22話 渋谷ソウタは、告白する

「ソウちゃん、待ってたよ」

 アカネは言った。

 俺をそうやって呼ぶのは、ユキナだけだ。

 再びアカネの表情が、ユキナとダブって見えた。


「アカネ……?」

「おじゃましまーす」

 アカネは俺の手を引っ張って、俺の家に自然に入っていった。

 手を握られた瞬間、ドキリとした。


「おかえり、お兄ちゃん。今日は早か……」

「あ、ナツキちゃん。こんばんは」

「は、はい!? こんばんは」

 出迎えてくれた妹が、アカネにびっくりしている。

 妹は、俺とアカネの顔を不思議そうに交互に見比べた。


 そりゃそうだろう。

 アカネと妹は、なのだから。

 いきなり名前を呼ばれれば、驚くに決まってる。

 俺はアカネと一緒に、二階にある自分の部屋に向かっていく途中、妹に腕を掴まれた。


(誰?)

 妹が耳元で囁く。


(赤羽アカネ、クラスメイトだよ)

(新しい彼女?)

(違う)

(ふーん、可愛い子だね)

 それ以上は聞かれなかった。

 いや、本当は聞きたそうだったが、俺はアカネに引っ張られて階段を上がった。


 部屋の電気をつけて、俺は自分の椅子に座った。

 アカネは、俺のベッドに腰かけた。

 ベッドに座り、足をぶらぶらと揺らす。

 その仕草は、ユキナの癖だった。

 スカートが少しめくれて、アカネの太ももがちらちら見える。


「どうしたんだ? 何か用事あるんだろ?」

 俺は視線を下に向けないようにして、アカネに聞いた。


「うーん、急に話したくなっちゃって」

 アカネが上目遣いで、ニーッと笑いながら言った。

 その言葉にドキリとした。


 

 ――急に、話したくなっちゃって



 ユキナが電話してくる時の口癖。

 やっぱり、今俺が話しているのは……。


「どうしたの? ソウちゃん、顔が赤いよ?」

 アカネがベッドから立ち上がり、俺のすぐそばに来た。

 アカネの低い身長だと、椅子に座る俺の視線と立ったアカネの視線がぎりぎり同じくらいだ。


 アカネのパチッとした瞳が、俺の顔を覗き込んだ。

 顔が近い。

 会話するには、近すぎる距離。

 相手の吐息を感じるくらいの。


「ソウちゃん」

「アカネ……」

 俺とアカネは、鼻と鼻がくっつきそうなくらいの距離で見つめ合っている。


 五センチ近づけば、キスをしてしまうような距離。

 アカネは動かず、俺は動けなかった。


「……」

「……ふふ、ソウちゃん緊張してるね」

「そ、そりゃ、そうだろ」

「ソウちゃんは、紳士だねー。こんな可愛い子に迫られてるのに」

「これは、迫られてるのか……?」

「どうかなー?」

 クスクスとアカネが笑う。

 

 その笑い方もユキナにそっくりだった。

 自分を可愛いと言い切る、その言い回しもユキナっぽかった。

 何よりも、俺を見つめる眼と口調はユキナそのものだった。


 こつん、と額同士がぶつかった。

 熱が出た時に、体温を確かめるような行為。


「熱いね、ソウちゃんの体温」

「誰のせいだよ……」

 クラクラする頭で、俺はなんとか言葉を返した。

 

 もう一度、頭を整理する。

 俺の目の前に居るのは赤羽アカネだ。

 彼女ユキナの親友で、俺の友達だ。

  

 現在、俺の部屋で二人きりで、キスをする直前のような距離で会話している。

 もはやこれは友達の距離ではない。

 だけど、さっきアカネが言ったじゃないか「迫られてる」と。

 

 要はアカネは俺が「好き」ということだろうか?

 言葉に出されたわけじゃないが……、俺はアカネと「付き合うか」「付き合わないか」を選ばないといけない、というわけだろうか?


 そこまで考えて、もう一つの「おかしな可能性」が頭をよぎる。



 ――それは俺の彼女である東雲ユキナが、赤羽アカネに取り憑いている、という考え



 いや、それは変だろ。

 ユキナが取り憑いているのは俺だ。 

 でも、今日は黒猫レオさんにユキナが居ないと言われたし……。

 駄目だ。

 考えが、まとまらない。


 その時だった。

 

「お兄ちゃん-、ジュースとお菓子を……」

「「!?」」

 ノックもせずに、妹が入ってきた。

 そして、静寂が訪れた。


 妹の位置からだと、俺とアカネがキスをしているようにしか見えなかっただろう。


「ご、ゴメンなさい!! これ、どうぞ!」

 ナツキは、オレンジジュースとクッキーが載ったお盆を部屋の入口において、パタパタと階段を下りていった。


 あー、これは後で問いただされるやつだ……。

 アカネが、俺から離れた。


「……あー、なんか誤解されたな」

 俺は頭をかきながら、妹が持ってきたお盆を部屋の隅にあった小さなテーブルに置いた。


「……」

 アカネは顔を伏せ、何も言わない。

 頬が真っ赤になっているように見える。


「アカネ?」

 呼びかけても返事が無い。

 どうしたんだろう、さっきまでと全然違う。



「………………ユキナちゃんの馬鹿」



 そんな声が微かに聞こえた。


「あ、アカネ。ジュース飲む?」

「………………うん」

 俺とアカネはテーブルをはさんで向かい合いあった。


 会話が無い。

 さっきまでは、ぐいぐい話しかけてきたのに。

 まるで、みたいな。

 なにか、会話をしないと……。


「そういえば、今日あの喫茶店に行ってきたんだ」

「え?」

 無言に耐え兼ね、俺は世間話を振った。

 アカネが、顔を上げ驚いた顔をした。


「今日は予約してないよ? たどり着けなかったでしょ?」

「? 道には迷ったけど、黒猫さんに案内してもらったから大丈夫だったよ」

「副店長……、を案内したんだ」

 アカネの呼び方が、変わった。

 さっきまでと、雰囲気が違う。


「あと、店長さんに名刺もらった」

「ええええええええええええええええええっ!!!!! 店長に会ったの!?」

 アカネは、ガタンとテーブルに足をぶつけ、それを気にせず俺の肩を掴んだ。

 

「そんなに驚くことか?」

「驚くよ! だって、あの人は! あの人は、……ソウタくん、名刺をもらったって言った?」

「ああ、これだよ」

「見せて!」

 アカネが俺から名刺を受け取ると、それを凝視している。


「ほ、本物だ……。藤色ウィステリアの魔女様への直通連絡先……なんで、一般人のソウタくんに……」

「これって珍しいの?」

「ソウタくん、この名刺を絶対に無くさないで。その電話番号をでも知りたいって人が沢山いるからね」

「あ、ああ……大事に扱うよ」

 アカネの勢いに押され、俺は頷いた。

 百万円ってのは言葉の綾だろうけど、どうやらこれは相当な希少レアなものらしい。


 ついでに、アカネと俺の距離がまた縮まった。

 胡坐をかいたおれに、アカネが身を乗り出すように顔を近づけている。

 再び、間近で見つめ合うことになった。


「っ!」

 アカネが慌てて顔を逸らす。


「そ……そろそろ、私帰るよ。お菓子ありがとう」

 アカネが立ち上がり、ドアの方へ向かった。


「ちょっと、待って」

 俺は思わずアカネの腕を掴んだ。 


「そ、ソウタくん?」

 小動物のような潤んだ瞳で、アカネが俺を見上げる。

 なんで、俺は引き留めたんだろう。

 多分、もう少し会話がしたかったからだ、と思う


「……」

「……」

 しばらく見つめったあと「あはは、さっきは変な態度取ってゴメンね」とアカネが笑った。

 俺は笑わず、アカネの表情をじっと観察した。

 ユキナの面影はなかった。

 アカネは、笑顔をやめ、真剣な目で俺を見上げた。

 

「ソウタくんは、ユキナちゃんのことが好きだよね?」

「ああ」

 俺は答えた。


「だから、他の子と付き合おうとは思わないよね?」

「……」

「ソウタくん?」

 俺は返事ができなかった。


「アカネは、好きな人いるのか?」

 質問には答えず、質問で返した。


「……気になる人なら」

 まっすぐ俺を見つめ、アカネは言った。


「俺も……気になる子がいる」

 俺もアカネの目を見て言った。


 やけに心臓の鼓動が五月蝿い。

 あれ……どうしてこうなった?


「それは……誰?」

「……」

 アカネが聞いてきた。

 言っていいのか?


 最初に、アカネのことが気になったのはいつだ?

 あの公園で抱きしめた時だろうか。

 それとも、昼休みに一緒にご飯を食べた時だろうか。

 わからないけど……。


「アカネのことが、好きかもしれない」

 言ってしまった。


 言った後、気付いた。

 これは、ユキナが視ているのだろうか?

 俺に取り憑いているという、ユキナの幽霊が。


 でも、それならアカネが何か言うはずだ。

 アカネには、幽霊が視えているんだから。

 アカネは何も言わず、俺を見つめている。


「アカネの気になる人ってのは、誰?」

 これで、全然違う人の名前言われたどうしよう……。

 俺がピエロになっちゃんだけど。

 

 アカネは、無言で一歩近づいた。

 そして、俺の首に腕を回し、顔を引き寄せ、つま先立ちで顔を近づけてきた。




 ――キスされた




「妹さんに誤解されずに済んだね」

「……そうだな」

 最初、意味が分からなかったが、俺が「誤解された」と言った言葉に対することだと気づいた。  

 結果的に、事実になったわけか。


「さて、そろそろ帰ろうかな」

 アカネが、俺から離れた。


「家まで送るよ」

「大丈夫、大丈夫。まだ、外は明るいし」

「そうか?」

 俺はもう少し一緒にいたかった。


「ところで、私ってソウタくんの彼女になったんだよね?」

「あ、ああ」

 彼女、という言葉に少し胸がざわついた。


 アカネが部屋を出て、階段を下りていく。

 俺も見送りに、一階へついて行った。


「また明日、学校で」

「また明日」

 アカネを玄関から見送った。

 

 しばらく、ぼーっとして考えがまとまらなかった。

 夕食中、妹が色々話しかけてきたが、ほとんど会話できなかった。

 テレビで流れるニュースの内容も頭に入らなかった。

 勉強をしようとしたが、集中できず、かといって寝ようと思っても眠たくない。

 結局、寝れたのは1時過ぎだった。


 その日、俺はユキナの夢を見なかった


 朝学校に着くと、アカネと目が合った。

 ニコっと微笑まれ、俺も笑顔で返した。

 

 落ち着かない。

 誰かに相談したい。

 思いついたのは、悪友のトオルだった。


 が、トオルの席には無人だった。

 先生曰く「体調がすぐれないので、しばらく休む」と親から連絡があったということだった。


(今日、お見舞いに行って、ついでに相談するか……)


 俺は放課後に、トオルの家に寄ることに決めた。

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