17話 渋谷ソウタは黒猫と会話する

「どうした? 少年」


 黒猫が喋っている。

 疑いようもないほど、流暢に喋っている。

 しかも、よく通るダンディーな声だ。

 えーと、どうしようか……。


「初めまして、渋谷ソウタです」

 黒猫の貫禄ある声と堂々とした態度に、俺はひとまず名乗ることにした。

 すると、黒猫の表情はわからなかったが、感心したような声を上げた。


「ほう……君は礼儀正しいのだな。吾輩のような堕落した猫に名を明かすとは」

「まあ、大事なことですから……」

 猫を相手に何を言ってるんだ、という気がしたが、目の前の黒猫には貫禄があった。

 

「ならば、こちらも名乗ろう。吾輩の名はレオナルド。そう呼んでくれる人物は、この世界で数人しかおらぬが……君は名前で呼んでくれると嬉しい」

「レオナルドさん……」

 何となく敬称をつけて呼んだ。


「レオで良い」

「レオさん、ですか」

「呼び捨てでいいのだがな……」

 少し寂しそうに言われたが、どうにも目の前の名の黒猫を呼び捨てにする気になれなかった。

 なんというか年上感が凄い。

 何歳なのかは、わからないが。


「この店には、滅多に客が来ない。喋る相手として、通ってくれるならありがたい」

「いい店なのに……勿体ない」

「ここの店長が人嫌いでな。一見さんを断っているから、客が増えんのだ」

 レオさんが、ニャァ……とため息をついた。


「あれ……? でも……」

 俺は初見でここに来れたけど。


「君は招待客だろう。たしか、赤羽家の魔女見習いが予約を入れたと聞いたが」

「魔女見習い……?」

 赤羽家というのは、アカネのことだろう。

 しかし、魔女とは一体……。

 俺の疑問をよそに、黒猫レオさんは言葉を続けた。



「何やら相談がある……ということだが、君を見てわかった。『彼女』のことであろうな」

「……え?」

 後ろに居る?

 そう言われて、俺は振り返った。




 ――誰も居なかった




「あの……誰も居ませんよ?」

「ん? 居るではないか、制服姿の君と同じくらいの年齢の女の子が」

「っ!?」

 もう一度、辺りを見回した。

 

 穏やかな気温。

 微かにそよぐ風。

 揺れる森の木々。

 池に反射する木洩れ日。


「君は視えていないのか……」

 気の毒そうな声で言われたが、俺の耳にはほとんど届いていなかった。

 

(制服姿の君と同じくらいの年齢の女の子……)

 居るのか……そこに?


「ユキナ……?」

 俺の問いには何も答えが無かった。


「『ずっと居るよ!』と答えているな」

「!?」

 代わりに黒猫さんが教えてくれた。

 てか、声も聞こえるんですか!?


「ほ、他にはなんて……」

 もっと教えて欲しい!


「その前に……君は吾輩の言葉を信じるのか? 君には視えていないのだろう?」

「それは……でも、居るんですよね?」

 聞きたい。

 俺には視えなくても、ユキナがもしそこに居るのならば。

 ユキナが何を話しているのか、聞きたい。


「うーむ、今君に抱きついて……吾輩は猫だが、人前でそのような行為はどうかと思うぞ?」

「ユキナ……? 何やってんだ?」

 俺には視えないが、黒猫レオさんが気まずそうな顔してるぞ。


 俺はゆっくりと右手を伸ばした。

 勿論、そこには何もない。

 何にも、触れられない……。


「君には魔力マナが無いのだな。魔力マナがあれば視れるのだろうが……」

「何か方法はありませんか?」

 藁にもすがる気持ちで聞いた。


「まあ、その手の相談はうちの店長にするといい。あやつなら、良い手を……」

「そ、ソウタくん!?」

「アカネ?」

 黒猫レオさんの言葉を遮り、息を切らして走って来たのはアカネだった。

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