第25話 下総銀行カップ(4)
試合はいきなり膠着状態に入った。
両チームともに守備が固く、それでいて相手の攻め方に応じた守り方に柔軟に変えているため互いに決定的なシーンを作ることができずに15分が経過していた。
センターバックに入った中野は、山口と双璧をなす高さの最後の砦として十分な結果を出している。ボランチの松山から執拗に供給されてくるロングボールには、二人ともうまく対処できているし、ポストプレーも自力突破もできるディエゴ・モランにはボールをほぼ触らせないでいたのだった。
一方、ガビアータは攻撃的な4-3-3でありながら坂上がボランチ的なポジションを取り、センターバックの賀茂川がラインの統率をうまくやっているデルソルのオフサイドトラップの網にかからないように専ら右サイドバックの眞崎からアーリークロス*、または自らセンターに切り込んでシュートやラストパスを供給することのワンパターンで、左サイドバックの関口はこの最初の15分間は消えていた。
眞崎にマッチアップするデルソルの左サイドバック、オーストラリア代表のマッケインは、
「マサキ、お前が何度来ても同じこと。突破はさせないし、クロスを上げてもカモガワがうまく対処してくれるから、無駄なことだ」
と内心思っていた。
しかし、何度でも眞崎はマッケインに突っかけてくる。
「おいおい、本当にマサキはドイツで目の肥えたサポーターたちを熱狂させていたっていうのか? 俺にはこいつがもう終わった選手にしか見えないぞ?」
前半38分を回ったところ。
松山がディエゴ・モランに向けて蹴ったロングボールを山口が対処して奪うと、すぐさま眞崎に出した。
しかし今度の眞崎は、違う選択をした。
いきなりサイドチェンジですでにセンターラインを越えて走りこんでいる左サイドバックの関口に正確なロングパスを通そうとしたのだ。
松山がロングキックを多用しているためか、デルソルが押し込んでいるような形になっていたため、デルソルの中盤は間延びしていた。
眞崎のアイディアがなさそうに見える繰り返される右サイド突破は巧妙に仕掛けられた罠だった。
間延びした中盤には大きなスペースが瞬間的にではあるが何度でも出来ていたのだ。
「くそっ!」
また突っかけてくるとばかり思っていたのに、自分の10m手前で右足を振りぬいてロングパスを繰り出した眞崎に対してマッケインは呪詛を吐いた。
同じくボランチ松山も左サイドばかりケアしていて、消えていたはずの関口の突破を易々と許してしまった。
「カモさん中切って! 健斗早く寄せろ!」
松山の声が響き終わる間もなく関口は眞崎の絹を引くようなロングパスを丁寧にトラップすると、そのまま賀茂川の方に向かってドリブルを始めた。
釣り出されるセンターバックの賀茂川。
いままで一糸乱れなかったラインの統率が俄かに乱れた。
関口は右サイドから走りこんできた
目の前で少しイレギュラーしたボールを、尹は無理やりボレーでシュートした。
右脚に合わされたボールは、少しドライブの弧を描きながら、デルソルのキーパー、川浪の右手を弾いてサイドネットに突き刺さった。
先制だ!
尹に駆け寄る関口とヘンネベリと川上。
須賀川はベンチから立ち上がって拳を突き上げた。
粟尾だけは冷静に、
「まだ1点しかとってねえ。関口! 早く戻れ!」
と怒鳴っている。
この1点は、単なる先制点ではない。
プレシーズンマッチとは言え、新生ガビアータにとっての初得点である。
ベンチ裏から様子を伺っていたイベント担当である町島は沢木、八乙女と手を取り合って喜んでいた。
「すごいね、今日勝てるんじゃない?」
「いままでなかった攻撃のバリエーションにあの賀茂川さんが慌てるとはね。この一点は大きいよ」
関口はポジションに戻ると、逆サイドの眞崎に向かって敬礼のしぐさをした。
少しはにかんだようにして笑う眞崎も満足げだった。
「スカさんおめでとうございます」
桜井が須賀川にそう言葉を贈ると、
「デルソルもこんなもんじゃないでしょう」
とにべもない。
しかし顔つきは満足そうだった。
デルソルは早速間延びした中盤に手直しを加えてきた。
松山からのロングボールを封印して、こちらも左右のサイドバックを使った攻撃のバリエーションを積極的に使ってきた。
しかし、ディエゴ・モランを封じることでフィニッシュにもっていかせないというのが今日の決まり事だ。
常にデルソルに押され気味のガビアータにあって中野も山口も獅子奮迅の活躍を見せ、前半を完全に抑え切ったのだ。
ディエゴ・モランはハーフタイムでお役御免となった。
ハーフタイムのロッカー室で選手たちは、昨シーズンにはなかった高揚感に包まれていた。
「今日の俺たち、なかなかやれてるよ。後半もこのまま行こうぜ」
「ああ、ヤマとトモさんがあんなに頑張ってくれてるんだ。俺たちも自分の役割に徹しないとな」
須賀川はその雰囲気を一刀両断して見せた。
「何勝った気でいるんだ? まだ45分あるぞ。あっちは日本代表もゴロゴロいるし、なにしろあっちの監督はあのアラウージョだからな」
アラウージョはブラジル人で51歳。
かつてはセレソン*2 にも選出されていた名サイドバックだった。
デルソルの監督の前はサンパウFCの監督を務め、ブラジルの一部リーグで優勝を2度経験した名将だった。
そして一部と二部を行ったり来たりしていたデルソルを安定して優勝争いするチームに変貌させた手腕はさすがとしかいいようがない。
堅守速攻を戦術の軸としており、ブレることは彼が着任した5年前から全くなかった。
ブラジル人というよりもイタリア人なのではないか、と思うほどに個の能力ではなく組織としてまず守り、電光石火のごとく得点を奪うことを常に是としてきた。
その堅守の要は間違いなく賀茂川だ。
デルソルのロッカールームでは、アラウージョが通訳を介して後半の指示を出していた。
*アーリークロス: 主にサイドのポジションの選手が、前線のフォワードなどに早い段階でクロス(センタリング)を供給するプレー。
*2 セレソン:ポルトガル語で「代表」を意味するが、ブラジル代表の代名詞にもなっている
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます