第二章 救世主と疫病神

第11話 その男変人につき

 マーケティング部の町島は、いつも始業時間である9時よりも1時間ほど早く出社している。


 理由は始業前だとほとんど電話も鳴らないので落ち着いて仕事ができるからだ。


 町島が出社して少なくとも30分間は、出社してくる他の社員は殆どいない。


 町島の仕事は主に試合当日のアトラクションや、イベント関連の企画と段取りをする事だ。

 イベントは特に様々な業者が関わるので、段取りを組んでいるときに関係のない電話に出たり、同僚に話しかけられたりすると上手く捗らない時もあるからだ。


 町島も2年前に山際に採用されたサッカーフリークだった。


 山際から「重大発表」があった翌日、いつものように町島が一人で仕事をしていると、来客が来たことを知らせるインターフォンの音が鳴ったので受話器を取り、


「はい、どちら様ですか?」

 と、来訪者にに尋ねた。すると、


日向ひゅうがと言います。山際さんは出社されてます?」

 と、若い男の声がする。


「どちらの日向ひゅうがさんでしょうか?」


「ええと、今日からこちらでお世話になる日向ひゅうがと言います」

 あれ、どこかの部署で採用あったっけ? と、不思議に思ったが、


「今開けますね、ちょっと待ってて下さい」

 と一先ずドアを開けるためにオフィス入り口のドアまでやってきて、ロックを解除した。


 するとドアはそっと開いて、


 どちらかといえば童顔の、若そうな男が入ってきた。


日向ひゅうがです」


「マーケティングの町島です。人事の中村さんはまだきてないですけど、今日入社なんですか?」


「んー、入社といえばそうなのかな」


「えっ? どういう」

 上手く会話のキャッチボールが出来ないのでそう聞くと、


「契約はまだなんですが、一応GMで雇われました」

 町島は仰天して、


「えええっ! これは大変失礼しました。園田さんの後任の方ですね?」


「まあ、そういうことになりますね」

 見た目、童顔だしおそらく30歳手前という所だろう。だとしたら自分よりも少し年齢は下だ。


日向ひゅうがさんは、いままでどこのチームにいらしたんですか?」


「あ、僕はいままで会社を経営していたんですよ」

 

「えっ、会社を……サッカー関連か何かのですか?」


「いや、ITのベンチャー企業ですよ。データ解析のツールを作って売ってました」


(おいおい、本当にこの人がオレたちの救世主なの?) 

 町島にとって日向の答えは想定外の事ばかりだ。頭の中が混乱してきた。


「こんなヤツで大丈夫、とか思ったでしょう?」


「い、いえいえ、そんなことは」

 町島は心を見透かす能力でもあるのか、と少しドギマギした。


「いいんですよ。普通はそういう反応になるのは分かってますから」

 少しニヒルな顔をして日向は言った。


「GMとしては若いし、サッカーは門外漢。心配にならないほうが変です。でも心配しないでください」


(心配するなって言う方が難しいんじゃね?)

 口には出さないものの町島の心配は当然だ。


 そこに山際が出社してきた。


「おー、日向ひゅうがさん。おはようございます!」

 ひと際大きな声で山際は挨拶をした。


「山際さん、おはようございます」

 日向が挨拶を返すと町島が、


「社長、おはようございます。いま、自己紹介をしていただいていて、ちょっと色々面喰らっていたところです」

 と山際に声を掛けた。


「町島君おはよう。面喰らったってどんな?」

 

「サッカー……関係者ではないんですね?」

 町島は言葉を選びつつも日向に対する疑問を隠さずに言った。

 山際は少し考えてから、


日向ひゅうがさん、じゃあ、ちょっとオレの部屋で待っててくれないかな。こっちだ」

 と言って日向ひゅうがを自室に通してドアを閉めた。


 また町島のところに戻って来て、話を続けた。

「じゃあ一流選手だった人が良いGMかっていうと、ちょっと違ったりもするよな」


「まさか園田さんの事言ってます?」

 山際はニヤっと笑って。


「誰とは言ってねえよ(笑)」

 といって続けた。


「まあ一般論だ。この場合、サッカー経験者とGMの能力で四つの人材のタイプを分けられるだろう? 1.サッカーを知っていてGMの能力が高い人、2、サッカーを知っていてGMの能力の低い人、3、サッカーを知らないでGMの能力が高い人、4、サッカーを知らないでGMの能力の低い人」


「当たり前のこと言ってませんか? 社長」

 と、町島。


「話は最後まで聞けよ(笑)。まあ残念ながら率直に言うと園さんは2番目のタイプだった。残念だが今この時期に1番目のタイプの人が安い年棒で来てくれるようなタイミングとは思えない。で、サッカーを知らなくてもGMとして優秀な人を連れてきたんだよ」

 園田がそう言うと、


「じゃあ、GMとしての資質って何なんでしょうか? 何故日向ひゅうがさんは抜擢されたのでしょうか?」


「まず君の誤解を解きたいが、日向ひゅうがさんはサッカーの事は、恐ろしくよく知っている。サッカーを知らない訳じゃない。だが、」


「だが?」


「選手としての実績が皆無なんだ」


「それはいわゆる戦術厨とか揶揄される様な感じの人ですか?」


「ははは。戦術厨っていうのか。ある意味そうかもしれないがそれだけじゃない」


「と言うと?」


「彼はITベンチャーの社長をやっていたんだ。学生の時に起業して、今や年商52億を売り上げを上げている優良企業だぞ」


「そんな人がよく……」


「実はウチと契約したら会社は売ることにしたんだそうだ。ウチとしてはGM職としての仕事を全うしてくれれば兼業でも構わないって言ったんだけどな」


「なんだかもったいない話ですよね」

 町島の頭の中は?マークで一杯になっている。


「今日、契約をしに来たとおっしゃってましたが、まだ契約してなかったんですね」


「そうなんだ。チームの事をよく知ってから契約したいっていうんでね。正直言うと役員会で、『日向ひゅうがさんが来る』ってフライングしちまったんだよ」


「来なかったらどうするんですか!」


「来ないっていうのは、あり得ないよ」


「どうして……ですか」


「君がそうであったように、サッカーが好きでたまらないヤツに、自分にしかできない仕事をぶら下げたら、その魅力に抗う事なんてできないんだよ」

 町島は深く頷いた。

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