28話 渋谷ソウタは、ユキナと語る

「ゆ、ユキナ…………?」

 俺は呆然と、大きな赤い魔法陣の上に浮かぶユキナを見つめた。


「ふふっ、凄いよね。この魔法陣の上なら幽霊の姿が見えるようになるんだって」

 くるりと、踊るように一回転をするユキナを、俺はただ見つめることしかできなかった。


 その時、俺の両腕が誰かに掴まれた。

 さっき、俺を襲おうとしていた男たちだ。

 しまった!

 ふり解こうとあがくが、一度掴まれてしまうと簡単には引き剥がせない。


「ダーメだよ。ソウちゃん? アカネちゃんも捕まってるんだよ? 抵抗しちゃ、ダーメ」

 その言葉に、ぎくりとした。

 横目で見ると、アカネを捕まえている女が二人。

 さらにその横に居る女の手には、ナイフが握られていた。

 なん……だと?


「ユキナちゃん!? 何を言ってるの!」

「ユキナ! どーいうことだ!」

 アカネが大声で叫び、俺も混乱したまま怒鳴った。


「もう、二人とも~、みんな呪文の詠唱中なんだよ? 邪魔になっちゃうでしょ?」

 俺たちとは対照的に、ユキナは笑っている。

 一点の曇りもない笑顔。

 何を言ってるんだ、ユキナ。

 まるでユキナが、こいつらの仲間であるかのような……。


「ユキナ……さっきから何を言ってるんだ?」

 舌がうまく回らない。

 喉がカラカラだ。

 俺の言葉に、ユキナがニコりと微笑んだ。


「これからね……みんなは召喚するんだって。凄いんだよ? 死んだ人をくれる神様。だからね、ソウちゃん。私は生き返ることができるんだよ!」

「……………………え?」

 俺はその言葉に、頭が真っ白になった。

 ユキナが……生き返る?

 

「無理だよ! そんなこと出来るはずがないよ! ユキナちゃん、騙されてるよ!」

 アカネが叫んだ。


「できるんだよ。死者の復活ができる魔法使いは現存しない、だよね? アカネちゃんが教えてくれたし、それはここに居る人たちも知ってる。でもね、神様は別でしょ? 神様だったら死者の復活なんて簡単だよね?」

「そ、それは……でも、神様を呼び出すなんて不可能だよ!」

 アカネの言葉に、ユキナは笑顔から一変、切なげな表情になった。


「ここにいる人たちはね……悲しい人たちなの。大切な人を失ってしまっって、生きる気力を無くして、その時、死者復活の神様について知ったの。一人では神様の召喚なんてできない。だから力を合わせようってことで集まったの。みんな、私財を投げうって、人生の全てをこの儀式に賭けてるの。だから、邪魔をしちゃダメ……」

 ユキナが淡々と語る。


「ユキナ、でも『緑衣』の連中は、スノウっていう薬物を……お前が死んだ事故の原因となった薬をばら撒いてるやつらなんだぞ……?」

「違うよ。それは分派の人たち。ここの人たちは、スノウとは無関係の人たちなんだよ……」

「そう、なのか……?」

 じゃあ、悪い人たちでは無かったってことか?

 むしろ、俺たちが彼らの大切な儀式を邪魔しちゃったってことか……?

 でも、何かひっかかるような。

 あっ!


「ユキナ。トオルやそこの檻に入ってる人たちは? どうして監禁してるんだ……?」

「あー、トオルくんたち? あの檻に入ってる人たちは、みんな警察や教会の関係者。儀式のことを知られちゃったからさ。でも、眠ってるだけで怪我とかはしてないよ。それに儀式が終わったら解放するし」

「儀式が終わったら解放……?」

 あ、あれ?

 問題ない……のか?


「だからソウちゃんは大人しくしててね! 神様を召喚してぇ、私生き返っちゃうから☆」

「お、おう……」

 パチン、とウインクするユキナに思わず頷いてしまう。


「駄目だよ!」

 大声を上げたのは、アカネだった。

 アカネの腕は、緑のローブを着た女の人たちに腕を掴まれ、首の前にはナイフが付きつけられているのに逃れようと暴れているから、刃が肌に触れている。


「あ、アカネ、危ないって……」

「ユキナちゃん止めて。復活の魔法なんて、何が起きるかわからない……危険だよ」

「危険?」

 ユキナが、不思議そうな顔をする。

 じいっとアカネを見つめるその瞳は、笑っていなかった。


「危険ってなに?」

「だ、だから……、復活の魔法なんてきっと失敗するよ。失敗したら何が起こるか」

「へぇ……、失敗かぁ。何が起きるのかな?」

「そ、それは……」

「例えば……とか?」

「……え?」

 ユキナの言葉に、アカネの表情がぽかんとしたものになる。


「ふふっ、じゃあ平気だね。だって、私はもう死んでるもの。ねぇ、ソウちゃん?」

「あ、ああ……そう、だな」

 突然、会話がこちらに振られた。

 確かに既に幽霊のユキナにとって、失うものは何もない。


「なぁ、ユキナ。その『召喚』ってのは、本当にうまくいくのか?」

「ふふ、心配性だなぁ。ソウちゃん。ここの人たちが、いっぱい研究して、確実な方法を調べてくれたから大丈夫だよ。心配しないで」

「で、でもユキナは魔法なんて使えないだろ? なんで一緒に行動してるんだ?」

「それがね、ソウちゃん。実は私って魔法の才能があったみたいなの。生身の時は、全然普通の人だったんだけど、幽霊になることで魔法使いの才能が開花したみたい」

 衝撃の事実を語られた。


「そ、そうなのか……」

「うん! 凄いでしょ!」

 ぶいっ、とピースをするユキナ。


「ああ、凄いよ……ユキナ」

 生前も多才だったけど、死んでから芽生える才能なんてあるんだな。

 俺は素直に感心した。

 

「私はね、ここに居るみんなが唱えている呪文の最後に神様に呼びかける役目。本来は、『巫女』って人がそれをするはずだったんだけど……、その子は、事情があってできなくなっちゃったんだって。それで、この人たちは途方に暮れてたんだけど、私が見つかったから『儀式』ができるようになったの!」

「だから、ユキナが協力してるのか」

「そう! ソウちゃんも成功を祈ってね」

 ああ……、と頷こうとして割り込んだのは、アカネの声だった。


「ソウタくん! 納得しちゃ駄目! こんなの上手くいきっこないよ!」

「アカネ、でも……」

「無理なんだよ……。国家資格も持たない魔法使いが神様を召喚なんてできるはずない」

 そう、なんだろうか?

 俺は魔法のことは詳しくないから、どっちの言い分が正しいのかさっぱりわからない。  

 その時、背筋がゾクリとするのを感じた。




「さっきから、何なの? アカネちゃん。無理無理ってさぁ」




 先ほどまで楽しそうだったユキナの声が、苛々したものに変わる。

 機嫌が悪い時のユキナの顔だ。 


「私ね、幽霊になった時にようになったの。これも魔法の力なんだって」

「え?」

 ユキナの言葉に、アカネの顔色が変わる。


「魔法の発動条件は、その人に取り憑くこと。だから、私はアカネちゃんの本心がわかっちゃった」

「………………」

 ユキナの言葉に、アカネが口をつぐんだ。


「心が読める……?」

 俺が呼びかけると、ユキナは俺のほうを振り向き二コリと微笑んだ。


「うん、『読心』の魔法。これって結構凄いことらしいよ? ソウちゃんに取り憑いた時に、ソウちゃんの気持ちも分かったんだ。ずっと、私のことを想ってくれてたんだって」

「あ、ああ……もしかして、夢の中に現れたのは……?」

「そう、それも魔法だよ」

 そうだったのか。


「でね」

 俺に向けた笑顔から一変、ユキナの表情が嗜虐的なものに変わる。


「私、知っちゃったんだー。アカネちゃんの気持ち」

「…………」

 ユキナの声が氷のように冷たい。

 こんな喋り方をする彼女の声を初めて聞いた。


「アカネちゃんって、私がソウちゃんのことを好きだったんだよね?」

「え?」

 ユキナの言葉に、反応したのは俺の声だった。


「……っ」

 アカネの方に視線を向けると、目を逸らされた。


「なに……言ってるの、ユキナ……ちゃん」

 アカネの声が震えている。

 顔は俯いている。


「私、取り憑いた時にわかっちゃったの。アカネちゃんの気持ち。ずっとソウちゃんのこと好きだったんだよね? だから私言ったの。アカネちゃんがソウちゃんと付き合えばって。よかったね、付き合うことになって」

「……ち、違」

「いいじゃない、アカネちゃんは幸せなんだから。私は生き返っても、ソウちゃんを返してなんて言わないよ。だから、邪魔しないで」

「……わ、私は……」

「なーに?」

「…………違」

「聞こえないんだけど?」

「…………」

 二人の会話に入っていけない。

 俺は、ただ聞いていることしかできなかった。



「ユキナ様、もうすぐ詠唱が終わります。儀式の準備を」

 緑のローブを着た人の一人がユキナに話しかけた。


「そう。じゃあ、お願い」

「はい」

 そう言ってそのローブを着た人は、アカネに近づいていった。

 その手には、刃物のようなものを持っている。

 なにっ!?


「ユキナ、何をするんだ!」

 嫌な予感がする。

 ユキナは何も言わない。

 刃物を持った人物は、アカネのすぐそばにいる。


「こ、来ないで……」

 アカネの顔が恐怖に引きつる。


「お、おい!」

 アカネの所に向かおうと俺は暴れたが、気が付くと俺の身体を押さえている男が増えていた。

 う、動けない!


「神様を召喚する儀式には、必要なものがあるの」

 ユキナがぞっとするほど冷たい声で呟いた。


「必要なもの……?」

 俺が尋ねると、ユキナがこちらを見て言った。




「それはね、使




「なっ!?」

 その言葉に、思考が乱れた。

 その間にもアカネにゆっくりと刃物が近づいて。


「ふざけるなっ! ユキナ、やめろ!」

「駄目だよ、ソウちゃん。暴れちゃ駄目。アカネちゃんもだよ? 手元が狂って怪我しちゃうと大変」

 クスクスと笑うユキナ。


「い、嫌……」

 消え入るようなアカネの声。

 逃れようともがいているが、アカネの非力では拘束が解けそうにない。

 俺の目の前で、刃物がゆっくりとアカネに迫り……



「痛っ」

 アカネの指先を、チクリと刺した。

 、血が滴ったのを緑のローブの人が器用に小さな容器に入れた。


「は?」

「え?」

 俺とアカネの間の抜けた声だけが、響いた。


「ユキナ様! 『魔法使いの血』回収、完了しました!」

「うむ」

 いや、「うむ」じゃねーよ。 


「おい、ユキナ」

「あー、ちょっと待って。ほら、早くアカネちゃんの手を消毒と止血」

「は、はい。ただいま!」

 さっきまで無言だった、アカネを押さえていた緑ローブの女が手際よくアカネの指に包帯を巻く。

 あんた喋れたのかよ。


「アカネ、大丈夫か?」

「う、うん。チクっとしただけ……」

 まぁ、見た目にも大したことはなさそうだ。

 

「どーいうことだよ……ユキナ」

「私がアカネちゃんに酷い事するわけないでしょー」

「はぁ……」

 俺は大きくため息をついた。

 弛緩した空気が流れる。

 それを破ったのはアカネだった。


「そ、それよりユキナちゃん! さっきのは何!? し、処女の魔法使いの血って!?」

「あー、なんかね。この儀式にはそれが無いと完成しないんだって。で、本当は『巫女』だった子がその役目を負ってたんだけど……、その子『処女』じゃなかったのよ。いま、アカネちゃんの腕を掴んでる子なんだけどね」

「……スイマセン」

 アカネの隣に居る緑ローブの女の子が申し訳なさそうに謝った。

 てか、巫女ってそこに居たのかよ!?


「兄ちゃん、あの子はあんたの彼女だろ? 別嬪さんなのに、あんた真面目だなぁ」

「おかげで俺たちは助かったよ~」

「あんなに可愛いのに処女なんだなぁ」

 俺の腕を掴んでる男たちまで、話しかけてきた。

 こいつら……、さっきまで全然喋らなかったくせに。


「腕、離してもらえます?」

「おお、すまん、すまん」

 俺が言うと、素直に解放してくれた。

 なんやねん、こいつら。


「ちょっ! な、な、な、何なの!?」

 真っ赤になっているのはアカネだ。

 みんなに処女であることを感謝されて戸惑っている。 


「ありがとうございますー、アカネさん。本当は私の役目だったんですけど……イケメンにナンパされてつい……」

「はぁ……」

 駄目だこの巫女。


「さあ! 儀式は大詰めよ! 


・魔方陣

・媒介となる魔法石

・召喚の詠唱

・供物

・魔法使いの血


儀式に必要なもの全てが揃ったわ! みんな、離れて! 私が最後の呪文を唱えるから」

 ユキナが、大声で呼びかけた。

 緑のローブの人たちが、取り囲むようにして円陣を作ってユキナを見つめている。


「アカネ」

「うぅ……ソウタくん」

 俺はアカネの側にかけよった。


「よかった、無事で」

「良くないよ! なんか、みんなに処女ってバレたよ!」

 良くないらしい。

 俺はアカネの細い肩を抱き寄せた。

 

「アカネ……儀式、上手くいくかな?」

「わからない……。ただ、やってることは間違いなく違法だからね?」

 そうなんだ……?

 アカネの立場上は、どうあっても賛同はできないらしい。


 しかし、もはや止められそうにない。

 俺とアカネは、黙って儀式を見守った。


 魔方陣は燃えるように、不気味な赤い光を放っている。

 その真ん中に、巨大な肉塊と大きな赤い石が置かれてあった。

 あれが……『魔法石』と『供物』というやつだろうか。

 素人の俺には、さっぱりわからない。


「あの魔法石……、多分一千万円くらいするよ」

「いっせんまん?」

 アカネがぼそっと教えてくれた価格に驚愕する。

 魔法って、金がかかるんだな……。

 となると隣の肉も希少なものなんだろうか?

 

「あのでっかい肉の塊はなんですか?」

 俺は近くに居た緑ローブを着た男に尋ねた。


「あれは、供物用の肉です。本当は羊一頭が良いのですが、手に入らなかったので業務用スーパーで20キロの豚肉を買いました」

「へ、へぇ……」

 そっちはスーパーで買ったのか……。

 大丈夫か、この儀式?

 それでいいのか?

 そんなことを考えている間にも、儀式は進んでいる。


 俺たちの目の前では、巨大な魔方陣が赤く輝きを増している。

 室内であるにもかかわらず、風の流れを感じる。

 緑ローブの人たちの詠唱が止まった。


「…………XXXXXXXXXXXXXX!!!!」


 魔方陣の隅っこに立っているユキナが、聞き取れない言葉を発した。

 これが召喚の呪文?

 これで魔法が発動するのか?

 ごくりと、みなが息をのんだ。


 が、何も起きない。

 倉庫内は静寂に包まれている。


「…………失敗した?」

「そ、そんな……」

「手順に間違いは無いはずだ!」

 緑ローブの人たちがざわめきだした。

 俺はアカネと顔を見合わせた。


「あ、あれ~……?」

 ユキナが困ったように、首を傾げている。

 俺とアカネはユキナに駆け寄った。 


「よかった……変なことが起きなくて」

 アカネが胸を撫でおろしている。


「失敗ってことか? ユキナ」

「えー、そんなー!」

 ユキナは不満そうだが、奇跡なんて都合よく起きないんだろう。

「じゃあ、トオルを起こして帰ろうか」と言おうとした時だった。



 ――大きく地面が揺れた。



 あちこちで悲鳴が上がる。

 突然、部屋に熱気が広がった。

 耳障りな、悲鳴のような声がかすかに聞こえる。


『魔法石』が置かれている場所に、ゆっくりと黒い水たまりのようなものが広がった。

 黒い水からは、ボコボコと何かが泡立っている。 

 その中からゆっくりと何かが……

 


 ――『神』が現れた

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