第7話 役員会-3

「それで、どのように立て直すのか。肝要な部分をまだ聞いていなかったな」

 敦賀社長は他の役員とは違い、山際の物言いに対する反発心より好奇心が上回っているようだ。


「まず、人員について監督、選手の人事を刷新します。個々の能力をきちんと数値化し、オフシーズン中はトレーニングや試合が終わった後毎週アップデートします。気の毒ですが、既に契約を結ばない選手はリストアップ済みです」

 山際は解雇する選手が書かれた一枚の紙を右手人差し指と親指に挟んでひらひらと振った。


「それから、獲得する選手も目星は付けていますが……」


「金ならないぞ。そもそも借入金の保証以外、援助は要らないと君が言ったんだろう」

 鎌田専務は敵意剥き出しで口を挟む。


「専務、話は最後まで聞いてください。海外から選手を引っ張ることはしません。したがって全体的には人件費は縮小方向で」

 鎌田は鼻で笑った。


「縮小均衡かね。まあ、財務畑の君らしい発想だな」

 山際は怯まず、


「いえ、我々は払いすぎていたんですよ」

 配られた解雇選手のリストが全役員に配られたのを見てそう言い放った。


 鎌田専務はリストを見て叫んだ。

「エウリントンを外すだと? どういう了見だ! あいつを引っ張ってくるのにどれだけ金を払ったと」


「2億円ですよ。専務。エウリントンは既に37歳。ブラジルでお払い箱だった選手にウチは移籍金1億、年俸1億払って獲得したんです」

 山際は鎌田を睨んだ。


「今年の活躍はまあまあでした。しかしコストパフォーマンスは悪い方です。私はあの時反対すべきでした。鎌田専務のゴリ押しだった訳ですが」


「エウリントンは人格者だ。若手にとってもコーチングできる。次世代の育成にも役に立つだろう」

 鎌田専務は気色ばんで無理筋を通そうとした。


「ええ、エウリントンみたいな人間は若手の手本になるでしょうなあ。ただ、エウリントンに使った金で潜在能力のある、その若手を獲得できないんですよ」

 山際は付け加えた。


「浮いた金の一部は、関口の引き留めに使いますよ。引き止めにうまくいけば『最大の補強』になる」

 

「それを言うならゆんはどうなんだ! アイツにもかなり払っているぞ!」

 恥をかかされた鎌田専務は、敵意丸出しで山際に迫った。


「彼のパフォーマンスは良かった。ですがゆんにも痛みを与えます。年俸は半分にします」

 

「そんな事してゆんは納得するのか? 調停とかになると厄介だぞ」

 川口も追及の手を休めるつもりは毛頭ない。


「ええ、ゆんとは実はもう話をつけてあります」

 驚いたのは鎌田だった。


「アイツは『韓国の虎』とかなんとかチヤホヤされて鼻持ちならないヤツだ! そんな事を受け入れるわけがないだろう?」


「現場に来ない鎌田専務には分からんことですよ。私とゆんには信頼関係があります」

 

「お前の言いたいことは、『信頼は金になる』って事か? 山際」

 敦賀は厳しい視線でそう問いただした。


「私も経営を任されている立場です。金になるためならどんなことでもしますよ。しかし、サッカーはビジネスであってビジネスではない。弱いチームを応援しなければならないサポーターの立場にもなってみてください」


「お前の言うサポーターとやらがなにを今までしてきたか知らないわけでもないだろう。アイツらは単なる愚連隊だ」

 川口は机を叩かんばかりの勢いで山際に迫った。


 山際は川口を睨みつけて言った。


「要は勝てば良いんですよ」

 なんだと? と言わんばかりの川口を制して山際は続けた。


「選手も、サポーター達も、スポンサーも、我々経営側もみんな『勝利』に飢えているんです。勝つことで問題を解消しようではありませんか? 役員の皆さん!」

 人を食ったような言い方をする山際。

 それが出来ていないから問題になっているのに。


「それで、その勝ち方を日向という男に託す訳か。その男は、確かなのか?」

 敦賀の質問はワザと幅を持たせた聞き方をしてくる。


 確かなのか? と聞かれたら何故そうなのかを説明しなければならない。

 生半可な答えでは返り討ちに遭うだけだ。


「日向彗氏は、データアナリストとしての実績が豊富です。経営のセンスもある。足りないのはサッカー選手としての実績ですかね」

 鎌田は半笑いで、それ見たことかと攻撃する。


「ITベンチャーだかなんだか知らないが、サッカーもできない奴にGMを? ふざけるにも程がある」


 山際は、皮肉を込め、口角をあげながら

「現場の人事に頻繁に介入してくる方にも同じ思いをしています」

 と断じた。


「おい、なんだその顔は! 言葉に気をつ……」

 鎌田は何か言いかけて、


「申し訳ありません」

 と言い直して黙った。


 敦賀が鬼のような形相で鎌田を睨んでいたからだ。


「サッカーに明るい君が選んだんだ。良いだろう」

 敦賀の一声は絶対だ。


 流石の鎌田も川口も口出しはできなくなった。


「但し条件がある。来季ガビアータが単年赤字の場合、チームは売却する。それから」


 山際は、生唾を飲んだ。自分の喉の音が議場に響き渡ったような錯覚がした。


「君は我々も勝利に飢えている、と言ったな?」


「ええ、確かに申し上げました」

 敦賀の厳かな声色に身が竦む思いだったが、自分の信心は変えられない。


「役員をサッカー好きにしてみろ。心から応援したくなるような、そんなチームにしてみろ。そのためには勝つことだ」


「はい」


「それができなければ、黒字を果たしても君には社長を降りてもらう」

 

 ミッション・インポッシブルだ、と山際は思ったが、やりたいようにやらせてもらえる悦びが勝った。


「ええ、わたしは敦賀社長のご判断が正しかったことを証明するまでです」

 そう答え、会議室を辞した。


 窓を打っていたはずの強い雨はいつの間にか止み、雲間に薄い明かりが見えていた。

 

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