第13話 動機

 そもそも日向ひゅうがけいの来訪の目的はGMとしての契約を結ぶことであった。


 日向ひゅうがとの契約には、斎藤国際法律事務所の田中明仁弁護士に立ち会ってもらうことになっていた。


 一方、今日この場に日向ひゅうが側の代理人がいない。

 

 田中弁護士は日向に尋ねた。


日向ひゅうがさん、老婆心で言いますけど代理人は立てておいた方がいいと思いますよ。契約ごとですので契約書はちゃんと読める人がいたほうが」

 すると日向ひゅうが


「なら田中さんは僕をだますつもりなんですか?」


「いや、そんなことはないです」

 田中はハンカチで噴き出した汗をぬぐいながら答えた。


(なかなかの曲者だな。この男)

「まあ、いいでしょう」

 そこまで言うなら、と、田中は引き下がった。


「ああ、僕、実務はしてないですけど68期の司法試験合格してます」

 これには田中も山際も驚かざるを得なかった。


「まあ、確かに実務どころか司法修習すらパスしたんで法曹ではないですけどね。一応契約書自体は読めますよ」

 司法試験に受かっただけでは法曹、つまり弁護士、検察官、裁判官の身分になることは基本的にできない。


「あの、何のために司法試験を?」

 山際がそう尋ねると、あまり突っ込まないでくださいよ、と前置きをしながら日向ひゅうがは答えた。


「会社設立の折に代理人を雇うのが面倒くさかったからですよ。費用もばかにならない」

 その理屈は分かるが、その理由で司法試験にチャレンジする男は日本の中にはこの男以外いないのではないか。


「じゃあ、あなたがGMになったら選手との契約に私は必要なさそうですね」

 田中は自虐的に言った。


「ええ、この会社には余裕がないみたいだし契約書も僕が書いてもいいんですが、流石にそこまで私は手を出すつもりはないです」

 田中は日向ひゅうがを賢明だと思った。いくら自信があっても、自分で契約ごとを背負いこむのは勧められない。


 自分がやるべき仕事が見えているのだと思った。


「日向さん、これが最終の契約書です。目を通していただけますか?」

 田中が渡した契約書自体はそれほど沢山の分量ではなかったが日向は時間を掛けて一項目ごとにチェックしていった。


 質問がある時は都度田中弁護士に確認をしているが、都合30分ほどで全ての項目について確認が終わった。

 問題はなかったようだ。


 

「では調印をお願いします。ここと、ここに実印を。あと割り印もお忘れなく」

 田中は卒なく契約を進めている。


「4000円の収入印紙はチームで負担でいいですね?」

 日向ひゅうがは細かいところにも全く抜け目がない。

 

 果たして契約書に署名捺印が完了した。


 山際は立ち上がって日向ひゅうがに手を差し出した。


「山際さん、握手はちょっと」


「あ、ああ。そうでしたね。契約できて嬉しくなっちゃって感染防止のエチケットを忘れてしまいました」

 照れ隠しに頭を掻いた。

 二人は契約成立の握手の代わりにお辞儀をすることにした。少々滑稽な感じではあったが。


 田中が書類を整理しながら、

「私は山際さんがどうして日向ひゅうがさんに白羽の矢を立てたのかは良くわかりましたけど、逆に日向ひゅうがさんはどうして自分の会社を処分してまでガビアータのGMになろうと思ったんですか?」

 と聞いた。


「ピン、と来たからですかね」


「ピンと来た……ですか?」


「ええ、そんな感じです」

 日向ひゅうがは常に飄々としていて、それでいて肝心なところで途轍もない力を発揮するタイプのように思えた。


「正直言うと、山際さんの話が面白かったからです」


「と、言うと?」


「まず僕に興味を持ってくれた。そもそも山際さんが僕を知ったのは、本業がきっかけだったんですよ」


「そうなんですか。本業は確かデータ解析ツールの開発でしたよね?」

 田中はこの手の話は結構好きだったので興味を持った。


「ええ、どこかでウチの解析ツール『LEMON』の事を知ってくださって、チームに導入しようと声を掛けてくれたんです」


「うん、そうなんだ。オレは正直AIとかよくわからんのだけど、選手のパフォーマンス管理とかも分析ができるっていう所に興味を持ったんだよな」

 山際は話に割って入る。


「実は、『LEMON』は『サカやろ』を究めてやろうと思って自分のために開発したツールなんです」

 田中はそれを聞いて驚いたが、山際はニヤニヤして補足した。


「オレはそもそも『サカやろ』が何であるか分からなかったわけ。それで日向ひゅうがさんがプレイするところを見たんだけどさ、色々なパラメーターっていうの?

 それを参考にしてチームのスタッツを組み立てたりスカウティングしたり」


「そりゃGMの仕事そのものじゃないですか」

 田中は面白くなってきたので聞いてみた。


「もちろん、ゲームのパラメーターは単純化されているしそれを支援するツールがあったら勝てますよね?」

 

「ええ、その通りです。しかし、パラメーターが増えれば増えるほど僕の『LEMON』は力を発揮するはずです。」

 日向は事もなげに言う。


「でも、このツールだけでそんな多くの年商が稼げるものですか?」

 田中は少し意地悪な質問をしてみた。


「クライアントごとに専門のコンサルタントを付けてます。GMSスーパーとか、流通業にクライアントは多いんですよ。このフィーがバカにならない」

 田中も法曹人であり、日本の頭脳のトップの一人だ。このビジネスモデルがいかに効率的であり、継続的な利益を生むか直ぐに理解できた。


「そしたら、山際さんがウチに来てウチのチームでリアルな『サカやろ』をやったらいいっていうんですよ。変ですよ。山際さんって」

 変人から変人扱いされて悪い気はしないどころか最大限の誉め言葉だと山際は思った。

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