第6話 役員会-2

「議長、次の議案ですが、ガビアータ幕張の山際社長から今季の活動報告ならびに来期の抜本的な経営改善案および収支見通しについて改めて説明をしていただきます」

 議事進行役の鎌田専務に促され、一度末席に着席していた山際は立ち上がり、


「ガビアータの山際でございます。まずは今季の活動報告をさせていただきます」

 と物静かに話し始めた。


「結論から申し上げますと、リーグ戦の最終順位は16位ながら先週の入れ替え戦で勝利したため一部残留を果たしました」

 一部の役員から失笑が漏れる。


 山際は一顧だにせず続けた。


「カップ戦については、JSLカップでベスト16、天皇杯ではベスト32という結果でした」

 

「山際君、天皇杯は大学生に負けたんだよな?」

 役員の一人から侮蔑を含んだ質問が飛ぶ。


「左様、東京科学技術大はそのままベスト8まで進出しております」

 少し抵抗を試みる山際。


「仮に東京科技大に勝ったとしても、ベスト8止まりって事だろう?」

 バカにしたように、その役員、営業担当の川口常務は突っかかる。


 山際は、川口がガビアータ売却派の筆頭役員だと事前に情報を得ていた。


「ええ、その通りです。続けてもよろしいでしょうか?」

 山際は色をなすこともせず、淡々とやり過ごした。


「また、お配りしました資料の通り決算は、PL(損益計算書)上、ボトムラインである税引き前利益で1,536万円の赤字を見込んでおります」

 役員からはため息が漏れた。


「リーグ規定では3季連続赤字の場合、チームライセンスが停止となりますが、昨年末川島製鉄からスポンサーフィーを上乗せして頂き見せかけ上黒字を果たしていますので今年はこの件については注記されるでしょうがいきなりライセンス停止には至らないかと」


「累計の赤字は如何程になっているのかな?」

 御前様、と呼ばれ長きにわたり川島製鉄グループの総帥を務めてきた最高経営責任者兼代表取締役社長の敦賀つるが憲佑けんゆうが重々しく口を開いた。

 

 山際に緊張が走った。


 山際の理解では敦賀はガビアータの存続の支持者だ。

 残念ながらサッカーに対する愛情が支持の理由ではなく、対外的な印象を悪くしたくないというのがその動機とされる。


「2億3千万円です」

 議場がざわめいた。


 その時、雷が近くに落ちた。


「我々の予算規模からすると、債務超過と言わざるを得ません」


「何を暢気に評論家みたいな事を言っているんだね?」

 川口常務は立ち上がり唾を飛ばしながら怒鳴った。


「我々の保証がつかなければ、メインバンクからの借り入れもできないんだろう? 一体どうするつもりなんだ?」

 

「常務、まずは落ち着いてください」

 山際が場違いに穏やかな物言いをするので、議場に再び失笑が漏れた。


「今日私はここに呼ばれた理由は来季、および向こう3ヶ年でどのように経営を健全化するかをお示しすることと存じております。違いますか? 常務」

 その通りだ、と頷き川口は仕方なく着席した。


「ご批判やご質問は説明の後いくらでも賜りましょう」


「分かった。続け給え」

 鎌田専務に促された山際は壁際の椅子に控えていたGMの園田に視線を送って隣に来るように無言で促した。


「まず5年に渡りGMを務めて下さった園田さんには成績低迷の責任を取って退任いただこうと思います」

 ガビアータに園田を連れてきたのは鎌田専務だ。鎌田は面白くない。


「力不足で、ガビアータを浮上させることができず断腸の思いです。大変申し訳ありませんでした」

 と、園田は弱々しく挨拶をした。


「代わりは……もう決まっているのか?」

 敦賀は興味を示した。


「はい、日向彗ひゅうがけい氏の招聘を考えています」

 議場はざわついた。

 誰一人としてその名前を知らなかったからだ。


「どこの、だれなんだ?」

 役員からは日向のプロフィールについての質問が相次いだ。


「日向彗氏はITベンチャー、『クローバメイト』の社長を務めていらっしゃいました。年齢は29歳」

 どよめく役員たち。


 鎌田専務は、


「何故山際君がそんな事を決められる権利があるのかな⁉︎」

 と明らかな怒気を含んで山際に問うた。


「鎌田専務、お言葉ではありますがGMの決定権は社長である私の専権事項であります」


「しかし、通例では我々川島製鉄からの助言で……」


「助言じゃないですよ。あんなのは単なる役員会からのゴリ押しだ」

 山際は怒りを押し殺すようにして続けた。


「園田さんは選手としてはフランスで大活躍され知名度も抜群でしたが、残念ながら誰が本当に必要なのかを見極める力が不足していたと思います。成績低迷は不適切な選手のポートフォリオ全体像が元凶です」


「具体的にどのような人事をやったんだ?」

 敦賀社長は端的な回答を好む。


「色々あるので全部は話せません。しかし一番の失敗だけは話しておきたい。それはBチームで卯月優吾きさらぎゆうごを飼い殺しにした上に放出したことでしょうかね。」


 宣伝担当役員の岩沢がそれを聞いて、

卯月きさらぎは今はイタリアで大活躍中。代表合宿にも呼ばれた。そうだったね。山際君」


「ええ。それも無償でフランス人のエージェントに売り渡したんですよ。私が社長になる前の話ですがね」


 本人を目の前にして「無能」の烙印を押した訳だ。


「君は園田くんに全て責任を擦りつけて何もしないのか⁉︎」

 鎌田専務は自分自身のプライドを守るために猛烈に攻撃を始めた。

 ガビアータを売却したい川口常務に加えて厄介な事になった。


(もう、この人たちに良いようにはしない)

 山際は腹を括った。


「私自身の責任は勿論ありますよ。あまりに貴方達役員の皆さんの『お気持ち』に忖度しすぎて何もしてこなかった。それが私自身のとがだと思ってます」

 ふざけるな、などの怒号も飛んだが、山際は更に付け加えた。


「なので、来期は私の進退を掛けてやりたいようにやらせていただきます。1,500万円の借入金の保証以外の追加の援助は不要です」

 

 また、雷が落ち、窓一杯にその光が広がった。

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