2話 東雲ユキナは幽霊である

 12月24日――私は死んだ。


 半年前に付き合い始めたソウちゃんとの約束の場所。


 ギリギリ遅れそうになり、私は走って向かっていた。

 そして、横断歩道で信号待ちをしたあと。

 青になった瞬間に飛び出した時、運悪く信号無視をしてきた車に跳ねられた――ことを後で知った。


 即死だったらしい。


 気が付いた時、私はに白い布が被せられたベッドの上に浮いていた。

 私の遺体に寄り添い泣き崩れる両親。

 涙を堪えている弟。


 最初は意味がわからなかった。

 私はここにいるよ!

 お母さん! お父さん!


 声は届かない。

 手を伸ばしても掴めない。

 するりと、すり抜けてしまう。

 

 やがて私は悟った。

 ああ、私は死んだんだ。

 あっけなく。

 こんな若さで。


 ……ゴメン、親不孝な娘で。

 私の言葉は届かない。

 姿を見せて謝ることも出来ない。

 なぜなら。


 


 ――東雲しののめユキナは幽霊だから。




 こうして私の短い一生は終わった。




 ◇

 



 私が死んで七回目の夜。


(私ってなんで成仏できないんだろう……?)


 両親や弟も、ぼちぼち冷静を取り戻している。

 一抹の寂しさも感じるが、永遠に泣いていて欲しいわけじゃないので、家族のみんなには元気で長生きして欲しいと思う。


 そして、問題は幽霊の私だ。

 一向に成仏できない。

 これはつまり。


(……何か心残りがあるってこと?)


 成仏できない幽霊と言えば、定番なのは未練だ。

 そして未練として思い当たるのが……私の恋人の『渋谷しぶやソウタ』――ソウちゃんだ。


(様子を見に行こうかな)


 どうやら私は地縛霊の類ではないらしく、自宅から離れた場所に移動できた。


 何度か遊びに行ったことがあるソウちゃんの家。

 その二階にある彼の部屋に入って――驚いた。


 私の家族の比じゃないくらい、憔悴してたのだ。

 カッコよかった顔はやつれ、髪はぼさぼさ。

 目は虚ろで、ずっと虚空を見つめていた。

 いや、視線の先にあるのは……


(私と初めてデートした時の写真)


 机の上に沢山の写真が並んでいた。

 そこに写っているのは全て私――東雲しののめユキナだ。


 無いはずの胸に痛みが走った気がした。

 もう動いていない心臓が、きゅぅっとなったような錯覚を覚えた。

 


 ――ソウちゃん! 私だよ、ユキナだよ!



 その声は届かない。

 どんなに叫んでも、彼を掴もうとしても、声は届かず、身体に触れることはできない。

 だって私は幽霊だから。

 もどかしい。

 でも何もできない。


 私はソウちゃんの周りをふわふわと飛んで。

 何時間も経って、やがてソウちゃんは眠ってしまった。

 布団に入りもせず、ベッドにもたれかかるようにして。


 途中、妹さんが食事を置いて、ソウちゃんに毛布をかけて出て行った。

「いい加減、何か食べないと身体壊すよ」 

 という妹さんの言葉で、私の危機感が増した。

 どうやらロクに食べていないらしい。

 しかも、床で座ったまま寝ている。


 ううう……どうしよう!

 

 私は眠いっているソウちゃんに近づき、そっと頭を撫でようとした。

 その時、――ひゅん、と吸い込まれた。



 ◇



 気が付くと、真っ暗な場所にいた。


 どこ、ここ?


 私はきょろきょろと周りをみたが、見渡す限り真っ暗。

 その中に、ぼんやりと一人のイケメン男が立っていた。

 ソウちゃんだ!

 

 私は急いで近づいた。

「ソウちゃん!」

 大声で叫んだ。

 けど、どうせ私の声は聞こえないし、私の姿は見えない。


「ユキナ!」

 え?


 ソウちゃんが私を見てる。

 うそ!?

 見えるの!

 やった!


「ソウちゃん! ねぇ、私の声聞こえる!?」

「ユキナ……会いたかった……」

 ソウちゃんが泣き崩れた。

 そんなに弱ってたの……。


 ここはソウちゃんの夢の中

 そして、どうやら私の姿は見えるけど、声は聞こえないみたい。

 

 ソウちゃんはさめざめと泣いている。

 私はそっと抱きしめた。

 が、このまま何も食べない生活を続けていると、妹さんの言う通り身体を壊してしまう。


 ぱしっと、私はソウちゃんの頬を軽くはたき、鼻がくっつくような距離で「ご飯食べて、ちゃんとベッドで寝るように!」と言った。

 言葉は聞こえないくても、この距離なら何を言っているか口の動きでわかるはず。

 

 最初は、ぼんやりした顔で私を見ていたが、こくこくと頷いてくれた。


 それから、ソウちゃんの夢に入れると知った私は、毎日ソウちゃんを元気づけた。

 おかげで、日に日に頬のやつれがとれ、眼に生気を取り戻していった。

 あー、よかった。

 これでいつものソウちゃんに戻ってくれる。


「ユキナ、愛してるよ」

「……う」

 しかし、毎朝、毎夜。

 私の写真を見て愛の言葉をささやくのを隣で聞くのは少し照れるなぁ。



 ……嬉しいけど。 



 でも、私はもう死んでる。

 きっと、いつかソウちゃんは私を忘れるだろう。

 そう思うと、少し切なくなった。




 ◇



 三学期が始まった。

 私がもう通えない学校。


 でも、私はソウちゃんに憑いて一緒に登校した。

 見慣れた校舎。

 でも、ここに通う生徒に東雲ユキナはもう含まれていない……。




「うぅ……東雲先輩」

「ねぇ、もう元気だそうよ」

 知った声が聞こえてきた。 


 あれは……同じ部活の後輩の女の子だ。

 私を慕ってくれていた。

 冬休み中も、一緒に練習しようね、って約束をしてた子だ。

 その約束は果たせなかったけど。


 私は後輩の子に近づいて「ごめんね」と謝った。

 頭に手を乗せて撫でるが、当然触ることはできない。 



「よお、アカネ」

 後ろからソウちゃんの声が聞こえた。

 あら、珍しくソウちゃんが話しかけてる。


 目の前には、黒髪のボブショートの可愛い女の子が居た。

 よく知った顔だ。

 十数年来の幼馴染。


「アカネちゃん!」

 そうだ。

 私の親友。

 なんで会いに行かなかったんだ。

 私の葬式では、アカネはずっと下を俯いて、声を殺して泣いていた。


「ユキナちゃん……なんで、死んじゃったの…………うぅ……」

 私もそれを聞いて、隣で泣いた。

 それを思い出して、もう一度泣きたくなった。


 ソウちゃんとアカネちゃんは、二三言の会話をして離れた。

 どんな会話をしていたのかは、あまり頭に入らなかった。

 

 ただ、一度だけ。

 アカネちゃんの視線が、ソウちゃんでなく、私の方を視ていたような気がした。

 もしかして、私が視えてる?

 まさかね。 


 アカネちゃんの家系は、代々魔法使いが多いって聞いたけどアカネちゃん自身は一般人のはずだ。

 でも、もしかして私と話せるなら嬉しいなぁ。

 そんなことを考えていた。


 その時。


 ひそひそとソウちゃんのことを話す会話が聞こえてきた。

 


 ――ねぇねぇ、渋谷くんって例の彼女が死んだ彼氏?

 ――そうそう、あの物憂げな表情。やっぱカッコいいよねぇ



 へぇ、見る目あるじゃん。

 ま、私の彼氏だからねー。



 ――私、声かけてみようかなぁ。

 ――えー、さすがにまだ無理じゃない?

 ――でも、渋谷くん。カッコいいじゃん。それに、ほっとくと誰かに取られちゃいそうだよねー

 ――さっき渋谷くんと話してた赤羽アカネとか?

 ――私、あいつ嫌いー。お嬢様らしいけど、態度悪いよね

 ――わかるー、あのチビっ子。男子に人気あるからって調子乗ってるよね

 ――赤羽に取られるくらいなら、私先に告白しようっと。

 ――頑張って。応援するよ!



 は?

 そんな適当な気持ちで私のソウちゃんに告白する?

 しかも、親友のアカネちゃんのことをそんな風に言う女が?



 こいつら……



 私がふざけた会話をしている女子二人を睨みつけていたら、視線を感じた。

 ふと私が教室の方を見ると、こちらを見つめるアカネちゃんと

 アカネちゃんは、私と目が合うと「やばっ!」という顔をしてさっと教室に引っ込んだ。



 え?



 あれ? 



 もしかして……、




 ………………やっぱりアカネちゃん。私が視えてる?

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