3話 赤羽アカネは魔女ではない

◇赤羽アカネの視点◇


 私のおばあちゃんは、有名な魔法使いだ。

 皇王陛下にお仕えしていた元・宮廷魔術師。


 日本を支配する十三階冠・公家の十二番目。


 ――退魔の赤羽家。


 私の家族が属するのは、数多くある分家のひとつだ。

 代々魔法使いが多い家系で、その中でもおばあちゃんはエリートだった。

 しかし、おばあちゃんは家族が魔法使いになることを望んでいなかった。


 だから、私に魔法使いの素養があるとわかったとき、複雑な顔をしていた。

 詳しい理由は知らない。

 赤羽家が生業とするのは『怨念』や『死霊』を祓うお役目。

 危険を伴う仕事でおばあちゃんは昔、色々辛いことがあったらしい。


 ちなみに魔法使いの素養があれば『国への報告』は国民の義務である。

 魔法が使えることを国に隠すことは、『国家反逆罪』だ。

 だから私が魔法使いであることは、届け出を出している。


 通常、魔法使いは『魔法科』のある特別学校に通わないといけない。

 だが「あんなところに通ったらアカネの性格が歪む」とおばあちゃんが、コネを使って普通の学校に通えるように手配してくれた。

 代わりに魔法使いであるおばあちゃんの弟子として、魔法を学んでいる。


 いづれ魔法使いの『国家試験』を受け合格すれば、国から『免許』が発行される。

 そうすれば、一人前の魔法使いだ。

 無『免許』で魔法を使用すれば、逮捕。

 日本は法治国家なので、その辺は厳格である。


 魔法使いになれば『高給』が約束されている。

 が、それは将来の話。

 今の私は、魔法使いの卵に過ぎない。

 つまり一般人だ。 


 強いて違いをあげれば『視えてしまう』ことくらいだろう。

『この世ならざる』者たちが。


 私は幽霊が見える。

 生まれつきだった。

 赤羽家では、よくあることらしい。

 子供の頃は視えていたけど、大人になると視えない、なんて人もいる(母がそうだった)。

 しかし、私の『視える』力は強力で、おばあちゃんに匹敵するらしい。


 だから幽霊が見えるのは日常茶飯事だ。

 悪霊になりそうな幽霊がいれば、すぐにおばあちゃんに知らせないといけない。

 一応、私が住んでいる武蔵野市の担当魔術師も居るのだが、おばあちゃんのほうがずっと優秀だ。

 おばあちゃんならすぐに祓ってくれる。

 だから、今までは幽霊を見つければ、おばあちゃんに相談するだけでよかった。

 




 ――今日、クラスメイトに取り憑いている親友の幽霊に出会うまでは





 ◇





(あわわわ……どうしようどうしようどうしよう)



 去年の12月に、親友のユキナちゃんが交通事故で亡くなった。


 幼稚園から一緒の幼馴染だった。

 信じられなかった。

 泣いて、泣いて、泣いた。

 いくら泣いても、涙があふれてきた。


 心の傷が癒えぬまま、三学期がやってきて暗い気持ちで登校したわけだが、ユキナちゃんの彼氏である渋谷ソウタくんと出会って、暗い気持ちは吹き飛んだ。



(そ、ソウタくんにユキナちゃんが取り憑いてる!?)



 ソウタくんの右肩に、ふわふわと浮かぶ東雲ユキナちゃんの姿が見えた。

 その姿は半透明であり、私以外には視えていない。


 間違いなく幽霊である。


 まずユキナちゃんが幽霊化していることもびっくりしたが、それ以上に彼氏に取り憑いてることに衝撃を受けた。


 

(まずいまずいまずいまずいまずい……!)



 見たところ、まだユキナちゃんは悪霊では無い。

 しかし、


 おばあちゃんの言葉が蘇った。


「いいかい、誰かに取り憑いた幽霊を視たらすぐに知らせるんだよ。幽霊が取り憑くってことは、取り憑かれた人間は『生気』を吸われてるってことだ。身体に異常が出たり、周りに不幸を巻き起こす。そして、長く人間に取り憑いた幽霊はいずれ『悪霊』になる。なぜなら、幽霊は生きた人間が羨ましいから。この世に『未練』があるから幽霊になるんだ。そして、取り憑かれた人間は黄泉へと引きずり込まれる。わかったかい」


「わかった! おばあちゃん!」

「いい子だ、アカネ。どんなに凶悪な幽霊でもおばあちゃんが、あっという間に祓ってあげるからね」

 ニッコリと微笑むおばあちゃんの笑顔が浮かんだ。



(ユキナちゃんが、祓われちゃう!)


 

 どうしよう!

 おばあちゃんには言えない。

 でも、このままだとソウタくんの命が危ない。

 やっぱり、おばあちゃんに言う?


 


 私は、過去におばあちゃんに祓われた『悪霊』の様子を思い出した。



 ……タスケテ……タスケテ

 ……シニタクナイ

 ……ナンデ私ガ……

 ……ニクイ……ニクイ


 

 全員、血の涙を流して、哭いていた。


 そこにおばあちゃんは「死ねやー!」と言って、黒鉄の杭をぶっ刺すのだ。

  

 ギャー! と悲鳴を上げて悪霊たちは砕け散っていた。



(無理無理無理無理無理無理無理!)



 ユキナちゃんがそんな目に合うのを見るなんて、絶対無理!


 

「アカネ、悪霊を祓うなんてカッコつけて言うけど、結局は『自分が死んだと気づかない霊をもう一度殺す』行為なんだ、除霊なんてね」

 そうにこやかに言いながら、悪霊をバシバシぶっ殺していくおばあちゃんはカッコよかった。

 仕事の鬼、と呼ばれているのも納得の姿だった。

 ただ、ちょっと怖かった。

 そして、今は……凄く怖い。



(やっぱり駄目だ……おばあちゃんは、頼れない)



 そもそもユキナちゃんは、今は

 基礎しか学んでない私でも、はっきりわかる。

 ユキナちゃんから邪悪な気配はしない。

 ただ、恋人のソウタくんに取り憑いているだけだ。

 


(……ユキナちゃんに成仏してもらうしか……除霊するしかない)



 除霊という行為は、実はそこまで大変ではない。

 国家上級魔術師のおばあちゃんの相手は、いつも『悪霊』だ。

 危険な悪霊相手だから、おばあちゃんが出向くことになる。

 ただの幽霊の除霊は、市の魔術師が担当している。


 単なる幽霊であれば『未練』を解消してあげれば、すっと成仏する。

 やり方は、一応学んでいる。

 


 ……私がなんとかするしかない? 



 一応、六歳から魔法の基本を学んできた。

 赤羽家に伝わる、退魔の魔法。


 退魔の基本は『祓う』こと。

 戦うことではない。

 危険は……少ない。



 ただし、大きな問題が一つ。

 魔法の『免許』の無い私が勝手に魔法を使うことは

 つまり『犯罪行為』だ。



 違法魔法使い――通称『魔女』。



 魔女指定されると、もはやまともな人生は歩めない。

 おばあちゃんの顔にも泥を塗ってしまう。


 ……それでも。


(私はユキナちゃんに幸せに……せめて最後くらいは、苦しくない方法で逝って欲しい)


 これは私のエゴだ。

 でも、決めた。


 私は自分の手でユキナちゃんを祓う。

 たとえ『魔女』になったとしても。


 そう決めた。

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