第17話 コンバート

 須賀川が話している間、中野はいつになく真剣に聞いていた。

 

 いつもは斜に構えている中野だが、須賀川の示す数値と須賀川の数値に対する考察が納得できるためか否定も反論も一切しない。


 少し説明の補足を要求したり、他のプレーヤーの技術的な特徴について尋ねることもあった。


 須賀川は内容についての理解を求めるつもりだった。


 客観的なデータを目前に示されれば動揺し、反論したくもなるだろう。


 しかし意外にも中野はすんなり受け入れた。


「スカさん、内容は分かったよ。俺がサイドバックとして足りないところだらけだったことは分かった」


「トモ、お前を腐すつもりでこのデータを見せたわけじゃないんだ。それは理解してくれるな?」


「じゃあどういう意味なんすか?」

 須賀川は、この時が来ることが分かっていた。

 

 中野にとって非常に由々しき提案をしなければならないのだ。


「トモ、お前センターバックをやらないか」

 

「スカさん、何言ってんだ?」

 そう言ったきり絶句している中野。

 唇は少し震えていた。


「いや、お前がサイドバックに矜持プライドを持っていることは知っている。だが、残念ながら今のお前では近代的なサイドバックの役割を半分も果たせていない」


「だからって、センターバックって、随分乱暴な考えじゃないすかね」


「トモ、勘違いするな。サイドバックが失格だからセンターバックにしたいんじゃない。お前にはセンターバックとしての素質が十二分にある」


「えっ、」

 そうくるか、という表情を見せる中野。


「まず、足りないところからもう一度言う。運動量は豊富だが、乳酸が抜ける速度が他の標準的なサイドバックの選手に対して6ポイント低い。つまりお前がいつも後半バテて守備に集中力を欠くことがあるのは代謝の問題だ」


「鍛えたらなんとか……」


「ならない。ならなかっただろう? 俺の眼は節穴じゃない。お前はずっとそれを克服しようとして今まで頑張って来た。そうじゃないのか?」


「え、ええ。そうだけど」

 サイドバックは基本的に「守備」のポジションであることは間違いない。しかし、ボールを前方に自ら運ぶ役目を持っている。


 見方を使いながら、スルスルとタッチライン沿いを上がっていき、最後はセンタリングを上げるか、中に切り込んで自らフィニッシュに持ち込む。


「スプリントの最高速度到達時間が遅い。これは残酷なようだが生まれつきの素質と言わざるを得ない」

 中野はそれを聞いて俯いてしまった。


 ボールをもって上がっている間、ボランチやサイドハーフがカバリングに入るが、ボールをロストするとスプリントして守備に帰らなければならない。

 上がったり下がったり。とにかく忙しく体力がモノを言うし、特に戻るための時間が早くないといけないポジションだ。


「そう凹むな。ここからは良いことも言うぞ」

 中野はふくれっ面顔を上げた。


「まず、トモは身長が191㎝ある。これは世界標準のセンターバックに必要な要件を備えている。残酷だがこれは努力では何ともならない。そしてお前の垂直飛びのデータも見たが、正直目を疑ったよ。何cmか覚えてるか?」


「81㎝です。そんなに凄いんですか」


「お前はプロのバレーボールのミドルブロッカーの選手と同じくらいのバネを持っているんだ。サッカー選手で最高到達点が320cm越えとか考えられない。もっともバレーボールの全日本クラスだと330㎝がザラにいるし、サッカーでは手は使えないがな。」


「でも、俺はハイボールの競り合いには弱いんだ」


「知ってる。性格的な物だろうな。お前、ジュニアユースまでセンターバックだったらしいじゃないか」


「そうですよ」


「そこでへまをやらかしたか(笑)」


「いや、ハイボールの競り合いでケガをしたんです。頬の骨折」


「それで自らサイドバックにコンバートを申し入れたんだったな。もう一度センターバックで一花咲かせてみないか? 俺ならお前を日本代表レベルにまで引っ張ってやれる」


「トラウマが……でたらと思うとなかなか踏み切れないです」


「気持ちはわかるがな。克服しなきゃだめだ。ハイボールでの競り合いだけじゃない。お前のそのバネは得点力にもなる。想像して見ろ。アディショナルタイム、1-1の同点。最後のコーナーキックでトモは相手ゴール前にスルスルと近づいて行くんだ」

 中野は眼を閉じている。そして4秒後に目を見開いた。


「どうだ、やれそうか?」


「正直わかんないっす。でも、」


「でも?」


「イメージの中では清水のブブノフの左脇を掠めるゴールを頭で叩き込んでやりましたよ」


 ブブノフは、ロシア代表の元正ゴールキーパーだ。昨年のリーグ戦で、なんと無失点時間の記録に13分足りない718分を記録した怪物だった。


「でも、赤羽さん、山口、オレの3人をどうやって併用するんですか?」


「エウリントンが去った今、お前を含む3人は横並びだと思ってくれ。ターンオーバー*で誰かを使うだろうし、誰かは使えない。それから不吉だから言いたくはないんだが……」


「ケガっすね」


「そうだ。Bチームにもう一人センターバックの良い候補がいるとは高橋さん聞いている」


「そうか、そうか」

 中野は嬉しそうに言った。


GMあいつに俺の『0円提示』を撤回させてくれたのはスカさんだったんですね」


日向ひゅうがさんはトモがセンターバックもできることを知らなかった。ジュニアユース時代の情報はさすがに持ってなかったからか。トモを活かすことは俺じゃなきゃ考えつかなかっただろうな)

 そう思いながら目を細めた。


「でも考え違いするんじゃないぞ。さっきも言ったが、3人は横並びだ。今回は斜に構えていないで、ポジションを勝ち取るんだ。トモ。わかったか?」


「ああ、その『斜に構えてる』って印象をなんでもたれてるか分かんねえけど、とにかくやってやらあ! でも、そういやサイドバックには誰が来るんだ? できるやつなんてチームの中にはそうそう……」


「その点は心配いらない。お前の穴を埋めるヤツが明日か明後日には合流できると思う」

 中野の思案顔を余所に、須賀川の顔は輝いているように見えた。

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