12話 渋谷ソウタは、見間違う


 ――ソウちゃん


 

 名前を呼ばれた。

 俺をそうやって呼ぶのは、死んだ恋人――ユキナだけだ。


「……ユキナ?」

「え?」

 目の前に座っているのは、ユキナの親友、赤羽アカネだ。

 小柄なアカネの容姿は、ユキナと全く違う。

 なのに――

 

「ど、どうしたのかな?」

 困った時に斜め上を見る癖。

 笑う時の唇の形。

 両手の指を合わせる仕草。



 ――全て動作が、東雲ユキナそのものだった。



 まるで、ユキナがかのように。


「え、えぇ!?」

 気が付くと俺は、アカネを抱きしめていた。

 はっとした。

 やべっ、俺は何てことを。


「ご、ごめん……」

 すぐに離れて、詫びた。


「びっくりしたよ……

 そう言うアカネの顔からは、ユキナの面影は消えていた。

 さっきのは、一体なんだったのか……。


「……本当に、悪い。アカネとユキナが重なって見えて……どうかしてた」

「あ~、うん……そっかぁ」

 俺の頭おかしい言葉に、アカネはなぜか納得してくれた。


「今日はもう帰るよ。疲れてるみたいだ」

「う、うん……じゃあ、私も帰ろうかな。途中まで一緒だよね」

 いきなり抱きついてきた男なのに、アカネは特に気にすることなく一緒に帰るようで、俺と並んで歩きだした。


 ちらっと、その整った横顔を見る。


 ユキナに比べるとかなり小柄で、顔も小さい。

 全体的に小動物、という印象で目がぱっちりとした、猫のような女の子だ。

 クラスでは男子に人気があるんだけど、本人にはあまり自覚がない。


 親しい友人は、ユキナ以外では特に居なかった気がする。 

 なんでも実家が厳しいらしく、門限もきっちりしているとか。

 俺が知ってるアカネのことはそれくらいだ。


(さっきのは何だったんだろう……)

 アカネの表情が、ユキナとダブって見えた。


 俺はアカネを見つめ過ぎたのか、視線に気づかれた。

 ひょいとこちらを向く。


「どうかした?」

 きょとんとした顔で、こちらを見上げる。


「い、いや……なんでもない」

 ドキっとして少し声が上ずった。

 アカネがニヤリとする。


「ここで抱きついてきちゃダメだよ?」

「抱きつかないって!」

 吉祥寺駅の横断歩道のど真ん中だぞ。

 人が多過ぎる。

 いや、人通りがなければいいというものでもないんだけども!


「ま、私の貧相な身体じゃ、ソウタくんは満足できないだろうけどねぇ」

「いや、そんなことは無……って、何を言わす気だ」

 アカネってこんなこと言うキャラだっけ?


「へぇ、じゃあ、さっき抱きついた時は満足したって事? ……いや、何言ってんの私⁉」

「アカネ?」

 なんか一人ボケツッコミをしてる。


「あー、ごめん。なんか今日は、私も調子が悪いみたい……」

「あ、ああ……そっか……」

 アカネも疲れた顔をしている。


 俺たちは帰り道をゆっくり歩き、そろそろ別れる交差点に近づいて来た。


「じゃあ、私はこのへんで……」

 アカネがそう言って、道を曲がろうとした時。



 ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!



 と金属を殴る音が響いた。

 なんだ?


「うわっ……」

 アカネが歩を止める。


「くそがっ! 何だよ、これ! 壊れてんのかよ!」

 ガン!ガン!ガン!ガン!ガン!

 

 アカネの進行方向で、帽子を深くかぶった男が『自動販売機』を何度も素手で、殴打していた。

 手は怪我をしているのか、血が流れているが、男は構わずに殴り続けている。

 なにこれ、世紀末かな?

 やばいヤツがいる。


「アカネ……道変えれば?」

「私の家って、この道からじゃないとかなり遠回りになっちゃうんだよね……」

 でもなぁ、目の前の道を通るには少々勇気がいる。


「家まで送るよ」

「……ありがと」

 俺とアカネは、未だに自販機を殴り続けている男を無視するようにそっと横切った。 


 ……あー、でもこれって通報したほうがいいのかな?


 そんなことを考えていると。


「おい! おまえらぁ! 見てるんじゃねぇぞ!」

 突然、因縁を吹っ掛けられた。

 見てないって!?

 と思ったら、アカネがばっちり見てた。

 ちょっと、アカネさん!?

 

「殺すぞ、コラァ!」

 男がこっちに向かってきた。

 沸点低すぎだろ!

 何だよ、昨日からこんなんばっかかよ!



「……やば、あいつ『鬼』に」

 そんなアカネの呟きが、聞こえた気がした。

 んー? なんか、昨日トオルが言ってたような単語だな。

 柄の悪いやつを『鬼』って言うのが、流行ってるのだろうか?


 そんなことを考えている間に、目の前には拳を振り上げた男が迫っている。

 対処しないと。


 はぁ……、災難続きだな。




 ――<古武術>足払い




 こちらに走ってきた男の死角から、踏み込んできた足を払いのける。



「おおおおっ!?」

 男は武道は素人のようで、受け身を取らずにあっさり転んだ。




 ――<古武術>組み付き

 



 俺は後ろから男を羽交い絞めにする。


「ぐぉおおお! 離せっ!」

 男が激しく暴れる。

 うお、思ったより力強いな。


「ソウタくん! その男は危険だから、離れてっ!」

 アカネの悲鳴が聞こえたが、手を放す方が危険なんだよなぁ




 ――<古武術>締め落とし




「うぐ………………」

 俺が締め技を決めると、暴れていた男は失神したようでぐったりと大人しくなった。

 


「終わったよ」

「えっ!? ええええええええっ!」

 俺が立ち上がると、アカネが大口を開けて驚いている。


「とりあえず、警察に電話するよ」

 まさか、二日連続でお世話になるとは……。

 スマホを取り出し『110番』をコールした。


「う、うそ……なんで、こんなところに『鬼化』した人が……、しかもソウタくん、なんで普通に勝っちゃってるの……? え? ユキナちゃん、空手? いや、絶対あれ空手じゃないから……」

 警察に事象と場所を説明している途中で、アカネの独り言が聞こえてきた。 



 警察はすぐに来てくれた。

 俺は警察に事情を説明していたら、その日帰るのは大分遅くなってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る