23話 渋谷ソウタは、お見舞いにいく

「ソウタくん、一緒に帰ろ?」

 放課後、帰り支度をしているとアカネに声をかけられた。


 パチッとした大きな目で、こちらを見つめてくる。

 可愛い。

 お姉さん系の美人だったユキナと違い、小動物のようなアカネ。


 妹系とは言わない。

 実の妹がいる者は、妹に幻想を抱かない。


 

 ――昨日から、俺はアカネと付き合うことになった。



 だから一緒に帰るのは自然で、むしろ俺から誘わなかったのは甲斐性無しだったかもしれない。

 ただ、友人の見舞いに行こうと思っていたわけで。

 いや、問題ないか。

 トオルはアカネとも知り合いなんだから、一緒に行っても問題ないはず。


「今日トオルの家にお見舞いに行きたいんだけどいい?」

「うん、いいよ。一緒に行こ」

 というわけで、俺たちは二人並んでトオルの家に行くことになった。  

 途中、コンビニに寄った。


「何買うの?」

「ポカリと飲むゼリー」

「……普通は、果物とかじゃない?」

「いいんだって。前に俺が風邪ひいた時に、一番欲しかったものだから」

「ふぅん」

 アカネは首を捻っている。

 俺は会計を済ませ、アカネと店を出た。

 

「ねぇ、ソウタくん」

「何?」

 トオルの家を目指して歩いていると、アカネが話しかけてきた。


「私たちが付き合ってるって、トオルくんに言うの?」

「そのつもりだけど……嫌?」

「ううん、聞いただけ。嫌じゃないよ」

「そっか」

 会話が途切れた。


 何か会話を振ったほうがいいかな。

 うーむ、少し考えた末。

 ふと脳裏によぎった疑問。

 これは……聞いてもいいのだろうか?


 少し迷った末、俺は口にした。


「なぁ、アカネ」

「なーに?」

「……あのさ」

「うん?」

「……ユキナって、いま居るのか?」

「…………………………

「え?」

 俺はアカネの顔をまじまじと見つめた。

 

「今日は学校でも、今朝から視てないかな。どうしたんだろ……」

「そうか……」

 アカネの表情からは、何も読み取れなかった。

 

 俺には死んだ恋人『東雲ユキナ』の幽霊が取り憑いているらしい。

 それを教えてくれたのは、先日会った喋る黒猫のレオさんと、アカネだけだ。

 あ、あの美形の店員さんも視えるって言ってたな。

 

 が、俺には視えない。

 だから、実感がわかない。

 もやもやする。

 実は、からかわれてるんじゃないか? って気すらする。

 

 ここ最近の自分の心の変化を振り返ってみた。


 ほんの数週間前まで、ユキナの死をずっと引きずっていた。

 学校には来られるようになったけど、心は沈んだままだった。

 毎日夢に出てくるユキナに励まされて、なんとか過ごしていた。


 急激な変化は、あの時。


 アカネにユキナがような錯覚を覚えた時。

 あれ以来、アカネが気になってしまった。

 

 そして、突然アカネが俺の部屋に来た昨日。

 でもあれは、ユキナだった。

 初めて会うはずの妹に親しげに話しかけ、俺の部屋でくつろぐ様子はユキナそのものだった。


 そのユキナに迫られた。

 アカネの姿で。

 混乱した。

 混乱した頭で、思ったのは



 ――アカネが可愛かった



 なんだろう……。

 俺は、単純なのか……。

 心が弱っていた時に、他の女に優しくされてなびいてしまったのか。


 それとも……、いや、それはないか。

 いくらなんでも。


 ユキナが、、なんてあるはずが無い。

 そんな都合がいいことが。

 俺はアホな考えを振り払った。


「アカネってさ」

「うん」

「俺のこといつから好きだったの?」

「え?」

 目を丸くされた。 

 そして、顔が赤くなった。


「なんで、こんな帰り道に聞くかな?」

「あー、ゴメン」

 雰囲気を読めてなかったようだ。


「ま、いーけど。私はねー、うーん。ソウタくんがかっこいいなぁ、って思ったのは5月頃かな。何で急にそんな事聞くの?」

「……、いや、なんとなく気になって」

「なにそれ」

 アカネが笑った。

 

 俺は、アカネの返事を聞いて違和感を感じた。


 あれ?

 5月?

 俺とユキナが付き合ったのは、夏休み前だ。

 そして、付き合い始めてすぐに俺はユキナにアカネを紹介された。

 幼なじみの親友だと。

 それが、俺がアカネと知り合った最初だと認識していた。


 5月なんて、俺とアカネは会話したことが無かったはずだ。

 だって、俺とユキナがまだ付き合ってなかったんだから。

 それとも、アカネは俺とユキナが付き合う前から俺を気にしていた?


「そろそろ、着くね」

「あ、ああ……」

 俺は少し気になったことを、口にはせず飲み込んだ。

 細かい男だと笑われるかもしれない。



 正陽教会の建物が見えた。

 この辺では、かなり大きな教会だ。

 牧師はトオルの父親。

 将来は、息子のトオルがここを継ぐらしい。

 

 俺は入口から建物内に入り、近くにいた知り合いのシスターにトオルのお見舞いに来たことを伝えた。

 が、シスターから申し訳なさそうな顔をされた。


「ゴメンなさい、ソウタくん。今日はトオルちゃんと会わせることができないの。先生にきつく言われてて……」

「そうですか」

 先生というのは、牧師であるトオルの父親のことだ。

 そんなに風邪が酷いんだろうか?


「じゃあ、これを」

 俺はコンビニで買った袋を手渡した。

「あらあら、ありがとう」

 シスターに受け取ってもらったが、人づてならアカネの言う通り果物とかのほうがよかったかな……。

 当人に会えないとは思わなかった。

 

 俺とアカネは教会の外に出た。


「残念だったね。折角、来たのに」

「大丈夫かな、あいつ」

 ちなみにラインもしたのだが、既読すらつかない。

 きっと寝ているのだろう。


 時計を見ると、夕食の時間まであと1時間ほど。

 俺の用事に付き合ってもらったアカネに、今度は俺が合わせるべきだろう。

 どこか行きたいところある? と聞こうとしたその時。



「え? ユキナちゃん?」



 アカネの言葉に、俺は振り返った。

 そこには空中と会話する、アカネの姿があった。

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