26話 渋谷ソウタは、工場を探索する

 裏口から侵入した俺たちは、工場の敷地内にある倉庫に隠れながら様子を伺った。

 特に人影は見当たらない。

 そもそも、誰か居るのだろうか……?

 工場にはいくつか扉がある。

 鍵がかかっているかどうかは、ここからではわからないがウロウロしているとかなり目立つだろう。


「ソウちゃん、アカネちゃん。ちょっと、私が先に行って様子を見てくるね」

 とユキナの口調で喋ったかと思うと、アカネがふらっとよろけた。


「大丈夫か? アカネ」

「……うん。ユキナちゃんが、霊体化して探索に行ってくれたみたい」

「べ、便利だな……」

「はは、そうだね」

 幽霊ってスパイに最適な能力かもしれない。

 その時、ふと気づいた。


「アカネ、体調が悪いのか?」

「……ううん、大丈夫だよ。どうして?」

 そう言うアカネの顔には疲労の様子が見えたが、アカネが大丈夫と言うならそれを信じることにした。

 すでに敷地内に入ってしまっているので、ここに残ってというわけにもいかない。


「でも、少し疲れたかも。ソウタくんに、もたれてもいい?」

「ああ、いいよ」

 アカネが俺に身体を預けてきた。

 柔らかい身体が俺に触れ、温かい体温が伝わる。

 

「「……」」

 そのまま無言になった。

 どれくらいでユキナは帰ってくるだろうか。

 先に口を開いたのは、アカネだった。


「トオルくんからラインの返事はこない?」

 そう言われて、スマホを確認した。


「んー……、駄目だ。既読すらつかない」

「そっかぁ」

「あいつは、ラインのチェックはかなり豆にするから、ここまでスルーされるのは、変だな」

「へぇ、意外。そうなんだね」

「毎日、複数人の女子から連絡が来るらしいからな」

「……感心するんじゃなかったよ」 

 アカネは、はぁ~と大きくため息をついた。


 アカネが俺に寄りかかっているので、俺の頬にアカネのさらさらした髪の毛が触れる。

 花のようなシャンプーの香りが、僅かに届いた。

 ……なんか、ドキドキする。


「どうしたの? ソウタくん」

 アカネが俺の視線に気づいたのか、こちらを見つめてきた。

 しばし、見つめ合う。

 俺は気になっていたことを質問した。

 

「ユキナは……俺とアカネが付き合っていることを、怒ってない、のかな……?」

「んー、というか元々ユキナちゃんが言い出したんだよね。私とソウタくんが付き合えば? って」

「そ、そうなのかっ!?」

 何となくショックを受けた。


「私は死んじゃって、ソウタくんとは付き合えないし、傷心のソウタくんが変な女にひっかかるくらいなら、アカネちゃんが~って、……。最初は、びっくりしたよ」

「そ、そうなんだ」

 ユキナがそんなことを……。


「ま、結果としては良かった、のかな?」

 少しはにかみながら、俺を上目遣いで見てくるアカネが可愛かった。

 よし、この流れでさっきの話も聞いてしまおう。


「ところで、アカネが俺のこと去年の5月から気になってたって話……」

 俺が話そうとしていた時。

「あ、ユキナちゃんが戻って来た」

 アカネが、ぱっと視線を変えた。

 俺もつられてそっちを見たが、誰もいなかった。

 すぐにアカネがびくん、と身体を逸らした。


「お待たせ、ソウちゃん! あれ~? なんかアカネちゃんと距離が近いなぁ。二人で何をしてたのかなぁ?」

「な、何もしてないって」

「ふふ、冗談。ついて来て、見張りが居ないルートを確認したから」

「わかった」

 俺の手を握るアカネ――に憑依したユキナに引っ張られ、工場のほうへ近づいた。

 

 一応周りを警戒するが、人影は見えない。

 幾つか並んでいる似たような建物の入り口の一つにやってきた。

 赤茶色の錆びた鉄のドアだった。


「ユキナ、ここでいいのか?」

「うん、ここは鍵かかかってないよ」

「よし、開くぞ……」

 俺はゆっくりとドアノブを回すと、確かにあっさり扉を開くことができた。

 音を立てないよう、そっと工場の中に入る。

 中は薄暗かった。

 そして、一点気付いたことがある。


(この工場は、もう稼働していないのか……)


 外からはわからなかったが、中に入ると一目瞭然だった。

 床には分厚いほこりが溜まっている。

 長らく人が使っていない様子が伺えた。

 建物内には電気がついていないが、窓から光が差し込み何とか歩いていくことはできる。

 ただ廃工場ということで、受ける印象は何とも言えなかった。


「そ、ソウタくん……不気味だね」

「ああ、俺が先に行くよ」

 さっきまでと反対に、俺が先に歩きながらアカネの手を握った。

 わずかにその手が汗ばんでいる。


「ユキナ、こっちでいいのか?」

「うん、真っすぐ。それで着くよ」

「トオルが居たのか?」

「………………うん」

 少しユキナの返事が遅いことが、気にかかった。

 が、親友が囚われているというなら確認しないわけにはいかない。


「アカネ、トオルの姿を発見したらすぐに警察に通報な」

「うん、あと教団絡みってことで魔術士にも来てもらうように伝えるね」

「ああ」

 そう言われても、一般人の俺にはピンと来ていないが。

 この先には、悪い魔法使いが居る、ということだろうか?


 俺はアカネの手を引き、ゆっくりと工場の廊下を進んだ。

 足音は立てないように気を付けているが、どうしても無音というわけにはいかなかった。

 二人分の足音が、小さく響く。


 が、やがてそれが気にならなくなった。

 廊下を奥に進むにつれ、不思議な音が聞こえてきたからだ。



(……人の声が聞こえる)


 一人ではない。

 大勢で合唱しているような声。

 しかし、それは歌ではなかった。

 強いて言うなら……お経だろうか。


「ソウタくん……これ、呪文だ」

「呪文?」

 耳慣れぬ言葉に、振り返ってアカネの顔を見た。

 その顔色は良くない。


「大丈夫か、アカネ?」

「なんだろう……初めて聞く呪文。内容から、おそらく召喚呪文……? でも、この発音、おそらく使用者は素人だ……。魔力マナの無い人間が、呪文を唱えても魔法は発動しないのに……」

 駄目だ、アカネはぶつぶつ呟いて考え込んでいる。


 声が聞こえるのは、廊下の奥。

 わずかに開いたドアの隙間から、太陽光ではない明かりが漏れ出ている。

 俺はアカネの手を引き、ゆっくりと奥の扉に近づいた。

 その隙間から中を覗いた。


 そこに広がっていたのは――



 巨大な血で描かれた魔方陣。

 それを取り囲む、何百本もの蝋燭。

 そして、怪しげな呪文? を唱え続ける緑のローブの人たち。



(な、何だ、こりゃ!?)



 そこに広がる光景は、まるで悪魔崇拝の儀式サバトのような、何かだった。

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