第36話 横内の願い

「山際社長、私の願いは『対話』です。ガビアータフロントと我々サポーターとの間に、こうしたホットラインだけでなく定期的、いや、不定期でもいい。直接対話ができる環境を作ってもらいたいのです」

 そう語る横内には、悲哀と内面から迸る熱意がない交ぜになってある種のオーラが出ているように見えた。


「それによって、ああいった暴動はなくなります。暴動はいきなり起きるものではない」


「お言葉を返すようですが、あの暴動は結局起きたのではないでしょうか?」

 口を挟んだのは町島だ。


「原因は一部リーグのプロが、高校生に負けたことでしょう? 疑っているわけではないですけど、対話が本当にあの悲劇を繰り返さないことにつながるというのが正直わからないです」


「あの時、もしチームフロントと意思疎通ができる下地さえあれば私は防げたと思うのです。山際社長の前任者は、対話を拒んできた。そしてあの後も我々を裁くような動きをしたのです」


「水原前社長のことですね」

 と、日向。


 水原 護―― 前ガビアータ球団社長にして現川島製鉄人事担当常務役員である。


 ガビアータ出向時は何もせず、問題の火消しだけに特化して任期をやり過ごした典型天下り経営者であった。


 水原は大した補強もせず、GMと監督に敗戦の責任を負い被せ、騒ぐサポーターグループを敵視して弾圧すら行った。


「町島さんはお若いから水原社長のことはご存じではないのですね」

 横内は少しため息をついた。


「前社長の水原のこと自体は勿論知っていますが、サポーターグループを排除しようとしていたことは何となくしか知りませんでした」


「横内さん、私から改めて事の経緯についてお詫びしたい。本当に苦痛とご迷惑をおかけしました。この通り、申し訳ありません」

 山際は深々と横内に頭を下げた。


「サポーターの皆さんとウチの山際や日向とどのように対話をする機会を設けるかが焦点ですよね。ぼくにちょっといいアイディアがあります」

 町島には確信めいたものがあった。


(山際さんも日向さんもそういう意味ではサポーターの人たちと新しい関係を作り出すにはうってつけの人物だ)


「ラジオ番組を作ったらいいのではないかと」


「ラジオ、番組ですか」


「町島、俺たちにそんな予算はないぞ? あ、すみません。この間川島本社の役員会で私が余計なハッタリをかましたもので、金銭的な援助は川島本社からもらえんのですよ」

 山際はハンカチで額の汗をぬぐいながら釈明するように言った。


「ラジオねえ……面白そうです」

 日向が言葉を継いだ。


「ラジオと言っても、インターネットで配信するタイプのものですよ。しかしバカにできない媒体です。何しろ金がかからない。そして適切な呼び込みがあれば広告収入を得ることだってできるかもしれません」


「ツイキャス、ですか?」

 口を挟んだのは木下だった。


「ツイキャスは面白いアイディアだと思います。ぼくら世代には浸透していますし、年配の方にもそれほどハードルは高くない」


「ツイキャスね。ラジオというよりテレビに近い」

 日向が重ねる。


「町島さんがパーソナリティーをやって、そこにいろいろなゲストをつないで配信すればいいんですよ。山際社長が出る日があって、日向GMが出る日があって、そこでは必ずサポーターとの絡みがあるようにすれば」


「ガス抜きもできるし、結構まともな意見も直接もらえる、って言う算段ですね?」

 日向の顔はワクワクが隠せないほど笑顔だった。


「私たちの思っていることを伝える場所があって、山際社長や日向GMがそれに直に答える……そんなことが出来たら、もっとサポーターとガビアータフロントの関係は大きく改善されるでしょう」

 横内はそのアイディアに満足そうだった。


 町島もしめた、という顔をしている。しかし町島はすぐにその表情を変えざるを得なくなった。


「ラジオってのはよくわかんねえな。なんで直接話し合う機会を持てねえんだ? そんなお為ごかしじゃあオレは納得できねえぞ?」


 自社工務店の菜っ葉服を着た島が、町島を睨みつけていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

カモメが飛ぶ日 Tohna @wako_tohna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ