満分子の一掃と園田シンパを作り上げる期間として位置付けているため序盤の連敗や最終的な成績が昨年をある程度下回ってもそれは織り込み済みだ。


 園田はクルセイダーズの将来よりも自分の立場固めのみを考えている。


 親会社のNDFも、球団も園田が現役時代の栄光にすがって生きているだけの能無しと見抜けなかった。

 

 そしてそれを唆したNDFの取引先の川島製鉄の重役連中もまた、山際に対する私怨のみが動機であり園田の実力を正当に評価することなどできぬ連中だったのだ。


「大型補強ですか。それはいいですね。ヴァイキング神戸やアスレチック名古屋に資金力で比肩する横浜クルセイダーズですものね。誰に目を付けているんですか?」

 高橋は園田の皮算用に興味を持った様子だ。


「俺のフレンチ・コネクションを活用すれば現役フランス代表は無理でも、三十二、三歳の元代表くらい引っ張って来れるさ。そうだな、絶対的な点取り屋が必要だと思うんだが、フランシス・リベリーノとかどうかね。高橋君」


「リベリーノですか! 話題性もありますし点にはかなり絡んでくれるでしょうね。しかし来ますかね?」

 リベリーノは長らくフランス代表のストライカーとして名を馳せてきたが寄る年波には抗えず代表は引退、また得点も量産していたが足首の怪我がもとで最近は控えに回ることも多くなった。


「来るさ。今リベリーノはケガもあるが優吾もいるから最近はなかなか出番もないし、年齢も年齢だ」

 優吾とはこの二人がかつてガビアータ幕張のGMとサテライトの監督の関係だった時にサテライトチームにいたストライカー、卯月きさらぎ優吾の事だ。


 卯月はチームの戦略にフィットしないという理由だけでこの二人に干されていたが、日本人離れしたフィジカルとしっかりとした技術を持ったポテンシャルを秘めた若者だった。


 その後は園田が知己のエージェントに移籍先を探させ、イタリアのクラッセAの強豪、フィレンツェに移籍し、エースストライカーであったリベリーノと2トップを組むまでに至った逸材だ。


 園田がガビアータを追放されたのは、適材適所を考えた選手の獲得やリリースを行うことができなかったからだが、現社長である山際の心証を特に悪くしたのは園田の卯月に対する処遇によって金の卵をみすみすタダ同然で移籍をさせた事実である。


 皮肉なことに卯月は今や日本代表の次期エース候補にもなぞらえられるほどに成長しているのだが、園田は反省はおろか残念とすら思っていないようだ。


(園田さん、よりによって優吾の移籍先からリベリーノを取ろうなんて。優吾の事は『なかったこと』にしているな。多分)

 高橋は一抹の不安を感じざるを得なかったものの自分の生死与奪権をこの男園田に与えてしまった事実に自ら恐怖していた。


 高橋がそんな面持ちであることを尻目に、 


「高橋君、まあ大船おおぶねに乗った気分でいたまえ。これから楽しくなるぞ」

 園田は赤ら顔でそうぶち上げて笑った。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「おい、どういうことだ? 浦和の溝口も、仙台の沓澤くつざわも獲得断念したって、本当か?」

 鹿児島市運動公園のメインスタジアム内にある会議室で、本社とのオンライン会議を行っていたクルセイダーズ監督の保阪は握りこぶしを振り上げ、机に叩きつけた。


「相楽さん、俺が納得できるように説明してくれ。園田さんは昨日少しこっちに顔を出したっきりで何も話をしてくれない」

 PC画面の相手は、スカウティングチームのチーフである相楽尚幸だ。


「園田さんの一存だ。舘さんの選択に疑義があるって事だ。まあ、抜けたロドリゴの後を溝口で埋めるのも引退した江崎の代わりに沓澤を持ってくるっていうのもオレが進言したわけだから、俺の目利きにケチをつけているんだと思う」

 しかし保阪はそうではないと直感した。


(園田さんが何か仕掛けてくるだろうとは思っていたが自爆テロを起こすとはね)


 しかし今そのことを話しても仕方がない。


「相楽さん、じき二月も中盤だ。どうする?」

 保阪は対策に話を変えた。


「一月末までに何とか他の選手は獲得出来ていて良かったよ。しかし溝口と沓澤が獲得できなかったのは正直痛いな。この二人の後は内部昇格でとりあえず対応するしかない」

 相楽は無念そうな表情で続けた。


「翔馬、ロドリゴの代わりにはならんだろうが、お前がずっと目を掛けてきた粉川と、あのスーパー高校生をトップチームに上げたらどうだろうか?」


「相楽さん、これは賭けになるけどいいんじゃないかな。何より江崎の代わりに蒼汰を昇格というのは面白そうだ」

 高校生で、基本的にはユースチームに所属している奈良崎 蒼汰を引退したボランチ江崎の代わりに昇格させるという仰天プランだが、奈良崎は底知れないポテンシャルを秘めていることをチームの誰もが知っていた。


 元監督の前島も何度かサテライトチームの監督だった保阪に奈良崎の昇格について打診していたほどだ。


「翔馬、腹を括れよ。俺たちは相手チームの前に身内と闘わなきゃならん。粉川は点を獲る能力については俺は問題ないと思ってるが、守備をしないからなぁ(笑)。それに奈良崎は未知数だが当たったら沓澤を獲得しなくてよかったみたいな話になる」


「ええ、そうですね」

 保阪には少し光明が見えた気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る