第10話 重大発表

「このチームを、みんなはどうしたい?」

 言いたいことがある、というのに山際はまず社員を前にして質問して見せた。


「社長、僕たちはこのチームを今のまま存続させてもらいたいです」

 勝又が口火を切った。


「赤字なのは、お前たち営業がスポンサーを取って来ないからじゃないのか?」

 後ろからマーケティング部の中堅社員、柿内が嫌味を投げかける。それには野間口が猛烈に反発した。


「カキさん、悪いけど客が集められないアンタらに問題があるじゃないか」


「なんだと⁉ もう一度言ってみろ!」


「ええ、何度でも言いますよ。スポンサー収入なんて興行収入より少ないのが常なんです。カワアリの4万人のキャパを、毎試合5千人とか笑えねえ」

 柿内は周りの同僚に抑えつけられて暴れるのを止めた。


「柿内、野間口。お前たちが言い合うな。変な噂が立っているのも全部オレのせいだ。本当にすまない」

 深々と頭を下げる山際。


「社長、本当のところを教えてください」

 普段おとなしいはずの経理の八乙女が意を決して質問した。


「八乙女さん、もうほぼ決算の最終見込みは出ているんだよね。EBIT税引き前利益の今季見通しはいくらだい?」

 八乙女は、経理部長の菅沼の顔をちらりと見たが、菅沼がコクンと頷いたので、


「約1500万円ほどの赤字です」

 と答えた。


 社員の溜息が方々で漏れた音がした。


「営業部の営業力が足りない、マーケティング部の宣伝の効果が薄い、オレはそうは思っていないぞ。まあ、両方とも百点はやれないが」

 苦笑半分で社員は笑った。


「一番聞きたいことを答えよう。来年、この会社は存続する」

 今度は社員から安堵の声が漏れたが、


「しかし、来年赤字が出たら」

 続く言葉を社員は文字通り固唾を飲んで待った。


「売却だ」

 どよめく社員たち。


「それじゃあ、『噂』は本当だったんですね?」

 マーケティング部の若手、町島が叫ぶ。


「おいおい、どんな噂だよ」


「親会社は売りたがっているって」

 山際はふぅ、と一息入れて、


「リーグとの関係もあるし、簡単にチームは売却することは天下の川島製鉄でもできないさ。しかし、サッカーは興行と言う側面から言えば間違いなくビジネスだよ。赤字のまま放置していいなんてことは絶対にあってはならない」

 強い言葉を投げかけた後、山際は少し優しい声色に変えて続けた。


「少なくともオレが採用にかかわったここ2年くらいの間に入社した人たちはサッカーが全員好きなはずだ。勝又、お前はどうだ?」

 出向組の勝又はいきなり山際に質問されて目を白黒させている。

 それでも、自分の想いを伝えようとした。


「オレはサッカーというより、このチームが好きですよ。単にここに飛ばされてきたのは事実ですけど」

 営業部を中心にどっと笑いが起きた。

 

 頭を掻く勝又。


「私も出向組ですが、どんなにチームが連敗したってこのチームが好きになりました」

 経理部長の菅沼もそう続いた。


「オレは好きじゃないです」

 柿内はそう言った。


「なんで嫌いなんだ? 怒らないから言ってみろ」

 山際はそう言ったが、


「社長が「怒らないから」って言って怒らなかったことなんてなかったけどな」

 頸をすくめてマーケティング部長の比良が茶化す。


「おいおい、比良さん。今は茶化すときじゃねんだけどな(笑)。」

 と山際。


「じゃあ言います。親会社が余りに口出ししすぎてやりずらい。オレはサッカーが好きでこの会社を選んだけど、こんなにでたらめなチームじゃ結果は出ないですよ。オレ、さっき勝又たちの事を悪く言ったけど、親会社のせいで一番辛いのはあいつらだと思うんだ」

 柿内がそう言うと、野間口も、


「いや、カキさんオレも言いすぎました。すいません」


 中村が念のために口を出した。


「一応オレが親会社にも在籍してるってことは分かってるよね?」

 社員はハッとして沈黙した。


「なーんてな。今、オレはみんなと社長である山際さんの味方だ。心配しなくて良い。好きなこと言って良いんだぞ」


「心臓が止まるかと思いましたよ。中村さんも人が悪い」

 比良がそういうと、


「垣内君は気が付かずに言ったと思うんだけど、僕の存在を気にして言いたいことを言わない人も沢山いると思ったからさ」

 と中村は説明した。

 続けて、


「実は山際さんがな、この間の役員会で大暴れしてな(笑)」

「で、どうなったんですか」

 菅沼が心配そうに聞いた。


「つなぎ運転資金の借入金の保証と、運営への不介入を勝ち取ったんだ」

 気恥ずかしそうな山際に、社員は賛辞を送った。


「社長、どうやったんですか? あの鎌田さんをどう黙らせたんです?」


「川口常務は納得したんですか?」


「凄え! 初めて社長のこと尊敬しました」

 

 山際は、

「初めて尊敬したはねえだろう」

 と笑って、


「オレが招いた危機だから、尻拭いはしたつもりだ。今まで役員たちに忖度して何もしなかった。みんなには迷惑かけた」

 今一度頭を下げて続ける。


「来年が正念場と言うことは変わらないが、来年、親会社からの介入はない。みんながやりたい事を全部やろう!」

 一斉に社員の表情が引き締まった。


「第一弾として、人事を一新する。よりクロスファンクション的な組織にするが、詳細は中村さんと今詰めているので後日に改めて話す」

 どよめく社員たち。


「新しいことにチャレンジしてもらう。全員にだ。それから、チームにも痛みを共有してもらう。園田さんはもうここにはいない」

 社員は再びどよめいた。

 

「監督は、高橋さんの続投ですか?」

 勝又が聞いた。


「それを決めるのは新しいGMの仕事だ」


「新しい……GM?」

 山際の思わぬ答えに戸惑う社員たち。

 

「ああ。明日、ここに来てみんなに挨拶してもらうことになってる。楽しみにしていてくれ」

 山際はそういうと、「解散」といって中村とまた個室に戻って行った。

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