第8話 チームとは
「お父さん、どうだったの?」
胃痛を抱え痛いを連発しながら帰宅した山際に、妻の穂奈美が声をかけた。
「いやあ、すっかりやられちゃってね。この通り胃痙攣の軽い発作が出てて痛くてたまらんよ」
「やられたって、ダメだったの?」
穂奈美は心配そうな顔をしている。
「おいおい、オレの身体の心配じゃなくて身分の心配してるのか?」
「だってー。どこに飛ばされるか心配じゃない」
確かに穂奈美や一人息子の
山際は深刻な顔をして見せた。
「えー⁉︎ 上手く行かなかったってこと? ねえ! 大翔! ちょっと降りてきて!」
穂奈美は二階の子供部屋にいる大翔を呼んだ。
「なんだよ。今APEXでチャットしてたんだけど」
大翔は文句を言いながらも階段を降りてきた。手にはNINTENDOスイッチを、ゲーミング用ヘッドセットを付けたままだ。
「おい、お前まだそんなのやってんのか。勉強はどうした?」
山際は一瞬不機嫌になったが、大翔なりに父親である自分に関心を持ってくれているのがわかって少し嬉しくなった。
いつもは、何回呼んでも下に降りてくる事などほとんどなかったからだ。
「で? 上手くいかなったんだろ?」
「大翔、そんな言い方」
「そんなシケた顔してるんだ。そうに決まってる」
大翔は悪態をつきながらソワソワしている。コイツも心配なんだな、と山際は感じ取った。
「お父さん、最悪単身赴任で何処にでも行くからお前ら二人は心配するな」
半分ウソだが半分本当のことだ。とにかく敦賀社長から託されたミッションは、とてつもなく困難を極めている。
「じゃあ、やっぱり……いつ? いつ新しい出向先は決まるの?」
穂奈美の眼は充血しているように見えた。
「来年一年は……多分ここにいられる」
山際の自宅は舞浜の住宅街にある戸建てである。分譲ではあったが、手に入れた時は一国一城の主になった気分になったものだ。
「とりあえず命拾いしたってこと? じゃあ再来年はどうなるんだよ」
今年中学生になったばかりの大翔はこの街を離れるのはイヤだった。
中学ではサッカーの部活に入って、一年生ながらフォワードの一角を任されるようになったし、密かに恋心を抱いている女の子もいたからだ。
「ああ、再来年もここにいられるように、お父さんは今日役員と喧嘩してきたんだよ。そしたら社長が『好きにやっていいぞ』って」
「ちょっと、役員と喧嘩なんて。お父さん大丈夫なの?」
穂奈美の心配はもっともだ。
「大丈夫、じゃないかもな。でも、役員たちにまた好き勝手にやられたら間違いなくお父さんは来年の今頃はお払い箱だった。ケンカしたからチャンスを貰ったんだよ」
「そんなもんかね。まっ、頼むよ。おとーさん」
少し安堵したのか大翔は軽口を叩いて二階に上がって行った。やがて、大翔が再開したフォートナイトのボイスチャットではしゃぐ声が聞こえてきた。
「ったく。大翔のヤツ、勉強はどうしたんだ(笑)。……アイツ結構ビビってただろ?」
「うん、結構虚勢張ってたわよ。『お父さん大丈夫かな、大丈夫かなって』さっきまでずっと言ってたもん」
「とにかくオレは来年やれる事を全部やるさ。すまない。立派な夫でなくて」
山際は頭を下げてそう言った。
「なにを今更。私はね、お父さんについて行くって結婚した時から決めていたんだから。再来年どこかに行くことになっても、大翔とついて行くわよ」
「おい、さっきまであんなに心配していたじゃないか」
山際は穂奈美の態度が変わったので不思議に思ったが、
「来年は大丈夫なんでしょう? 一年あれば心の準備が出来るから平気よ」
と保奈美が言うので、
「再来年もきっとこの家にいられるよ。心配するな」
と真剣な顔をして言った。
「信じてる」
そう穂奈美が言ったのを聞いて、山際もホッとしたのか力が抜けた。
「あれ、胃痙攣止まったみたいだ」
俺の家は、いいチームだ。そう山際は思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、海浜幕張の駅に程近いガビアータ幕張の本部事務所に出社した山際は、早速人事に着手した。
プロ契約しているGM、監督、選手だけでなく社員を巻き込んだ大改革をやろうとしているのだ。
プロサッカーチームとはいえ、その台所は火の車だ。自前の人事部など存在しない。
したがって人事は川島製鉄の人事部に委託費を払って兼任してもらっている。
「山際さん、これは反発が出ますよ。マズくないですかね」
川島製鉄で人事一筋のキャリアマネージャーである中村は山際の示した人事案に難色を示した。
「中村さん、そんな事言ってられないんだよ。君も聞き及んでいると思うが、死に物狂いで来年黒字を出さないと、ココは売却される」
山際には個室が与えられておりガラス張りではあるが中で機密性の高い話はする事ができる。
「売却っていっても……買手はいるんですか?」
「あるには、ある」
山際は含み笑いをしながら言った。
「まあ、私はどこでもいいですけど。とにかくやれる事をやる、そんなとこですよね? 山際さん」
中村は白旗を上げた。
「ああ。反発は覚悟してる。でもこうすればきっと上手く行く。チームは選手だけで作られている訳じゃない。我々バックデスクもまた、チームの一員なんだ」
山際は今までかつて見せたことがないような熱を帯びている。
「オレだって役員たちを虜にする。こんな難しいミッションに結構ビビってるけど、全員で勝ち取りたいんだよ。中村さん」
中村はポーカーフェイスを保ったまま応えた。
「良いでしょう。お付き合いしますよ。社長さん」
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