第27話 下総銀行カップ(6)

 山口がクリアしたボールはゴールラインを割っていたので、デルソルのコーナーキックから再開される。


 キッカーはボランチの松山だ。


 日本代表でもコーナーキックを任されている26歳のボールコントロールは定評がある。


「トモ! 山木にちゃんとつけよ!」

 粟尾がマークのチェックをしてコーチングを行っている。


(さて、このスーパー高校生を抑えたら気持ちいいぞ)

 山口に代わって自分の定位置に戻ってきた赤羽は真壁の隣に立ち、187cmの長身から真壁を見下ろした。


 気づいた真壁はニヒルに笑っただけだった。


 松山が短い助走をつけて右脚でボールを蹴ると、ゆるくカーブを描いて中野がマークについている山木へ向かっていった。

 中野と山木の空中戦はあっさりと中野がヘディングでクリアした―― かに見えたが、セカンドボールを右ハーフの塚本が拾ってそのままFWの杉嵜へダイアゴナルにグラウンダーのパスをだした。


 杉嵜は右脚で前方にトラップし、豪快に蹴り込んだ。


 同点ゴールが決まった。


 杉嵜は、走り込んで膝をついてスライディングし、派手なゴールパフォーマンスを繰り出した。


 真壁は赤羽に近寄って、

「ウチの杉嵜さんなめんなよ?」

 と言って笑って過ぎ去っていった。


「可愛げのないこと」

 真壁の後ろ姿にそう言うのが精いっぱいだった。


 一方、スタンドから見ていた町島たちガビアータのスタッフたちはため息をついた。


「せっかく先制したのにな。やっぱり攻撃が厚くて凌ぎきれなかったな」


「でも、後半はまだ始まったばかりだから時間は40分くらいありますよ」

 八乙女が町島をなだめるように言った。


「そうだね。僕たちは選手のみんなを信じるしかないよね」

 町島は選手が変わろうとしているのに、自分が変わり切れていないことに気が付いた。


(僕たちが信じなきゃ、誰が信じる)

 そう念じて、大声で


「切り替えていこう! VAMOがんばれ! ガビアータ!」

 と怒鳴った。



 ボールはセンターサークルに戻され、再度ヘンネベリからキックオフされた。


 丁寧にビルドアップするガビアータイレブン。


 キャプテンの鈴木が坂上と村雨の三人でダイレクトで何度かパス交換をしながら上がっていく。


 意外にもデルソルのチェックはそれほど激しいものではなかった。


 赤羽と中野の二人のセンターバックと、坂上が上がっていったのでスペースを埋めに行った眞崎の三人を残して関口も前線に上がっていた。


 真壁と杉嵜はガビアータ側のペナルティエリア付近に残っている。

 

 危ういところでボールを失うとたちまちこの二人のFWにカウンターのボールが供給されるのは目に見えている。 


 そう言っているそばから、鈴木がマッケインとのデュエルからボールを奪われ、オートマチックに松山、桑野、山木、塚本のミッドフィールドは前方に走り出した。


 そしてマッケインが前線にフィードしようとしたその時だった。

 

 いつの間にか左のウイングに張っていたゆんが、後ろから強引にマッケインに身体を入れてボールを奪いに行った。


 高い位置でボールを奪い返せれば、ショートカウンターになる。


 ミッドフィールドはガビアータの攻撃陣を置き去りにしている。


 これはまたとない好機だ。


 尹は坂上にサイドパスを出し、坂上は短くドリブルで突っかけ、五十村をつり出してからヘンネベリにラストパスを送った。


(しまった!)

 そう賀茂川が思う間もなく、ヘンネベリはGKの川浪にフェイクの目線を送ってから逆方向に蹴り込んだ。


 ガビアータの堂々たる勝ち越しである。


 少なくとも昨年までのガビアータではないことは誰の目にも明らかだった。


「Skit! Såg du det! Jag gjorde det!」


 来日初ゴールとなったヘンネベリはいつもは無口な男だが、大声をあげてスウェーデン語で何か叫んでいる。


 赤羽は、また真壁に近寄った。

「ウチのペールヘンネベリのことも舐めないでほしいね」


 真壁は苦笑いして赤羽から離れていった。



「バネさん、何言ったんですか?」

 中野が赤羽と真壁のやり取りを離れたところから見ていて不思議に思ったのか訊いた。


「ああ、プロの心構えをちょっとね」


 スタンドは割れんばかりの歓声が上がっていた。


「ワンプレーですぐに勝ち越しとか、すごすぎないですか?」

 沢木が八乙女に抱きついて興奮気味に叫んだ。


「すごいね! 今日は負ける気がしないよ」

 八乙女も興奮していた。


 二人とも仕事とは言え、サッカー観戦自体は初めてだ。


 町島は、こうやって観戦沼に嵌っていくんだよな、と微笑ましく二人を見ていた。


 その後、お互いに2枚目の交代のカードを切った。


 ガビアータのベンチはウィンターキャンプの初日に軽い捻挫で離脱し、ギリギリこの試合に間に合ったFW湯川を入れてきた。

 下がったのは尹だった。

 

 さっきのプレーでマッケインと交錯して転倒、少し体が傷んだからこちらも大事を取ってのことだった。


「おいおい、守るつもりは毛頭もなさそうだな」

 デルソルの監督アラウージョはそれを見てちょっと驚いていた。


「90分間我々を『殴り続ける』ことが君たちにできるのかな?」

 一方、アラウージョが送り込んだのも明確に攻撃を厚くする狙いがあっての事だ。

 

 コンディションが上がらないトップ下の桑野を下げて左ウイングに俊足の鎌谷を入れてきた。

 これでデルソルは4-1-3-2から4-3-3へ。


「殴り合いなら、我々も得意なのだよ。ミスタースカガワ」

 アラウージョはそう独り言ちて含み笑いをした。


 残り35分間は、まさに「殴り合い」だった。


 後半24分、途中出場の湯川がペナルティエリアで倒され、ヘンネベリが今日2点目のPKを奪って突き放せば、後半33分には塚本のロングスローから前線に上がってきていたCBの五十村が汚名返上とばかりにヘッドで叩きこみ1点差。


 しかし真壁には全く仕事をさせない安定したガビアータのディフェンダー陣。


 ついに後半41分、守備固めに坂上がボランチのポジションに、川上がベンチに下げられて代わりに入った外川がやはりダブルボランチとしてがっちりと1点差を守り切る作戦が取られた。


 アディショナルタイムは4分あったが、そのまま試合はガビアータが逃げ切った。

 

 がっちり握手をする須賀川と桜井。


 選手たちも喜びを爆発させていた。


 そしてガビアータのゴール裏は……


 やはり彼らも新生ガビアータの姿をみて、今年の活躍を確信したのだろう。

 いつになく盛り上がってた。


 須賀川は監督インタビューに応えていた。


「須賀川監督にとっては監督人生の初めての試合で壮絶な打ち合いを制して勝ったわけですが試合を振り返っていかがでしたか?」


「うーん、僕のプランではもう少し点が取れると思っていたし、一点もやるつもりはなかったんですけどね」

 デルソル側スタンドからブーイングが漏れた。


「どうしてこの短いオフシーズンにチームが変わることができたのでしょう?」


「一言でいえば、現場の僕たちもそうですが、フロントが腹を括ってくれたからだと思います。勝つための最短距離を走り始めたばかりですよ、ウチのチームは」

 それを聞いた貴賓室にいた山際は柔らかく笑った。

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