第19話 横浜クルセイダーズ-1

 和歌山県串本でガビアータがキャンプを張っていたころ、山際から「追放」された元GMの園田は、横浜クルセイダーズの事務所で調印を行っていた。


 クルセイダーズは、ガビアータと同様オリジナル10の一つであり、親会社は前身のアマチュアチームの造船会社、三友造船である。

 三友造船と川島製鉄は最大の取引先同士でもある。

 

 山際の一存で園田は追放されたことを根に持っていたし、園田をバックアップしていた川島製鉄の鎌田専務も山際をどんな手を使ってでも追い込んでやる、と例の役員会議の後に息巻いていた。


 役員会議で恥をかかされた鎌田は、園田がクルセイダーズのGMとして株を上げれば、園田を追放した山際を追い詰めることができると考えていた。


 それ以前に日向ひゅうががGMとして実績を上げるとは想像すらしていなかったのだが、念には念をという事で営業統括の川口常務を使って、取引先である三友造船にこの人事を完成させた。


 三友造船は韓国企業の攻勢による国内造船不況にあおりを受け、2010年ごろにフランス企業であるNDF(ネビェ・ド・フランセ)の傘下に入り、日本法人社長は代々NDFからの派遣されていた。


 現社長であるロベール・カランブーは、35歳。

 NDFの造船所があるサン=ナゼール近くのナントで生まれ育った。

 

 ティーンエイジャーだったころ、ナントでプレーしていた園田の事はよく知っていた。

 それ故に川口からの申し出に、二つ返事で園田を迎え入れようとした。

 

 しかしながら現場は反発した。


「何言ってんだ、冗談じゃない。ガビアータの降格争いの原因を作ったやつをウチのGMにだって? 舘さんはどうするんだ?」


 昨シーズン、横浜クルセイダーズはリーグ7位。カップ戦でもベスト4だったが

、その前のシーズンを降格争いで終えたのち、GMは横浜生え抜き選手上がりだったたちが就任したばかりで成績は上昇傾向にあったからだ。


 実は舘は、親会社からよく思われていなかった。


 歯に衣着せぬ言動。

 特に親会社の人事介入に対してはマスコミに対して舘は忌憚なく自分の怒りをぶつける。

 むしろ記者の方が、


「舘GM、これはもちろんオフレコですよね?」

 と聞く有様だった。


 舘が大いにマスコミに吠えたのは、元ポルトガル代表だったトップ下のダ・シウバを大金で迎え入れたが、監督の前島がターンオーバーやカップ戦などでしか先発起用しなかったという理由で、舘の頭越しに前島を解任させられたからだった。


 前島がダ=シウバを使わなかったのはシンプルだ。


 トップ下にはU-21日本代表の蔭山勇太がおり、めきめきと頭角を現していたが、一方でダ=シウバのパフォーマンスは期待するほどでもなかったからだ。

 

 ダ=シウバは36歳。


 フィジカルはピークを過ぎているようだし、パフォーマンスも蔭山に軍配が上がることは十人中十人が認めるところであった。


 実は前島を解任したのは、舘を解任する目的の仕手戦で、舘の後任人事にある程度方向性が出てきたところで、舘を解任する筋書きができていたのだ。


 舘はまんまとこの罠に嵌ってマスコミを前に親会社批判を繰り広げてしまった。


 鉄鋼に造船。


 重厚長大な産業のこの二つの会社にオーナーシップがある二つのクラブチームは、親会社からの人事的干渉を受け続けてきた。


 それ故の成績の停滞。


 それ故のチーム内の士気の低さ。


 お家騒動はマスコミの格好の餌食だが、双方の親会社の幹部たちは厚顔無恥にも知らん顔である。


 前島の後任に座ったのは、元横浜クルセイダーズの生え抜きで「Mr.クルセイダーズ」の名をほしいままにしていた天才ミッドフィールダー、保阪翔馬だった。

 昨シーズンまで保阪はクルセイダーズのサテライトチームの監督だった。


 保阪はクルセーダーズのトップチームの監督就任要請を断り続け、サテライトチームの指揮に執着してきた。

 理由は、親会社による過干渉だ。


 しかし、前島の解任により今回は受けざるを得ない状況だった。


「俺はババをひいたんだろうねえ」

 翌日、クルセイダーズがウィンターキャンプを張っている鹿児島の総合運動公園のピッチで練習を見守りながら保阪はそうスタッフに呟くと続けて、


「園田のオッサン、昔から頭が悪そうなくせに偉そうで嫌いなんだ」

 と言って俯いた。


「前島さんの後は本当にやりづらい。前島さんにはしっかりしたビジョンがあったし、結果も出していた。オレはそれを継承してゆくことが一番良いと思うんだ」

 フィジカルコーチである橘高は、保阪の独り言のような呟きに反応した。


「保阪さん、しばらく辛抱ですよ」

 保阪は、短く「ああ、」と言ってそれきり黙ってしまった。


 選手入場口から園田が入ってくるのが見えたからだ。


 園田は片手を挙げながらニヤニヤして保阪に近づいてくる。


「よう、保阪。元気そうだな」


「園田さんも割と元気そうじゃないですか」

 保阪は、に皮肉を込めてそう応えた。


 園田は保阪の皮肉を理解しなかったのか変わらず笑顔で続ける。

「今年は優勝争いだな。保阪」


 保阪は能天気な園田に苛つきを覚えたが、

「NDFから変な人事を受けんでくださいね。園田さん」

 そう穏やかに言った。


「ああ、君がやりたいようにできる環境を俺は作るさ」

 保阪は園田の返答に厳しい視線を返した。


 こいつ、本気で言ってるのか? という表情が思わず出てしまったのかもしれない。


「俺はさあ、幕張のやつらを見返してやりてえんだよ。なんだ、素人なんて引き込みやがって。引き込んだのも素人だけどな。ハハハハ!」

 

「園田さん、競争相手はガビアータだけじゃないですよ。私怨でチームを動かさんでくださいね」

 そこまで言われてようやく園田も保阪によく思われていないことを理解したのか、


「まあ、君も僕の手の中にあるってことは忘れないことだね」

 と吐き捨てて、園田はその場を後にした。

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