ユーレイな彼女 ~どうやら死んだ恋人が取り憑いてることに、俺だけ気付いてないらしい~

大崎 アイル

1話 渋谷ソウタは夢を見る

 12月24日――最愛の彼女が死んだ。



 クリスマス・イブの夜。

 彼女は俺との待ち合わせ場所に向かう途中、暴走した車に跳ねられた。

 俺が病院に駆け付けた時、既に彼女はこの世に居なかった。 


 それから彼女の通夜や葬式にも出たが、正直あまり覚えていない。

 全てが悪夢のようで、何も考えられず過ごしてきた。


 クラスメイトの友人たちから、メールやラインが来ていたがスマホを見る気にもなれなかった。

 ちょうど学校は冬休みに入ったので、俺は部屋に引き籠り、毎日水だけを飲んで過ごした。


 両親や妹が心配して、一日一回様子を見にきたり、食べ物を持ってきてくれたがほとんど口にする事はなかった。

 毎日ぼーっとするか、彼女との写真を眺めるか、寝るか、の生活だった。

 生きる気力が湧かなかった。

 全てがどうでもよかった。



 彼女が死んで一週間くらいたった頃。



 夢を見るようになった。

 夢に出てくるのは死んだ彼女――東雲しののめユキナだ。

 

 ロングの茶髪にパチッとした大きな瞳。

 見慣れた学校の制服。

 ユキナが死んでから毎日見ていたツーショットの写真と同じ服装の彼女だ。

 懐かしさと愛しさで、俺は夢の中なのに泣いた。


 パシッっとユキナに叩かれた。

 涙を拭いてユキナの顔を見ると、怒っている。

 怒った顔も可愛い。

 パクパクと口を開き、何かを言っている。


「……?」

 ユキナは何かを言っているが、声が聞こえない。

 どうやら会話は出来ないタイプの夢らしい。

 


 ――ソウちゃん!


 

 声は聞こえないが、唇の動きから俺の名前を呼んでいるのがわかった。

 俺の名前である、渋谷ソウタ。

 彼女は俺のことを『ソウちゃん』と呼んでいた。



 ――ちゃんと食べなきゃダメだよ!



 どうやら、俺がここ数日何も食べてないことを怒られているらしい。

 ふっ、と俺は笑った。

 この夢は俺の頭の中で起きている、つまり俺の想像のユキナだ。


 どうやら深層心理では、俺は何か食べなきゃと思っているのだ。

 いっそ何も食べずに、餓死してしまえば……なんて思っていたが心の底ではそんなことなかったらしい。

 

 夢を見た朝。

 数日ぶりに、俺はきちんと朝食を取った。

 両親や妹は喜んでくれた。

 それから俺は、少しづつ普段の生活を取り戻していった。




 ◇




 冬休みが終わり三学期が始まった頃。


 俺は学校に向かっていた。

 三週間前まで、ユキナと二人で通った通学路。

 俺は一人でゆっくりと歩いた。


 ユキナが死んですぐは、彼女の居ない教室になど絶対に行くものか、と思っていた。

 しかし、ユキナが死んで約三週間。

 人間は、悲しみに慣れてしまう生き物らしい。

 

 もっとも、毎日のようにユキナが夢の中に現れて


 ――ソウちゃん! 髪が伸びすぎ!

 ――ソウちゃん! 朝ご飯は、毎日食べて!

 ――ソウちゃん! 制服にアイロンかけなきゃだめだよ!

 ――ソウちゃん! 学校の準備して!


 俺を急かすのだ。

 悲しみも麻痺するってもんだ。

 相変わらず、声は聞こえないが。



 ついでに、少し変わったことも起きるようになった。

 

 俺は前までとても朝が弱かったのだが、目覚まし時計が無くても7時に起きられるようになったり。

 時間が来ると『誰か』が俺を揺らして起こしてくれるような錯覚を覚えるのだ。 


 ある時、服が引っ張られるような違和感を感じた。

 ふと見ると、ボタンを掛け違えていることに気付いた。


 さて、学校に向かおうとという時。

 コトリ、と何かが落ちる音がした。  

 みると本当なら学校に持って行かないといけない、教科書だった。

 俺は忘れ物を回避することができた。


(ユキナが俺を注意してくれてるみたいだ……)

 俺は懐かしいような、悲しいような気持ちを抱えて学校への準備を済ませた。

 

 


 学校についた。

 多くの人の視線を感じる。

 

 クリスマスに彼女が死んだ彼氏として、俺は有名人だ。

 皆、気の毒そうな目で俺を見てくる。

 しかし、誰も話しかけてこない。


 大して親しくもないヤツに「残念だったね、彼女のこと。はやく元気出せよ」なんて言われたらきっとぶん殴ってしまうので、そっとしておいてくれるのはありがたい。

 


 俺はとぼとぼと教室まで一人で歩いた。



「………………あ」

 小さく驚いたような声が聞こえた。

 声の聞こえてきた方を見ると、ボブショートの小柄な女子がこちらを見ていた。


 赤羽あかばねアカネ。

 俺の彼女東雲しののめユキナの親友の女の子だ。


 何度か三人で遊んだことがあるが、ユキナが死んでからは最後に会ったのは葬式の日だった。

 その時俺とアカネが、会話をした記憶はない。

 俺はショックで何も考えられていない時だった。


 アカネはユキナと幼稚園からの幼馴染み。

 比較できるものではないが……付き合いの長さでいえば、ショックは俺以上だったのではないだろうか。

 人のことは言えないが、アカネが無事に学校へ来ていることに俺は安堵した。


「よう、アカネ。ユキナの葬式以来だな」

「う、うん……ソウタくん。久しぶり……あの」

 俺がなるべく明るく挨拶したところ、アカネからは戸惑ったような返事があった。


 そして、その視線が俺の顔でなく右肩の上あたりを彷徨っていた。

 俺は誰か居るのかと後ろを振り向いたが、誰も居なかった。


「アカネ?」

「あの、ソウタくん。肩が重かったり、身体に不調が出たりしないかな?」

「んー……、ユキナのことがあってから食欲が無かったからなぁ。でも、最近はきちんと食べてるし、寝てるから大丈夫だと思うけど」

「本当? 急に部屋の窓が割れたり、モノが壊れたりしない?」

 変な事を言われた。


「いや、そんなことは起きてないけど……」

「そっか。わかった。もし何か困ったことがあれば、私に言って!」

 そう言うとスタスタと教室へ入っていった。


「……」

 何だったんだ?

 前から少し不思議な感じの子だったが、今日もちょっと変なこと言ってきたな。


 そういえば、赤羽アカネのあだ名について俺は思い出していた。

 いや、あれは一種の悪口か。

 


 ――赤羽アカネは魔女である。



 そんな噂である。

 もっとも、俺たちが通っている『一般人』向けの学校に魔女が居るはずが無い。

 だから、男子に人気のあるアカネに嫉妬した女子か、アカネに振られた男子あたりが流した噂だろう。


 でも、もし。

 アカネが魔女で。

 俺の右肩後ろに、死んだユキナが視えていたら?


 俺はもう一度うしろを振り返った。



 ――そこには、誰も居なかった。



「ユキナ」

 俺は自分だけに聞こえる声で、かつての恋人の名を呼んだ。

 もちろん返事は無い。


 ユキナはもう居ない。

 俺は一人で生きていく。

 

 俺は教室の扉を開けた。

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