第33話 ホットライン

「キャプテンからサポーターの件で何の用事でしょう」

 日向は代表格のサポーターグループである「カモメボーイズ」について特に山際や幕張ガビアータの社員から説明を受けていたわけではなく、そしてキャプテンの鈴木が昨年の最終節の経緯からフロントへの連絡役を買って出ていたことも知らなかった。


「GMはご存じではないかもしれないのですが、昨シーズンいろいろありまして」


「いろいろあったのは存じていますがなぜキャプテンが?」


「行きがかり上、としか言えないのですが、サポーターの声を僕がフロントサイドに伝える、と彼らに約束していたんですよ」


 日向はそれを聞いてマズいな、とまず思った。

 プレーに集中すべき選手に、その役目をさせているこのチームの現状をだ。


 しかし、鈴木という男がいかに誠実で責任感があるかも同時に理解している。


 まずその「行きがかり上」を理解することにした。


「キャプテン、もしよければどうしてそうなったのか教えてくれませんか? どうせならクラブハウスに今から行きますから。15分で着くと思います」


 幕張のオフィスから習志野の練習場の一角にあるクラブハウス車で15分。鈴木との電話を切るとすぐにオフィスのある南棟の地下駐車場へ向かってGM専用車であるAudi Q5のイグニションボタンを押した。


 日向の駆る純白のAudi Q5は海浜幕張の駅の前の道から湾岸道路と呼ばれている国道357号線を右折。

 夕刻に差し掛かっていつもなら混んでいる湾岸道路の車の流れはスムーズだった。


(問題はキャプテンからこの役割を誰に移すか、だよね……)


 日向は運転しながら考え事をしていたためか、あっという間に習志野の練習グラウンドに着いた。

 既に17:30を回っていた。守衛は既に帰宅したようで、入り口の門扉は閉まっていて、詰所には人の気配がなかった。


 日向はちっ、と舌打ちをしてQ5から降り、門柱にあるセキュリティシステムに4桁の暗証番号を入力して門扉を車が通れるだけ開けて、車を中に進めた後また門を閉めるために車を降りた。



「何やってるんですか?」

 と門を閉めている背後から声を掛けられた日向は振り向くと、そこには人懐っこい顔をして手を振っている鈴木がいた。



「ああ、キャプテン。クラブハウスで待っていてくれればよかったのに」


「いえ、なんか日向さんが悪戦苦闘しているように見えたので助けに来たんですよ」


「それほど手間取っていたわけではないけど、面倒くさいね。僕が守衛の業務時間を短縮するように山際さんに進言したからか自業自得だけどね」


「やっぱり、チームの財政状態はあまり良くないんですね?」


「そこはキャプテンや僕が心配するところじゃないよ。山際さんが悩めばいいんだ」


「そうですけど……やっぱり僕らは気になります」

 日向は選手の中には、来季のチームがどうなるか心配で気もそぞろな者もいるのだろうとは思っていたが、鈴木がその一人だったとしたらやはりこれは不味いと感じた。


「キャプテン、親会社が期待しているような成績を残せなくても、このチームは決して無くなったりしないですよ。そこは山際さんを信じてください」


「そ、そうなんですか?」

 

「ああ見えて、山際さんは相当のやり手です。昼行燈とか呼ばれていたのは知っていますけどね(笑)」


「まあ、ここでは何ですから」

 少し安堵したのか、鈴木は思い出したように日向に車をパーキングスペースに止めてクラブハウス内に来るよう促した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「負けが込んでいるので、カモメボーイズからクレームが入ったんですね?」

 日向は自分が想像していたことを鈴木にぶつけてみた。


「おそらくはそう云う事なんだろうな、と」


「そうなんですね。それで僕はキャプテンにはカモメボーイズと僕たちフロントの橋渡し役をしていただいていたのが申し訳なくて、今日から僕が直接彼らからのアプローチには対応しようと車を走らせながら思っていました」


「えっ、GM自らですか?」


「まあ比良さんマーケティング部にお願いすることでもないですし。ウチは独立した広報部がありませんからね」


「そりゃそうですが……」


「ともかく選手の皆さんが矢面に立つことは避けたいんですよ。だから僕が直接窓口になります」

 鈴木は鈴木なりにGM職がいかに重要で、なおかつ多忙を極めていることは理解していたからこそ日向の申し出が奇妙に思えて仕方がなかった。


「サポの声を直接聞くことも、決して悪くないと思います。ただ、それで僕の戦略が簡単に左右されるようじゃ僕もまだまだなんですけどね(笑)」


「はは、まあそうですよね」


「外から見て、僕たちのチームがどう見えているかという視点は必要だと思っています」


「と云う事で、申し訳ないですけどカモメボーイズのその人の連絡先を私の携帯に転送いただけますか?」


「はい、わかりました」

 鈴木はそう言うとスマートフォンを操作して、


「今SMSで送りました」

 と言って日向の顔を見た。


「ああ、届きました。えーと、木下さんっていうんですね。会った事あります?」


「ええ、昨シーズンの最終戦でゴール裏で挨拶した時に」


「どんな方ですか?」


「いえ、良くは知りません。言葉遣いは決して穏やかではないです。最終戦で残留を決められなかった時は、山際さんを出せって息巻いていましたから」


「えー、怖いですねえ。園田さんじゃなくて?」


「園田さんはとっくに見限られていたんじゃないかと思います。山際さんなら話は聞いてくれると思ったんでしょう」


「なるほど、単なる狂犬さんってわけじゃなさそうですね」


「実は直接日向さんと接点を持ちたいと木下さんは言っていて……日向さんから直接対応するって言っていただいたので正直肩の荷が下りた気分です」


「むしろキャプテンには申し訳なかった。それで何を要求しているんだっけ?」


「3対3で話し合いを持ちたいってことでした」


「じゃあ山際さん、僕、それから誰を?」


「特に指定はなかったから。まさかスカさん同席させるようなことはないですよね?」



「うん、須賀川監督は現場の人だ。そこに行くのは明らかに間違っている。ここは僕たちに任せてほしい」


「分かりました」

 鈴木は本当に晴れやかな顔に戻って、クラブハウスを出て行った。


「あと一人か。誰がいいかね? まずは電話しておこう」


 日向はさっきスマートフォンに送られてきた木下の電話番号を表示させ、軽く指先で通話ボタンを押した。

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