第35話 対決 カモメボーイズ vs. ガビアータフロント(1)
「紹介します。こちら、元『川島応援団』の島さんと、『ガビアータ団』の横内さんです」
木下は、自分の自己紹介もそこそこに、かつて3つに分かれていた応援団の元代表者二名を山際と日向に紹介した。
ホテルニューオータニの三階にある宴会場「桜」は薄紫の絨毯が敷かれ、半透明のブラインドから弱い光が差し込んでいた。
五月ももう終わりという時期だが、今日の天気は薄曇りで少々寒々しい。
木下に紹介された島 朋幸は55歳の工務店経営者だ。
高校生までサッカーをやっており、JSLリーグが発足して川島製鉄時代から応援していたガビアータがプロ化されると、川島応援団に入り毎試合のように応援に駆け付けた。
胡麻塩頭の中肉中背、眼光は鋭く、父親から引き継いだ工務店を二十六期しっかりと守りながらガビアータをサポートしてきた自負がある。山際は、工務店名の刺繍の入った菜っ葉服を着たこの中年男性と川島製鉄本社の役員たちをほぼ同類とみなしており、警戒感をマックスにしていた。
一方、勝手連的に出来上がったガビアータ団の元代表、横内 実次は大手IT企業の部長職だという。
長身かつスキニーな感じのスーツで身を固め、髪型は長めでパーマをかけており、垢ぬけた感じのナイスミドルだが、日向は横内の視点が定まらず何を考えているかわからないような印象を受けた。
また、初めて直接会う木下には意外な印象を持った。
過激派と聞いていたが、見た目は顎に鬚を生やし、今時流行らないロン毛をカチューシャで留めてガビアータのオフィシャルグッズの一つである真っ青なピステを着込んでいて五つ星ホテルのの宴会場にはそぐわなく、それなりに悪そうに見えるが、常に折り目正しく、敬語にも破綻がない。
観察はほどほどにと、日向は会談の口火を切った。
「すみませんねえ。こちらの都合で平日になってしまって。島さんも横内さんもお仕事があるのに申し訳ありません」
「いや、それは構わねえよ。これが終わったらこの格好で現場行くんだ。気にしねえでくれ」
と島が言うと、横内も何度も頷いている。しかし視線は定まっていない。
「今回、こちらもご紹介したい社員を連れてまいりまして。マッチー、ご挨拶は?」
日向は場所を弁えず――もちろん計算づくの行動であるが―― 社員をニックネームで呼び挨拶を促す。
「日向さん、何度も言いますが『マッチー』っていうのやめましょうよ。 あ、申し訳ありません。ガビアータのホームの試合でイベント関係を仕切っている、町島と言います」
「日向さん、俺たちは木下君を通じて『決定権のある人間』を連れてきてくれって言ったはずだ」
島が納得いかない様に突っかかってきた。
これは想定問答集の「いろは」の「い」だった。
山際が答える。
「島さん、すみませんねえ。うちも人材不足で。町島には確かに決定権があるわけじゃないんですが、決定権って逆に言うと日向GMや私が納得すれば、この男が全部実現するんですよ。そういう意味ではこれ以上皆さんにとって都合のいい人選はないと思いますがどうですか?」
「では、今日は何でも腹を割って話してもいいってことですね? 山際社長」
沈黙を守っていた横内が突然しゃべった。
「横内さんはこう見えても熱血漢で。たぶん僕よりもガビアータ愛があります」
「それは買いかぶりすぎだよ、祐誠君」
横内は木下に礼を言った。
「さっそくですが、こちらの要望を話してもいいでしょうか。ちょっと私たち三人で要求内容をまとめる時間はなかったので、一つ一つお話をしてもいいでしょうか」
「それは勿論構いません」
「では私から。私の願いは一つだけ」
「横内さん、それは何でしょう」
相変わらず視線が定まらない横内から、日向は衝撃の告白を受けた。
「私のこの眼なんですがね。たぶん皆さんは奇妙に思ったのでは?」
「大変失礼ながら、どこかご病気なのかと思っておりました」
日向はまさかその話になるとは思わなかったので、答えに一瞬窮したが、わざわざその話題を出してくるくらいなので、横内にとっては相当に重要な話なのだと悟った。
「これ、八年前のエンペラー杯の三回戦でこうなりました」
重苦しい空気が流れた。
山際は何かを言わなければならない、この場における最高責任者は自分なのだ、と言い聞かせるように言葉を絞り出した。
「それは高校生チームに負けたあの試合で起きた暴動に原因がある、そう云う事ですね?」
エンペラー杯。
日本中の連盟に年齢制限のない一種登録をしているクラブチームや学生チームが参加可能な大会である。高校生チームもユース大会で優勝したチームが参加可能の大会だ。
八年前。
地域選手権を勝ち残った岩手県代表のクラブチームと、JFL-Bのプロチームを撃破した埼玉県立大宮中央高校とJFL-Aのガビアータが三回戦で激突することになったのだった。
結果はガビアータの0-3の完敗。大宮中央高校は四回戦で姿を消したが、JFL-Aのプロチームが高校生に負けるなど前代未聞。
試合後、擁護するサポーターと高校生に負けたことに憤慨する一部のサポーターが対立して暴徒化し、最終的にピッチになだれ込んだという最悪の事件を引き起こしている。
この事件で、重傷者が十二名出たことでクラブには制裁が科され、それが三つに分かれていたサポーターグループを解散させるか、責任をもって一つにまとめるかという議論に発展した事件だった。
「私は対立を止めようとして殴られ、こうなってしまいました。幸い視力には影響しなかったので仕事は続けられましたが、やはりプログラマとしてはきつい。管理職に転じたのはそれの事件が遠因です」
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