21話 渋谷ソウタは、魔女と語る


「ねぇ、私に相談してみない? これでも私、世界に72人しかいない『本物の魔女』なの」

 喫茶店の店長さんは、自分のことをそう名乗った。



 ――72人の魔女。



 俺のような一般人ですら、その単語は知っている。

 世界の三大勢力。


 日本が所属する、アメリカ合衆国を中心とする『世界政府』。

 アジアの国々の大半が加わっている『亜細亜アジア連邦』。

 そして、最後の一つ『魔女集会』。 


 魔法使いが支配層として特権を独占しているこの世界で、傍若無人な振る舞いで国を追われた、はみ出し者の集団。

 全員が凶悪犯罪者とされながらも、誰も手出しができない魔法使いたち。


 詳細は不明で、わかっているのは『魔女集会』に所属する者は72名の魔女と、その弟子たちだと言うこと。

 魔女のメンバーは常に入れ替わっており、72名のうち誰かを殺せば、その者が新たな魔女になれる。

 72名の中に序列があり、魔女同士も殺し合いをして序列を競っているのだとか。

 そんなまとまりのない集団でありながら、かつてとある国が『魔女集会』に攻撃をしかけ、返り討ちに合い、その国が滅ぼされた、という与太話もある。

 

 俺のような一般人には、一生縁が無いと思っていたおとぎ話。

 この人が、72人の魔女の一人……?

 いや、まさか。

 きっと冗談に決まっている……のに、俺はそれを嘘だと思えなかった。


 目の前で頬杖をついている、恐ろしく美人な店長さん。

 見た目は二十代前半にしか見えないが、中学くらいの店員さんの母親ということはもっと年齢は上なんだろう。

 こちらを見つめる瞳には、何故か吸い寄せされるような魔力があった。

 そして、逆らえない迫力があった。


「実は……」

 気が付くと俺は、ユキナについて語りだしていた。




 ◇




「何て悲しい話なの! クリスマスの夜に恋人と死に別れるなんてっ!」

 店長さんは、ハンカチを片手にさめざめと泣いている。

 が、涙は出ていない。

 

「おかわり要りますか?」

 店員さんが空になったカップを、手で示した。


「お、お願いします」

 そう言うとカップを取り下げて、店のほうへ去っていった。

 本当に、気が利く店員さんだなぁ。


「で、先日来た時はその恋人が彼に取り憑いていた、というわけだ」

 黒猫さんが、結論づけた。


「俺は視えないので、その時初めて知ったんですけどね」

 実際の所、未だに半信半疑ではある。


「ふぅん、でも今日は居ないわね。そもそも、幽霊なら取り憑き先を離れることができないはずなんだけど……」

 と言って、店長さんが俺の額をぴとっと触ってきた。


 次の瞬間、ぞわっと全身に鳥肌が立った。

 象に踏みつぶされる蟻になったような錯覚を覚えた。

 全身から冷や汗が出る。

 身体が震える。

 怖い。

 やっぱり、この人怖い。


「あれ? この子に、何も取りわよ?」

「なに? そんなはずはない、吾輩は確かに見たのだ。なあ、弟子よ。おまえも視ただろう?」

「ええ、僕も視ました」

 黒猫さんが振り向くと、トレイに新しいコーヒーを持ってくる店員さんの姿があった。

 店員さんにも視えていたのか……。

 つまり、この子も魔法使い?


「うーん、でも変ねぇ……。今のあなたには幽霊らしき存在と繋がっている『因果の糸』が視えないわ。幽霊に取り憑かれていたら、絶対に在るはずなんだけど……」

「因果の糸?」

 初めて聞く単語だ。


「んー、魔法用語だから気にしなくていいわ。あなたと繋がりが深い人とは、その因果の糸が繋がってるはずなの。魔女なら視えるんだけどねー」

「幽霊当人が居れば、また違ったのであろうが。今日はこれ以上は何もわからぬか」

 黒猫さんは、にゃぁ、と欠伸をして丸くなった。


 そっか、ユキナのことを色々聞きたかったけど今日は無理か。

 すこし、がっかりしながら俺はコーヒーのおかわりを一口飲んだ。


「ね、あなた面白いわね。一般人なのに、レオナルドちゃんや私の弟子にも好かれるなんて。こいつら、普段はもっと人嫌いなのに」

 店長さんに言われ、俺は黒猫さんと店員さんを交互にみた。

 黒猫さんは、すでに寝息を立てており、店員さんは他のテーブルを拭いている。


 俺と目が合って、軽く会釈された。

 俺も会釈を返す。

 ……好かれてる、のか?


「コーヒーの味のわかる人は好きです」

 ぽつりと、店員さんが言った。

 なるほど、客として気に入ってもらえたらしい。


「へぇ……」

 店長さんが面白そうにニヤリと笑った。


「じゃ、うちの弟子と使い魔に気に入られたあなたに、コレをあげるわ」

 店長さんから、一枚のカードを渡された。

 


 ―――――――――――――

 藤色ウィステリアの魔女

 メアリー・ミサキ

 XXX-XXXX-XXXX

 ―――――――――――――



「……名刺、ですか?」

 名前と電話番号、あとは不思議な模様が描かれた名刺だった。


「何か困ったことがあったら、連絡してね。でも、その電話番号が使えるのは『一回きり』だから気を付けて」

「は、はい……わかりました」

 俺は頷くと、そのカードを財布にしまった。

 

 迂闊にかけてはいけない番号だ、ということは何となく感じとった。

 これを使うのは、最終手段にしよう。


「じゃ、私はこのあと約束があるからー」

 そう言って、店長さんは、どこかへ飛んでいった。


(ま、魔女だ……)

 俺はその姿を呆然と見送った。


「あーあ、母さん。またこんな昼間っから箒を使って……。前も警察に追われたのに……」

 店員さんの呆れたような口調が、印象的だった。

 よくあることらしい。

 黒猫さんは、熟睡している。


 俺は、勉強しようとしたが集中できなかった。


 


 ◇




(なんか、色々あって疲れたな……)

 

 俺は喫茶店を出て、吉祥寺の街をフラフラとあてもなく歩いた。

 何を買うわけでもなく、意味の無い散歩をした。


 あまり遅くなったら、妹が怒るかもしれない。

 そろそろ、帰ろう。


 とぼとぼと、帰宅した。


 俺の家の前に、誰かが立っていた。

 小柄なボブショートの可愛い女の子。

 見知った顔だった。


「アカネ?」

 俺が呼びかけると、ぱっと振り向き笑顔を見せた。

 いつものはにかむような笑顔ではなく、花が咲いたような満面の笑み。


「こんばんは、。家に上がってもいいかな?」

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