第3話 最終節-3

 ハーフタイム中のカワアリのロッカールーム。


 監督代行の高橋は、この時間を使って戦術の確認とマークの受け渡しについて気がついたところをイレブンに伝えていた。


 ―― 残留を決める。


 シンプルながらこれ以上のモチベーションはない。


 JSL-B二部には22チームがひしめき合い、日程はキツく一部から降格してしまった有力チームがいるが故に降格後既に10季を過ごしているオリジナル12のチームすら複数存在している。


「俺たちも落ちたら最後、上がっては来れないかもしれない」


 この恐怖心は選手の個々の考えに違いをもたらしてしまった。


 ディフェンスは均衡したこのゲームを守ろうと考え始めた。


 しかし、オフェンス側は攻めてかならず勝ち点3を取ろう、そう考えていた。


 意思の統一も図る事なく高橋は前半のメンバーのままピッチに選手たちを送り出してしまった。


 その早速チーム全体のちぐはぐさがプレイに現れた。


 前半デフェンスは最終ラインを高めに保っていたが、恐怖心からラインがずるずる下がってコントロールが上手くできていない。


 一方のオフェンスは点をもぎ取りたいその一心で前のめりになって中盤は間延びしてスカスカになった。


 こうなるとカルバロスは中盤でやりたい放題だ。


 最下位に甘んじてはいるが、カルバロスの目指しているサッカーそのものには高い評価をする者が多かった。


 中盤でのパス回しで相手を崩して突破力のある甘粕と黄に決めさせる。


 その二人にマークがしっかりと付けられた場合、左ウィングの菅原やシャドーストライカー役のミッドフィールド樫本がゴール前に顔を出す分厚い攻撃力が売りのチームだ。


 高い攻撃力で得点数はリーグ3位につけているが、いかんせん守備がで、なかなか勝ち点を積み上げることができず最終節を迎えてしまった。


 アウェーの対戦でガビアータに完封されたのは累積の警告で樫本が出場停止、黄がケガでベンチから外れていたからだ。


 ところでJSL-1の登録選手の平均年俸は約3500万円であり、平均の登録選手数は29名なので10億円がチームの平均人件費と見て良い。


 しかし、ガビアータの登録選手の合計年俸は平均の約半分。

5億6千万円だ。尹とエウリントンの二人でその1/4を占める。


 日本人の若手となると悲惨なもので、例えば左SBの関口は今年トップ昇格したばかりの21歳で、年俸は480万円だ。B契約の最高年俸に据え置かれている。


 出場分数から来季はA契約になるだろうが、関口のサイドの突破力や左脚から繰り出す正確なクロスは他のチームからすれば垂涎の的だ。


 普通、そんな選手を引き止めるのがGMの務めである。


 過去、GMの園田は限られた予算の中慰留を試みたが選手に難色を示されると強くは引き止める事はしなかった。


「無い袖は振れない」

 園田の口癖だ。


 毎年育成し、ある程度の成功を手にした若手を手放してしまい、戦力の上積みはなし。海外から高い年俸を払って助っ人を呼んでくるのが恒例の人事だった。

 そして毎年のようにシーズン前は目標は「優勝争いに絡む」から始まって、結局降格を回避するのが最終目的になった。


 閑話休題。


 カルバロスにいいように中盤を支配され、前線にボールが面白いように供給され始めた。


 何とか猛攻を凌いでいたガビアータだったが、カルバロスの勝ち越し点が決まったのは56分を過ぎた頃だった。


 ボールを保持していた黄がドリブルで真ん中に切り込んできた。


 エウリントンが釣り出され、赤羽のバックアップが遅れたところにこのプレーの起点となった樫本がスペースに走り込んで右足で決めたのだ。


 高橋は動いた。


 エウリントンの消耗が激しいので控えのセンターバック山口を送り出した。


 山口は攻撃参加が売りの大型のセンターバックだ。


 1点を勝ち越されてもうガビアータには迷いは無くなった。パワープレイに持ち込み同点を狙うことに戦術を絞った。


 しかし、高橋の狙いとは全く違う形で同点弾・逆転弾は生まれる。

 

 カルバロスの守備陣の疲れの出始めた77分には同点弾を中盤でカットしたボールを関口が自ら持ち込んで決め、続く83分には坂上からのホットラインを尹が決めた。


 久しぶりにガビアータのゴール裏が大きくどよめいた。


 高橋は、

「結果オーライ」

 と小さく呟いたのみだった。


 しかし、あっという間に逆転をされたカルバロスイレブンの表情にはまだ闘志は残っているように見えた。


 一方、高橋は残り時間を計算しながら疲れの見える右サイドバックの中野とボランチの坂上が下げられ、野島と一楽が入り、今度は明確に「守り切れ」の指示がでた。


 明らかに山口の存在は現時点で使い途として中途半端であった。

 攻撃はもはや不要で、守るなら消耗していててもエウリントンが上だったからだ。

 

 それでも、カルバロスイレブンの闘志は空回りし、ガビアータの守備陣を崩せずにいた。

 


 88分、カルバロスの交代枠の最後の一枚は、やけくそ気味に点を決めている黄に代わって身長190㎝を超える新人の高坂だった。

 こちらもワンチャンスにかけてきたのが見え見えだった。

 

 しかし時すでに遅しか。

 

 やがて試合は90分を超え、アディショナルタイムは3分と表示された。残留まではあと3分だ。


 誰もがそう思った。

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