16話 渋谷ソウタは、待ち合わせ場所に向かう

『ゴメン! ソウタくん、急用が入っちゃって30分くらい遅れちゃう! 先に行ってて!』

 

 そんなメッセージがアカネから送られてきた。

 どうやら慌てて向かう必要はなさそうだ。


 俺は吉祥寺からすぐ近くにある大きな公園を取り囲んでいる『武蔵野の森』の中を歩いた。

 そこは、井之頭公園に隣接している巨大な人口森林だ。

 別名『魔女の森』とも呼ばれている。

 理由は知らない。


 森の道は細いながらも整備されており歩きやすい。

 ただ、道は入り組んでおり何も考えずに歩くと迷いそうだ。

 俺はアカネからスマホに送られてきた地図をたよりに森の中を歩いた。

 アカネに指定されたのは、その森の中にあるという喫茶店だった。


(あれかな……?)


 池の畔に、赤い屋根のログハウスのような喫茶店が見えた。

 オープンテラスの席が幾つかあり、客は誰もいないようだ。

 というか、営業してるんだろうか……? 


 おそるおそる店に近づいた。 

 看板には『黒猫カフェ』と書かれている。

 見ると、空きテーブルの一つに黒い猫が丸くなって日向ぼっこをしていた。

 なるほど、こいつが看板猫というわけか。


 寝ているのかと近づいたら、薄目を開けてこっちを見ていた。

 近づいても逃げる様子は無い。

 人に慣れているようだ。


「いらっしゃいませ」

「うわっ」


 突然、後ろから話しかけられた。

 びっくりして振り向くと、とんでもなく美形な黒髪ショートカットの店員さんが立っていた。


 さっきまで、居なかったよな?

 足音も聞こえなかったんだけど。

 ぼーっとし過ぎたか。


「何名様ですか?」

 声を聞いても、男か女かわからない中性的な声の店員さんだった。

 

「待ち合わせをしていて、もう一人来ます」

「わかりました。こちらの席にどうぞ」

 黒猫の隣の席を案内された。


「こちらがメニューです」

 メニュー表を手渡される。



 コーヒー ¥500(おかわり自由)

 紅茶   ¥500(おかわり自由)

 軽食   ¥500(日替わり)



(メニュー少なっ!)


 でも、おかわり自由はいいかも。

 勉強をするなら長居することになるし。

 

「コーヒーをください」

「はい」

 店員さんは、水とおしぼりを置いて去っていった。 

 あれ……?

 さっきまで水を持ってたっけ?


 一口飲むと、良く冷えていて美味しかった。

 腕時計を見ると、アカネが来るまで15分以上ある。

 参考書でも見て時間を潰そうと、ページを開いた時。


「お待たせしました」

 といってさっきの店員さんが現れた。

 手には湯気の出ているカップを載せたトレイを持っている。


(は、早すぎないか?)

 注文をしてから、一分も経っていない。


「ごゆっくり」

 そう言って店員さんは、請求書を置いて店の中に消えていった。 

 俺は湯気の出ているコーヒーを眺めた。


(作り置きか……)

 少しがっかりした。

 店の雰囲気から、本格的なコーヒーが飲めるかと期待したけど。

 まぁ、この値段でおかわり自由ならそんなもんだよな。

 と思って一口すすった。


「えっ!?」

 なんだ、これ! 

 明らかに豆から挽いて、きちんと淹れたコーヒーだ。

 なんでこれが、1分足らずで出てくるんだ……?


 不思議な気分になった。

 それにしても美味い。

 俺は、もう一口コーヒーを飲み、周りの景色を見回した。 

 

 外なのに気温が高い。

 まるで室内にいるような。

 不思議な店だった。


 店員さんは店の中に居るので、俺一人で独占している。

 いや、一人と一匹か。

 

 いい店だ。

 なのに客が居ない。

 先客は居なかったし、俺のあとからも入店する客の姿は無い。

 やっていけるのだろうか……。


(俺は、常連になろう)

 密かに心に誓った。 

 

 アカネはまだ来ない。

 猫と目があった。


(よし、これから常連になるなら挨拶しておくか)

 ここは黒猫カフェ。

 なら、きっとこの黒猫さんも、この店の店員スタッフなのだろう。


 俺は、黒猫と仲良くなろうと思った。

 と言っても、いきなり触ったりするのはマナー違反だろう。

 最初は、挨拶だな。

 

「こんにちは。こんな美味いコーヒーなのに客一人とは勿体ないね」


 そんな感想を述べてみた。

 相手は黒猫なので、返事を期待したものではない。

 要は独り言だ。

 


「ああ、店長の道楽だからな。だが、弟子の淹れるコーヒーは評判がいい」



 返事が返ってきた。

 さっきの綺麗な店員さんの声ではない。

 もっと低く、渋い声だ。

 え!?

 

 俺は慌ててキョロキョロと辺りを見回した。

 誰も居ない。

 

「どうした? 探し物かね?」

「……」

 声は真正面のテーブルの上から聞こえた。


 黒猫が喋っていた。

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