第4話 最終節-4
アディショナルタイムも1分20秒が過ぎた。
カルバロスは、少なくとも残り1分半で2点を取らない限りプレーオフに進むことは出来ないが、意地からか捨て身最後の猛攻をかけてきた。
中盤からでもゴール前に放り込まれるロングボールをディフェンス陣は体を張って跳ね返した。
ロングボールでゴール前に蹴ってきたボールを関口が頭で防いでゴールラインを割った時、アディショナルタイムの3分が過ぎた。
しかしまだ笛はならない。
逆転の可能性はほとんどなく、ほぼカルバロスの自動降格は決まった。
おそらくラストプレーと思われるコーナーキックをカルバロスの甘粕が蹴った。右足で蹴ったボールは少し右に巻きながら背の高い高坂めがけて放たれたが、残念ながら高坂の頭には合わなかった。
プレーにかかわった全員がそのボールの行方を見ていた。
誰もが動けなかった。
一番近くに居た山口もボールウオッチャーと化していた。
ボールは、さらに鋭く巻いて、ファーサイドのポストの奥の角に当たり、広角に跳ね返ってそのままゴールネットを揺らした。
ゴール認定の笛の直後、主審は試合終了の笛を吹いた。
スコアは、3対3のドロー。
ガビアータの選手は残留を勝ち取ることができず、全員がピッチに座り込んだが、尹がすっかり上手くなった日本語で、
「まだ、札幌の結果がある! 終わってないヨ! ミンナまだあきらめるな!」
と怒鳴った。
この時点ではガビアータの勝ち点は32。
同時刻に始まったオッソ札幌の試合経過は選手への配慮でスクリーンには表示されていなかった。
高橋もスタッフには経過を知らせないように依頼していた。
やがてオッソ札幌対アンギーラ浜松の試合結果が表示された。
「5対2」
優勝候補最筆頭のアンギーラは、なんと3点差を付けられてオッソに負けてしまった。札幌スタジアムでは奇跡の逆転残留にサポーター同士が抱き合って涙を流している。
結果、オッソ札幌も勝ち点32、得失点差でわずか1点ガビアータ幕張を抜いて残留を確定させた。
一方ここカワアリのピッチでは、改めて選手たちがへたり込んでいた。
メンタルの強い
「ミンナ! まだ入れ替え戦があるでショ! がっかりするの、入れ替え戦の後!」
とチームメイトを鼓舞していた。
「このままじゃ、ダメだヨ! ミンナ、立ち上がっテ!」
尹に促されて選手たちは立ち上がり、メインスタンド前、ガビアータのサポーター前にやってきた。
気を取り直したゲームキャプテンの鈴木は全員が整列するのを確認し、
「応援ありがとうございました!」
と頭を下げて挨拶した。
拍手は起きなかった。
数秒の静寂の後、ゴール裏のサポーターたちからの攻撃が始まった。
「お前らやる気あんのか!」
「最後のプレー、あれはねえよな! お前ら本当にプロかよ!」
「フロントは出てこねえのかよ!!」
「今日と言う今日は許せねえ! お前ら全員丸刈りにして来いよ!」
ありとあらゆる罵詈雑言が飛んできた。
選手たちはあまりの酷い野次に激高する者もいたが、他の選手に止められた。
自分たちが不甲斐ないのは事実だ。
この不当に酷い野次を止めさせるには、自分たちが入れ替え戦で勝利を勝ち取るしか他ない。
鈴木は大声で、
「次はきっと満足する試合をするから、みんなまたカワアリに来てくれ! これはオレの約束だ!」
と叫んだ。
すると、
「オレたちはお前たち選手だけに文句言ってるんじゃねえんだ。頭を下げなきゃいけない奴はあそこにいるだろう?」
と、サポーターをまとめているリーダーらしき男がスタンド中央の上段を指さして叫び返した。
男が指さした先のスタジアムの貴賓席で観戦していた球団社長である山際徳克は頭を抱えていた。
「おいおい、なんかサポーターと鈴木がもめているようだな。ところで園さんはどこ行った? おい、君、園さんを見なかったか?」
「い、いえ。 園田さんは試合が終わると直ぐに部屋から出て行かれましたよ」
山際はGMである園田を探させたが貴賓室から姿を消していた。
「なんだって? これから高橋君と入れ替え戦の対策を感がねばならんのに」
イライラする山際から逃げるように、質問された若手社員は山際の側を離れた。
ぽつん、と取り残された山際は、
「入れ替え戦か。いよいよチームも、オレも崖っぷちだ」
と、独り言ちた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「確かにウチのチームはいろいろと問題があるかもしれない。でも、結局は選手であるオレたちにこれまでの責任がある」
鈴木は貴賓室を指を差したカモメボーイズのリーダーと目される男にそう言った。
「キャプテン、責任責任っていうけど、毎年毎年なんで戦力の積み上げができない? いい選手はみんな売っぱらっちまうじゃねえか! それもお前の責任なのかよ!?」
鈴木は返答に困ったが、
「君の名前はなんていうんだ? 教えてくれ。自分ではコントロールできないことも確かにある。オレがきちんと会社と話をして答えを出すよ!」
「オレの名前なんてどうでもいいさ。球団はどうせオレたちのことは邪魔な存在だと思っているだろうし」
「邪魔なんかじゃない! 君たちがこうして厳しいことを言ってくれることだったオレたちの力になるんだ。オレも諦めないから、君たちも諦めないでくれ!」
そう力強く鈴木はいうと、頭上で拍手をしながら再度頭を下げて、選手全員を引き上げさせた。
「逃げんのかよ!」
と言う声も聞こえてきたが、お構いなしに。
「園さんはともかく、山際さんを悪く言わせているのはオレたちの責任だ」
鈴木は唇をかんだ。
午後4時を回り、茜差すピッチに絶望を抱きながら立つガビアータの選手の影は、芝生の上に濃い蒼となって伸びていた。
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