4話 渋谷ソウタは視線が気になる

 俺は毎日、学校に通っている。

 心の傷は癒えていないが、相変わらずユキナは夢の中に現れて元気づけてくれる。

 そのおかげで、日々過ごせている。


 三学期の初日は、気付かなかった。


 二日目から、奇妙な視線に気づいた。


 登校時、授業中、昼休み。

 いつも視線を感じる。

 ここ数日、ずっとだ。

 

 俺は、恋人が死んでしまった有名人だ。

 野次馬たちの視線はしょっちゅう感じるが、これは少し違った印象を受けた。

 まるで観察されているような……。


 俺は、窓を見つめガラスに映る視線の主を探した。

 俺を見つめるのは、黒髪のボブショートの女の子。

 小柄な体格をさらに猫背で隠れるようにして、俺の方を見つめていた。



(…………アカネ?)



 視線の主は、友人の赤羽あかばねアカネだった。

 いや、アカネと友達だったのは、共通の知り合いであるユキナが居たからだ。

 最近は、すれ違った時に挨拶するくらいなんだが……。


 なんだろう。

 もしや俺が落ち込んでいると思って心配してくれてるんだろうか?

 でも、だったら話しかけてくれればいいのに。


 もしくは別の理由が?

 ……うーむ、わからん。

 まあ、いいか。 

 わからないなら聞けばいい。



 俺は直接アカネと話すことにした。



 ――昼休み。


「なぁ、アカネ」

 俺は読書をしている……ふりをしているアカネの席にやってきた。

「へっ! あ、ソウタくん!?」

 びくんと、アカネがプレーリードッグのようにピンと背筋を伸ばす。


「今日、一緒にメシ食わないか?」

「え、わ、私?」

「うん」

 去年までは、ユキナと三人でよくご飯を食べていた。

 二人では、食べたことなかったな。

 

 ……ざわざわ

 周りから視線を感じた。

 俺がアカネを誘ったのを、ひそひそ言ってるような。


(二人きりってのはダメだったか……?)

 男友達を誘う感覚だったけど、少々気遣いが足りなかったかもしれない。

 誰か他にも居たほうがよかっただろうか。

 今回は出直そう。


「あぁ、悪い。今日はやめとこう」

 そう言って去ろうとしたとき。

「ねぇねぇ、ソウタくん。赤羽さんとご飯行かないなら私たちと一緒にどうかな?」

「行こ行こ」

 クラスの女子が二人、ぴたりとくっ付いてきた。

 な、何で急に?

 俺とこの子たちは、そんなに話したことなかったはずなんですけど!?


「いやぁ、俺と行ってもつまんないと思うよ?」

 穏やかに断ろうとしたのだけど。

「いいから、いいから」

「ほらー、食堂の席が無くなっちゃうから」

 この子たち、めっちゃ強引!

 なんか知らないが、凄く誘ってくれる。


 俺が元気が無いので、励ましてくれてるのだろうか?

 いい子だな……。

 飯くらい一緒に行こうかなー、と思った時。




 ……首筋がゾワリとした。




 ん? 

 何だ、と後ろを振り向いたが何も無かった。



「ソウタくん、行こう!」

 急にアカネが立ち上がり、俺の右手を掴んでズンズン歩いて行った。


「うわ」

 アカネ、ちっこいのに力強いな!


「ちょっと!」

「赤羽さん! 割り込まないでよ!」

 女子二人が、アカネを非難した。

「ごめん! また今度!」

 俺は代わりに詫び、引きずられるように、教室から出て行った。 




 ◇




 アカネに連れられた場所は、屋上に続く階段前に並ぶベンチの一つだった。

 事前に購買で、おにぎりとお茶を買った。

 アカネは、菓子パンとミルクティーを持っている。

 

「ここでいい?」

「ああ、久しぶりだな」

 以前はユキナとアカネと三人で、こうして昼食をとることがあった。 


 食堂でもいいのだが、3人席というのは確保に苦労することが多い。

 その点、校内のベンチなら空いている。

 難点は肌寒い点だが。

 

「よしょ」

「……」

 アカネと俺は、一人分くらい座れる間を空けてベンチに腰かけた。

 以前は、ユキナが座っていた場所だ。


「「……」」

 同じことを想像したのかもしれない。

 一瞬、視線が交差して数秒見つめ合った。 


「で、……どうしたのかな? 急にご飯行こうなんて」

 アカネはパンの袋を開けようとしていたが、上手く力が入らないみたいだったので「貸して」と言い俺は袋を代わりに破いた。


「はい」

「……ありがと」

 俺がパンを差し出すと、アカネが受け取る。

 ……さて、何て言ったらいいものか。



 

「なんか、最近俺のこと見てない?」




 ……違うな。

 自意識過剰野郎みたいなセリフだ。

 しかし、視線の主は間違いなくアカネだったし、偶然じゃないことは確認している。

 さて、どうやって質問しようかねぇ。

 そう思っていたら、先にアカネが口を開いた。


「でも、ソウタくんが思ったより元気そうでよかったよ。気になってつい見ちゃってたんだよねー」

「そっか」 

 先に言ってくれた。

 やっぱり、心配されてたんだな。


「あんまり平気じゃないけど……。夢にユキナが出て来てくれるおかげで、なんとか過ごせてるよ」

「!? 夢!? それってどんな!?」

 ずいと、一気に身体を寄せて俺の話にくいついてきた。

 ち、近い。


「えっと、ここ最近ずっとなんだけど……」

 俺は夢に出てくるユキナの話をした。


「……そう。毎朝、でも声は聞こえないと……、そっか、じゃあまだ進行度は1くらいかな……」

「アカネさん?」

 眉間に皺を寄せて、ぶつぶつと言っているアカネの顔を覗き込む。


「あ、なんでもないの……、って、わっ! 私近かったね」

「まあそれはいいんだけど」

 アカネが寄せて来ていた身体をパッと離す。


「アカネは、ユキナのこと大丈夫なのか?」

 俺から質問を投げかけた。

 アカネとユキナは、幼稚園からお幼馴染み。

 平気なはずがない。


「あー……、うん。ユキナちゃんのことがあって、家に居る時はずっと泣いてたけど、学校に来たら、色々あって……少し平気になったかなぁ~」

 宙に目を泳がせながら、はははとアカネは困ったように笑った。

 そっか、アカネは強いな。

 その時、遠くから管楽器の演奏する音が聞こえた。


「吹奏楽部の練習か。昼休みも頑張ってるなぁー」

「ユキナちゃんも、凄く練習してたもんね……」

 ユキナは吹奏楽部に所属していた。

 それを思い出し、俺とアカネは少ししんみりした。


「今度大会があるらしいから、一緒に行かないか? ユキナが練習していた演奏を聞きに」

「うん! いいよ。行こう!」

 俺が提案するとアカネは、快諾してくれた。

 行こうか迷ってたんだけど、一人だと気が重かった。

 一緒に行く人が欲しかった。



 そして、しばらくユキナの思い出話に花を咲かせた。




「そろそろ昼休み終わるな」

「じゃあ、教室に戻ろっか」

 俺たちは食べ終わったパンの袋や、飲み物のパックを片付けた。

 アカネは、ひょいひょいと軽い足取りで教室のほうに向かっている。



「なぁ、アカネ」

「うん?」

 アカネが首をかしげて、ぱちっとした目を向けてくる。

 ユキナが、アカネって小動物系みたいで可愛いの! って言ってたのがよくわかる。


「たまに昼誘っていいか? ユキナの話したいし」

「うん、もちろん!」

 にっと、笑顔で返された。


 俺も笑顔で返した……はずだ。

 久しぶりに、自然に笑えた。 


「私、トイレに寄ってから教室戻るから」

「わかった、じゃあ、今日はサンキュな」

 俺は片手を上げて、お礼を言った。

 パタパタかけていくアカネ。

 前ならその隣に……


「ユキナ」

 俺は死んだ恋人の名をつぶやき、壁に手をついた。

 叩くつもりはなかったが、悲しい思い出と辛さのせいか、思ったより強く壁を叩いてしまった。

 ドンという、音がした瞬間



「きゃっ!」



 という声が聞こえた。

 ありゃ、誰かいたか?

 きょろきょろと周りを見たが、近くには誰も居ない。

 気のせいか。


 俺は教室へと一人戻った。

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