第26話 下総銀行カップ(5)

 ハーフタイムが終わり、両チームの選手がまたピッチに戻ってきた。


 その顔触れを見てどよめくデルソルのゴール裏。


「ディエゴを下げて、真壁か!」

 

 真壁森也。

 

 デルソルに入団した清水翔峰高卒のスーパールーキーだ。

 正月の選手権で7点を叩き出し堂々の得点王に輝き、チームも決勝で絶対王者、青森吉田に惜敗するも準優勝に導いた。


 長身長でフィジカルの強いポストプレーヤータイプのディエゴ・モランとは違い、真壁は低重心のドリブラーである。


 キレの良いドリブルから危険なゾーンに侵入し、いつの間にか得点を奪うところから「イントルーダー」の異名を取る。



「今日のガビアータはなかなかいい守備をしているが、モリヤのドリブルで慌ててくれるといいがね」

 監督のアラウージョはピッチに送り込まれた背番号13のアタッカーに目を細めた。 


 しかし須賀川はヘッドコーチの桜井に、


「前半あれだけ徹底してディエゴ・モランを抑え込んだからね。真壁が出てくるのは想定内だよ」

 と言ってのけた。


「スカさん、ヤマとトモの二人、うまく対応してくれますかね? 真壁のドリブルは、ちょっと高校生離れしていますから」


「なーに、二人ともスーパールーキーにプロの厳しさを教えてやれるんじゃない?」

 そう言って笑った。


「いずれにしたって、どうせシーズンで2度当たるんだ。今から手の内を見れるなんてラッキーだよ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 後半開始の笛が鳴った。


 ヘンネベリから川上にキックオフし、川上は一旦後ろに預けることなく左サイドをそのままドリブルで上がっていった。


 ヘンネベリと尹も上がっていった。


 川上に対応するためにデルソルの右SB富岡が寄せるが、ヘンネベリとトップ下の坂上がサポートに入り、三角形を形成した。


 川上はヘンネベリへのグラウンダーパスを通すと、富岡を躱した川上にワンツーでパスを返す。

 川上はデルソルのゴールめがけてドリブルを加速した。

 

 ゴール裏は祈るような悲鳴が上がった。


 しかし、日本代表センターバック賀茂川と若手の五十村がすでに二重構えでゴールキーパーとの間にブロックを敷いている。


 川上は賀茂川とのデュエル*に負け、ボールは奪われた。


 賀茂川は左サイドバックのマッケインに大きくフィード。


 マッケインはそのまま巨大な体躯を揺らしながら左サイドライン際を爆走し始めた。ガビアータのゲームキャプテン、鈴木がチェックに入る。


 何とか腕を入れながらマッケインの爆走を止めようとしたがこのフィジカルモンスターになすすべもなく、鈴木はピッチに転がされた。右サイドバック眞崎がフォローに入る。


(マサキめ、さっきはよくも恥をかかせてくれたな!)

 マッケインはガビアータが先制したシーンでの失敗を悔いていた。

 

 ファールも辞さない覚悟で、マッケインはドリブルの勢いを殺さず眞崎に向かっていった。


(おっと、ちょっとマッケインのことを怒らせすぎたかな)

 眞崎はそう思いながらも一つも引く構えを見せず、ボールを奪おうとサイドステップで後退しながら身体を寄せようとしたその時である。


 マッケインはガビアータの坂上とヘンネベリの間のスペースに走り込んだトップ下、桑野に向かって柔らかいパスを繰り出した。


「えっ、マジかよ」

 思わず眞崎は声を出した。


 マッケインは眞崎にやり返したのだ。


「ヤマ! 寄せろ!」

 山口は、


「オッケー!」

 と短く応えて桑野を抑えに行った。


 しかし、桑野は山口が寄せる前に、真壁にスルーパスを出した。


 中野がカバーリング。

 アタッキングサードでドリブルを始めた真壁に完璧に対処して見せた。


 中野がはじき出したボールはサイドラインを割ってデルソルボールのスローインに変わった。


「けっ!」

 真壁は相当気性も荒いルーキーのようだ。


「何度でもガキのドリブルなんて止めてやるよ」


「言ってろ。にわかセンターバックめ!」

 中野は真壁の態度にムカついて詰め寄ろうとしたが、山口に止められた。


 デルソルベンチでは、アラウージョが声を上げて笑っていた。

「悪童同士、どっちが上かね」


 スローインには左ハーフの塚本が指名された。


 ここでガビアータベンチからは須賀川が大声でディフェンス陣に指示を送る。


「塚本の飛び道具、来るぞ!」


 眞崎は塚本をチェックしに行きかけたが、それをやめてニアポストまで下がった。

 

 眞崎はドイツから戻ったばかりで、ミーティングのビデオでしか塚本の特徴を知らなかった。

「ああ、この地味な彼がソレなんだ」


 デルソルの塚本は、「キャノンスロー」と言われるロングスローが武器だ。


 前年のシーズンで、デルソルは塚本のキャノンスローからなんと3点も取っている。


 塚本はサイドラインから三歩下がった。


 三歩で勢いをつけて両手から放たれたボールは、ファーサイド、少し後ろめに陣取った右ハーフの山木純也に向かって一直線に軌跡を描く。


 眞崎は唸った。

「なんだ、あの地味くん、マジでロベカルかよ」


 ロングスローと言えば引退したストークシティのロリー・デラップが有名だが、眞崎の憧れだったロベルト・カルロスは破壊的なフリーキックの他にロングスローも操れる。 


 チャンピオンリーグでラウールに放ったロングスローは玄人からは「最も美しかったロングスロー」としていまだに語り草になっているほどだ。


 中野もあまりケアしていなかった山木にすんなりロングスローは通り、山木はそれを頭で落としたところに、悪童、真壁がいた。


 真壁は関口を躱し、中野も高速のエラシコ*でいなされ、尻餅をつかされた。


 粟尾と一対一になった真壁は、ゴール左隅を狙いすまして右脚を振りぬいた。


 山口がヘディングで何とかクリアしたが、山口はそのまま転倒してピッチに倒れ込んでしまった。


 真壁は唾を吐いた。

「畜生!」

 短く吐き捨て、尻餅をついている中野を睥睨するように見た。


 中野は生意気な真壁には構わず、山口に駆け寄った。


「ヤマ! 大丈夫か?」


「トモさん大丈夫っす」


「脳震盪とかだとヤバいぞ」


 そこにチームドクターの毒島が飛んできた。


「ヤマ、何本に見える?」

 毒島は人差し指を1本だけ立てて山口にみせてちゃんと視覚が機能しているか確認。


 問題はなさそうだったが、大事を取って交代を進言した。

 

 忘れてはならない。

 これはプレシーズンマッチなのだ。


 山口は両チームのサポーターから拍手をされながらピッチから退いた。


「トモにはルーキーにプロの厳しさを教えてやってほしかったがな。逆にプロの洗礼を受けちまった」

 と自嘲気味に笑った須賀川だったが、すぐさま真剣な顔に戻り、


「赤羽、いけるな?」

 と、短いアップを済ませた赤羽に須賀川は声を掛けた。


「スカさん。ヤマの仇をとってくるよ」


 須賀川はまたふっと笑って、


「頼りにしてるぜ」

 と言って送り出した。


*エラシコ=ドリブルのフェイント一種。同じ脚のアウトサイド→インサイドと蹴る

*デュエル=一対一。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る