第29話 JSLプレスカンファレンス

 リーグ開幕の前夜祭的なイベントとして、JSLプレスカンファレンスが下総銀行カップの翌日都内のホテルで催行された。


 ディビジョンAの全18チームの監督が一人ひとり紹介され、選手の代表が新しいユニフォームを纏ってステージに勢ぞろいする煌びやかな催し物だ。


 一方、フロント関係者も参加しており、各チームのブースで今年の戦力のプレゼンテーションが見ることができたりする。


 また、報道関係者が取材することも出来てチームの戦略や戦力がどのようにアップデートされているのかを推し量るにはまたとない機会でもある。


 今年のJSLリーグディビジョンAのチームの中で優勝候補は、


我孫子デルソル(昨シーズン2位)

アンギーラ浜松 (昨シーズン優勝、天皇杯優勝)

さいたまユナイテッド(昨シーズン3位)

アズール西宮 (昨シーズン5位、JSLカップ優勝)

 あたりか。


 現時点でガビアータ幕張はデルソルとのプレシーズンマッチに勝利したくらいでは上位に食い込むなど、どのメディアも夢に思っていなかっただろう。


 華々しく始まったイベントはJSL会長、染谷友之進の挨拶から始まった。


「JSLが発足して今年で30周年となります。この節目の年に、皆さんがご存じの通り大変大きな変化がございました」


 変化とは、ホームタウン制は維持しつつも、フランチャイズ地域内に限定されていたマーケティング活動が緩和されたのだ。


 少し補足するが、これは海外でのスポーツ・ベッティング賭け事の対象にJSLはすでにされており、その市場規模はなんと日本円換算で1兆円を超えるという。

 香ばしい話ではあるが、この事は日本のサッカーリーグは世界でも魅力的なコンテンツの一つになっていることの証左になっている。


 チームの効果的なプロモーションを行うことでより大きなスポンサーを獲得出来たり、チームのマーチャンダイズ商品の拡販が狙えたりと、各チームの戦略如何では大きくチーム財政を改善できるのだ。


 社長である山際の一つの才能としては、こういった事にとにかく鼻が利くことだ。


 今回のカンファレンスでは、懇意にしている数チームのオーナーにコラボレーションの企画を提案することになっている。

 そうすれば赤字からの脱却も見えてくるからだ。


 閑話休題。


 ステージの上では各チームの監督の紹介が始まっていた。


 今年は前年の順位下位チームからの紹介である。


 JSL-Bからの昇格組である東京ブリッツの国城監督、そしてエイグル仙台のライゼンハイマー監督の挨拶が終わり、JSL-B3位との入れ替え戦に何とか勝利して残留を果たしたガビアータ幕張の須賀川監督の順番が回ってきた。


「次は、昨シーズン16位、今年の躍進が期待されるガビアータ幕張の須賀川優太監督です! 監督、先日の初陣では見事我孫子デルソルに勝利したわけですが、今年の意気込みを聞かせてください」


「そうですね、今はウチが優勝するなんて事はここに集まっているマスコミ関係者の誰一人考えていないでしょうね。その予測を覆せれば、結構痛快だろうな、とは思っています」


「なるほど、今年の補強は満足いきましたか? またどのようなコンセプトでチームをまとめていくのでしょう」


「補強については限られたリソースの中でウチのGMはベストな回答を出してくれたと思っています。補強というと語弊はあるかもですが、まずゆんが残留してくれたのが大きいです。尹と組ませるツートップにはヘンネベリが新しく来てくれて、ポスト役にもなってくれますし。この二人を軸にしたチーム作りを考えています」

 これを額面通りに受け取る記者がいたとしたら、須賀川のことを何も知らない証拠である。


 須賀川は基本的にインタビューではまともに回答しない男で有名であった。


 インタビュアーは、眞崎にも言及した。


「忘れていけないのは眞崎選手ですよね?」


「そうですね。ミノは精神的な支柱にもなってくれる存在ですが、そこはキャプテンの鈴木に託しています。ミノには試合に集中してほしいと思っています。すでに下総銀行カップでも活躍してくれていますしこの一年間楽しみで仕方ありません」


「眞崎選手が右のサイドバックに入ったことで中野選手がセンターバックにコンバートされたことが話題になりました。これには何か背景は?」


「ミノのコンディション如何では中野をサイドバックに戻すかもしれません。」

 などと、心の片隅にもないことを平然と言ってのける、まったく食えない男である。


「では、最後に今年の意気込みをお願いします!」


 ここでも須賀川は三味線を弾くことにした。


「デルソルさんに勝ったとはいえ、相手はベストメンバーだったわけではないですしまだまだ我々のチームは改善点だらけです。目標は『残留争いに巻き込まれないこと』としておきますが、強いチームと当たるときは心して掛かってきて欲しいですね」


 須賀川が握っていたマイクはアシスタントに返され、隣にいたオッソ札幌の萩原監督に手渡された。


(こういう場は苦手だな……)

 須賀川はこれでお役御免と表情を崩した。


 18名全員の監督の紹介が終わり、202x年シーズンを通じて闘う戦闘服ゲームシャツを纏った各チームの代表者がステージ上に現れた。


 ガビアータからはゲームキャプテンの鈴木が参加している。


 202x年シーズンの新しいゲームシャツは、前シーズンのデザインを踏襲しているものの、細かいグラフィックが変わっていた。

 

(変わったのは見た目じゃないんだってことを証明したいな)

 鈴木はそう思った。



 ガビアータのブースでは、GMである日向が記者たちに捕まっていた。

「GMは選手の経験がないとお聞きしていますが本当でしょうか」


「プロ選手としての経験がない監督やGMはモウリーニョ監督やサッキ監督のような例もありますが、僕のように選手としての実績がほとんどない例は稀だと思います」


「それでチームの選手はGMを信用しますか?」


「さあ、どうですかね。僕は単に裏方です。須賀川監督が前線ですべてを引き受けてくれていますから僕は僕の仕事を全うすることしか興味はないですね。あと誤解があるようですが、ぼくは全くサッカーができないわけではないです」


「じゃあGM、リフティングはできますか?」

 スポーツ新聞の記者が不躾にそう言ってなぜだか持ち込んでいたボールを手渡した。


「大変気分を害しましたよ。私を笑いものにしたいのですね」

 そう言って日向はボールを蹴り始めた。

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