第16話 データ
「
休憩で選手たちがプレハブのクラブハウスに引き上げた後、監督の須賀川が中野を呼び止めた。
「スカさん、なんすか?」
中野
運動量が売りだが、クロスの精度はあまり高くない。
ディフェンスのスキルも少し物足りないが、中野のライバルがなかなか台頭してこなかったためレギュラーで居続けることができたと言っても過言ではない。
何度も中野の不注意な守備で相手に突破され、ゴールを割られてきた正ゴールキーパーの粟尾は中野に不信感すら抱いている。
群馬との最終節、得点には至らなかったもの相手FWの黄に易々と裏を取られてピンチになり、大声で怒鳴られたのはそんな背景があった。
しかし強運、とでもいうのか。
先シーズンが終わり
「まあそんな怖い顔するな。ちょっと話をしよう」
「スカさんが考えていることがわかんねえからこっちは怖いんすよ」
「オレが何を考えているか分からないって? そりゃまあ、お前たちとは選手時代に少し話したことがあるくらいだしな」
須賀川は2シーズン前まではセカラシア福岡の左インナーハーフでガビアータとの試合では中野とマッチアップしたことも何度もある。
「はっきり言いますけど、あの素人、GMなんて務まるんですか?」
「おいおい、お前の生死与奪権を握ってる相手にあの素人はないだろう?」
中野の物言いを諫めて須賀川は、
「
「そりゃそうですよ。オレはもうここで何年もレギュラーを張って来たんだ。それをいきなりクビとかありえないっしょ。オレも生活がかかってんだし」
吐き捨てるように中野は言った。
「そりゃあクビは辛いが、それを含めてプロ選手だろう? 安定なんて望める世界じゃないことくらいお前だって分かってる筈だ」
何か言いたそうな顔をしているが中野はそれには答えず、
「じゃあ、なんでまた再契約したんすかね。要らないっていうならすっぱりクビにしてくれればよかったんだ。それを年俸を下げてまで再契約とか選手にリスペクトがねえっすよ!」
「だからといって、若手に
須賀川は中野の言葉を利用して本題に切り込んでいった。
「オレがそんな事やってる訳ないでしょ」
「いや、悪いけど裏は取れてるんだ」
「んだって? 誰がそんなこと言ってんだ!?」
頭に血が上った中野は須賀川が監督であることなどお構いなしに言葉も選ばず詰め寄った。
「トモと再契約したって事は、チームはお前にはその価値があると思ったからだ。トモがもう少し自分に謙虚にチームに貢献することだけを考えてくれれば、オレもその手助けは出来るんだが」
「どういう事っすか」
中野も少しトーンダウンして須賀川の真意を探ろうとしている。
「トモ次第だ。まずはチームフロントに対するネガティブキャンペーンを止めろ。約束できるか?」
「オレはそんな事やってねえって言ってんじゃん」
あくまでもシラを切る中野に向かって須賀川はニヤリと笑って、
「まあ、いいだろう。夕食が終わったらオレの部屋に来い。ちゃんと説明してやる」
と言った。
「分かったら、ちゃんと給水しろよ」
そう言って須賀川は先にプレハブの中に入って行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ホテルの自室で須賀川が明日のメニューをまとめていると、呼び鈴が鳴った。
「ちょっと待っててくれ。今すぐ開けるから」
そう言って須賀川はラップトップPCのディスプレイを閉じてドアに向かった。
念のため覗き穴で相手を確認してロックを外してドアノブを回して押した。
「おお、待ってたぞ」
中野がドアの前に立っていた。
「狭いけど入れ」
監督とはいえシングルルームだ。
チーム事情は理解していたものの、もう少しなんとかならないものかと須賀川はこの部屋のドアを初めて開けた時正直にそう思った。
そして大柄なサッカー選手と元サッカー選手が一緒にこの部屋に入れば余計に狭く感じられる。
須賀川は中野を今まで自分が座っていた椅子に座らせ、自分はベッドに腰掛けた。
「説明、してくれるんですよね?」
中野が切り出す。
「ああ、勿論だ。そのために呼んだ」
と言いながら、デイパックの中からiPadを取り出した。
「チームがなぜお前を切ろうと思ったのか、そしてどうして再契約しようとしたか、ちゃんと説明しよう」
須賀川の目はなんだか楽しそうだった。
「これはお前の昨シーズンのパフォーマンスを各パラメータごとに示したデータだ」
パス成功率、走行距離、スプリント数など、サイドバックとして必要なパラメータが一目でわかるように棒グラフで示されている。
中野のデータは赤、もう一本青い棒グラフが見えた。
「こっちの青いのは?」
中野も気になった様だ。
「これはリーグの他17チームの右サイドバックの全選手の平均だ。90分換算させてある」
赤の棒は青に比べてほとんど下回っている。
「これがお前に一旦0円回答を出した理由だ」
須賀川はそう言って事細かに説明を始めた。
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