第34話 人選

 千葉駅に近い繁華街から少し入ったところに、木下祐誠ゆうせいが住む1Kのアパートはあった。


 日中はそれほどでもないが、夜になると酔客が大声を上げたりと何かと騒がしい界隈である。


 午後2時。


 木下は、コンビニでの午後5時からのシフトまでの時間を持て余し、ベッドの上に寝転んで、50インチの液晶テレビに前節の松本戦のビデオを流して観ていた。

 もうフルで4回は見たはずなのに、ガビアータの不甲斐ない試合運びに都度怒り、拳を握りしめることを繰り返していた。


 すると、いきなり携帯に着信。

 木下は見慣れない番号が着信表示に出ていたので怪訝そうに応答した。


「はい。誰ですか?」

 

 すると想像を裏切るような軽やかな声が聞こえてきた。


「木下さんの携帯で良かったですかね? あ、私、ガビアータ幕張のゼネラルマネージャーをやっています、日向ひゅうがと言います」

 

 木下は不意を打たれてベッドに上に正座して姿勢を正した。


「き、木下です。まさか本当に日向GMからこんなに早く連絡もらえるなんて思っていなかったんで、ちょっと面喰らってます」


「鈴木選手から木下さんが連絡を取りたいと言われたので、早速連絡させていただきましたよ。我々と協議する機会を設けてほしい、という事ですよね?」


「え、ま、まあそうです。俺たち『カモメボーイズ』としてはいくつかフロントの皆さんたちにお願いがあって」


「お願いというのは何でしょうか。それから三対三での協議でなければならない理由は何でしょうか?」

 日向がそう聞くと、木下はその理由を言葉を選びながら訥々と語った。


 曰く、もともとこのカモメボーイズというサポーター集団は、ガビアータがアマチュアリーグの頃から存在していた「川島応援団」、JSL発足時に自然発生的にできた「ガビアータ団」、そして既存二つのサポーターと応援の方針で相容れない部分があった若者を中心として新たに立ち上げられた「カモメボーイズ」の三つが同時に存在していたのを、各サポーター代表者で一つにまとめ上げることに木下が一役買っていた。


 三つのサポーターグループが各々に勝手な応援を繰り返し、毎年のようにグループ間でいざこざが起き、何人かは永久出入り禁止の処分をクラブから受けたことから、新生カモメボーイズとして再出発したという経緯があったのだ。


「だから、俺と、元々の代表者の二人が一緒じゃなきゃダメなんです」


「そうでしたか。事情は分かりましたが、こちらは私と、社長の山際さんしかいないんですよね。選手や監督をその場に呼ぶのは相応しくないし、木下さんもそれは望んでいないでしょう?」


「そうです。鈴木選手を通じて球団側とコンタクト取るのも俺はおかしいと思ったんで止めたくらいですし」


「木下さん、残りの一人は僕が人選してもいいですかね?」


「も、もちろんですけど何かと決定権のある人じゃないと、あまり意味はないですよ」


「うーん、残念だけど決定権があるのはぼくと山際さんくらいしかいないよ。ただ僕の頭の中に浮かんでる人間であれば、きっといい話ができるんだと思うんだ。任せてくれるかな?」


「そう仰ってくれるなら分かりました。それじゃあ日向さんを信じます」


「ありがとう! 日時と場所なんだけど。あまりマスコミにはこの件は取り上げられたくないんだ。これもこちらに任せてもらえるだろうか? ダメな日があったら先に言って欲しい」


「俺は特にないっすよ。川島応援団とガビアータ団のオッさん達には確認しておかないといけねえけど。それが分かり次第この番号に連絡していいっすか?」


「ああ、構わないよ。それじゃあ調整を頼みます」

 日向はそう言って通話を終えた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 木下からは、翌日の午後に電話が来た。カモメボーイズの代表者三名との会議は、五月二十三日に決まった。第9節のアンギーラ浜松戦の直前だ。

 場所は海浜幕張駅から徒歩五分のホテルニューオータニの会議室を借りた。

 

 ガビアータのオフィスからは駅前の大通りを渡ってすぐ向かい側なので、マスコミに出会う可能性は限りなく0に近い。

 そもそもガビアータのフロントに張り付いているような番記者は居る由もない。


 それでも球団とサポーターの間で何かしらの話し合いがもたれるというネタは、様々な憶測を呼ぶだろう。

 日向はそれを避けたかった。


 そして日向はオフィスに赴くと、マーケティングの町島を訪ねた。


町島マッチー、ちょっと相談があるんだけどさ。」


「その『マッチー』って呼ぶの、日向さんくらいっすよ。やめてもらえます?」


「なんだよー、いいじゃんか。減るもんでもないし」


 やれやれ、という表情で日向に応対する町島。

「で、今日は何でしょうか?」


「暴れるサポーターと話してみない?」


「へ?」


「だから、暴れるサポーターだよ」


「どうしてそんな話を僕に持ってくるんですか(笑)」


「だってマッチー、君はサポーターを沢山カワアリに呼んで、楽しんでもらうのが仕事だよね?」


「ええ、その通りですが暴れるサポーターとどんな関係が?」


「山際さんと僕とマッチーの三人で、カモメボーイズの代表者三人でチームのこれからの未来について話し合いを持つことになったんだよ」


「それでなんで僕……なんですか?」


「不満を持つカスタマー、この場合だとカモメボーイズの皆さんってことになるけど、彼らの持っている不満や要望を聞けるチャンスって、実はそうそうあるわけじゃない。だから今回会ってみることにしたわけ。マッチーもさ、いろいろ聞いてみるといいと思う」


「まあ、それはいい考えですね」

 

 心配そうな顔をしている町島に、日向は

「大丈夫だよ。取って食われたりしないから。あ、それからなんだけど、アッチは決裁権がない人間が来ても意味がないって言ってた」


「じゃあ僕はダメじゃないですか」


「もう山際さんには話をしたけど、彼らからもらった要望を叶えるのが適切だと思ったら、やるやらないの判断はマッチーに任せるって言質取ってあるから」


 なんなんだ、この人、と町島は思った。


 今までのGMでこんな人はいなかった。飄々としながらも組織をどう使えばいいか理解し尽くしている。

 根回し、権限移譲、早い意思決定。

 以前のガビアータにはすべて不足していた物ばかりをちゃんとカバーしている。


 そして軽忽きょうこつだ。悪く言えばチャラい。


「分かりました。日向さんがそこまでしてくださっているなら、それに応えない理由はどこにもありません」


「たのむよー? マッチー」

 

「だからマッチーは止めましょうよ」


「やだー」


「子供ですか⁉ (笑)」

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