27話 渋谷ソウタは、儀式を見る

(……な、なんだ、……これは?)


 そこはだだっ広い、倉庫のような場所だった。

 その中央に血で描かれた赤い魔法陣。 

 揺れる数百本の蝋燭の炎。

 怪しげな呪文を呟く、緑のローブの多くの人影。


「ねぇ、ソウタくん……中はどうなってるの?」

 アカネが、俺の身体にしがみ付きながらドアの隙間から内部を覗き込んだ。

 少しくすぐったい。


「え……なにこれ?」

 中の様子を見て、アカネも絶句している。

 なんかもう、確実に近づいてはいけない連中だ。

 できれば今すぐ逃げ出したいが……。


「ユキナ、トオルはどこに居るんだ?」

「あの沢山人が居る所の奥に檻があって、そこに捕まってるよ、ソウちゃん」

「ここからは見えないな……」

「今は、あの怪しい儀式中みたいだからこっそり近づけば、気付かれないんじゃないかな」

「いやいやいや、危険過ぎるよ、ソウタくん。もう警察に通報して私たちは逃げようよ」

 アカネが俺の服の袖を引っ張る。

 俺も同感だ……が。


「アカネ、先に警察へ電話しておいてくれ。俺は様子を見てくる。ヤバかったら逃げるから」

「で、でも……」

「一応、自分の目で確かめておきたい。もしかしたら、見た目より普通の人たちかも……」

「絶対、普通じゃないって」

 まぁ、なぁ……。

 俺は怪しい呪文を唱えている一団にもう一度、視線を向けた。

 手を合わせ、熱心に祈っている様子で、俺たちには気づきそうにない。

 

「それじゃあ、行ってくる」

「うぅ……、気を付けて」

 俺は不安げなアカネに笑みを向け、ゆっくりと扉の隙間から倉庫の中に入った。

 倉庫の中央部分は、儀式のためか物が何も置かれていないが、部屋の周りには工場の機械か何か、大きな物がごちゃごちゃと置かれている。

 俺はそれに身を隠しながら、倉庫内を大回りするように奥へ進んで行った。

 耳には、不思議な呪文が届く。


 ……eco……ea……

 ……miwa…………irua……

 ……iwa………………saya……


 何を言ってるか、全然わからん。

 ずっと聞いていると、頭がクラクラしてきた。

 あまりそっちに意識を引っ張られないよう、意識を集中させる。

 

 小さく深呼吸した。

 師匠に習った、精神を落ち着ける方法。

 数秒目を閉じ、耳から聞こえる音を無視する。

 意識から不純物を取り除く。


 ――よし、大丈夫。


 俺は物陰を通って、倉庫の反対側に辿り着いた。

 大きな機械の影から、中を覗き込む。

 確かに、猛獣を閉じ込めるような檻が鎮座していた。

 その中に数人の人が、


(なっ!?)

 これはもうアウトだろう。

 確実に何かしらの犯罪行為が行われている。

 アカネにラインで「警察は呼んだ?」とラインした。

 すぐに既読は付かなかった。


 どうする?

 アカネの場所に、戻るか?

 しかし、倒れている人の中にトオルが居るかどうかはここからじゃ見えない。

 少し迷った末、俺は少しづつ檻に近づいた。

 薄暗がりの中、見慣れた学校の制服姿の男が倒れているのが見えた。

 背を向けていて、顔は見えない。

 あの背格好……トオルに似ている。

 もう少し近づいて、声をかけるべきか、……でも気絶している様子だし、……と逡巡していた時だった。



「は、離して!」 



 女の子の悲鳴が聞こえた。

 アカネの声だ。


「アカネ!」

 俺は、慌てて声のするほうに飛び出した。

 そこでは、アカネが緑のローブを着た女の人二人に腕を掴まれているところだった。

 くそっ! なんで、出てきたんだ!


 俺がアカネを助けようと、そっちに向かうのを邪魔するように大柄な男三人が立ちはだかった。

 全員、緑のローブを着ており、顔はフードで隠れて表情は見えない。


 そして、その異常事態でも他の緑のローブの人たちは、呪文を唱えるのを止めない。

 異様な光景だった。


「ソウタくん! 逃げて!」

 アカネが叫ぶ。

 そうだ、まずはアカネを助けないと。


 俺を捕まえようと迫る、三人の男の位置を把握する。

 一番近い位置にいるのは、右側から迫って来る男。

 あと数秒で、腕を掴まれるだろう。

 俺は先に一歩踏み込み、男の鳩尾にそっと手を当てた。



 ――古武術<発勁>



 男は声を上げず、静かに膝をついて倒れた。

 残り二人。

 が、倒れた男を見て残り二人の男は後ずさった。


 よし、これなら無駄な戦闘はせずにアカネを助け……。




「……駄目だよ、ソウちゃん」




 声が聞こえた。

 名前を呼ばれた。

 聞き覚えのある声だ。

 

 昨年のクリスマスイブ。

 待ち合わせ場所に「ゴメン!ちょっと待ってて!」という言葉を最後に、二度と聞くことができなかった声。 

 恋人の、東雲ユキナの声だった。


 俺は握りしめた拳を緩め、呆然と声のする方へ視線を向けた。

 あり得ない。

 そんなことは、あるはずが無い……。

 地面には、赤い魔法陣。

 そこに立っているのは……。


 立っていたのは――制服姿で笑う『東雲ユキナ』だった。

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