9話 渋谷ソウタは、街へ繰り出す

◇渋谷ソウタの視点◇


 ――放課後。


「遊びに行こうぜ! ソウタ!」

 悪友のトオルに誘われ、新宿の街にやって来た。



「ねぇねぇ、一緒にカラオケ行かない?」

「……」(無視)

 トオルが大学生くらいのお姉さんに声をかけ、華麗にスルーされている。

 つーか、遊びってナンパかよ。

 別に俺は二人で遊ぶのでも、楽しいんだけどなぁ……。


 トオルが10人目の女の子にアタックして、玉砕するのを眺めながらため息をついた。

 今日の成果はなさそうだな。

 俺はナンパには参加せず、さっき買ったコーラをチビチビと味わった。


「かー、今日はダメだなー」

 トオルが戻って来た。

 カラカラ笑っていて、あまり気に病んでいる様子は無い。

 トオルにとっては、ナンパ自体が楽しいのであって結果は二の次らしい。


「じゃあ、切り上げてどっかに遊びに行こうぜ」

 通行人を眺めるのにも飽きてきたので、俺は提案した。


「うーむ、しかし、折角ソウタの後ろに『あの子』が居ないんだからこのチャンスに……」

「え? なに?」

「いやいや、こっちの話」

「?」

 よくわからん。 

 気にしなくていいか。


「じゃあ、カラオケでも行……」

 俺が提案をした時。




「すまん、ソウタ。




 へらへらとしていたトオルの表情が変わった。

 声が硬く、眼つきが鋭くなる。


 ……ああ、いつものやつか。


「トオル、どの子だ?」

「横断歩道を渡って、こっちに来る。赤いTシャツに黒いスカートの子」

 見過ぎて視線が合わないよう、視界の端で確認する。


 年の頃は同じくらいだろうか。

 暇そうにスマホを眺めながら、高級ブランドのバッグをぶらぶら揺らしている。

 明るい茶髪は少しユキナを思い出させたが、派手なアクセサリと化粧はユキナのとは違った。

 いかにも遊び慣れてそうな、美人な子だ。


「トオル、あの子が……?」

「ああ、『死相』が出てる」

「追いかけるか?」

「一応な」

「了解」


『正陽教会』の牧師見習いであるトオルは、人の『死相』が見えるらしい。

 それがどんなものなのか、俺にはわからない。

 ただ、トオルが『死相』を見た人間は、本当に死が迫っている。

 過去に何度もトオルと一緒に、現場に遭遇したので疑いようがない。


 それが一体、どんな死なのかはトオルにもわからないらしいが……。


 女の子は、特に目的も無さそうに歩いている。

 足取りはしっかりしていて、病気とかそういうのはなさそうだ。

 事故とかだろうか?


 ふと、車に跳ねられた恋人ユキナのことを思い出してしまった。

 事故なら、絶対に助ける。

 俺がそんなことを密かに決意していると、女の子が人気のない路地に差し掛かった。

 この辺は、夜にはバーとかクラブで賑わう歓楽街だ。

 夕方前は、まだ人通りが少ない。 

 その時。


「エリカ……待ってたよ」

「あ、あんた!? なんでここに?」

「探してたんだ……ずっと」

「……ちょっと、キモイんだけど」

 女の子の前に、一人の大柄な男が現れた。

 歳は二十歳くらいに見えた。


「ソウタ……」

「ああ、危ないな」

 二人は知り合いのようだが、どうも良好な関係ではなさそうだ。


「なんで、電話にでないんだよ! ラインもメールも無視するし!」

「べ、別にいいでしょ!? あんたと私は関係ないんだからっ!」

「何が関係ないだ! お前のために何でも好きなものを買ってやっただろう! 俺と一緒に住んでくれるんじゃなかったのか!?」

「そ、それは……学校が忙しくなったから……」

「うそだ! 本当は別の男ができたんだろう……。お前の友達に聞いたぞ……」

「な、何言ってるのよ。本当に忙しくなっただけだから……」

「じゃあ、今からお前のスマホを確認する。何も証拠が無ければ信じるよ」

「なっ!? 嫌よ!」

「あ?」

「あんたとは別れたって言ってるでしょ! なんでスマホを見られなきゃならないのよ」

「やっぱり、他に男が……」

「違うって!」

「信じられるか!」

 二人の怒鳴り合いが続く。


(うーむ、痴情のもつれかぁ……)

 第三者が、のこのこ入っていける雰囲気ではない。


「なあ、トオル。どうする……?」

 俺たちは退散しようか? というつもりで聞いてみたが、トオルの顔は青ざめていた。


「マズイ……アイツ、悪鬼になりかけてる……」

「なに……?」

 専門用語がでてきた。

 あっき?

『牧師見習い』のトオルの言う単語は、たまに意味不明だ。 

 あとで教えてもらうか。


「いいから、スマホ寄こせよ! これが見えねーのか!」

「ちょっ!」

 げ、男が刃物を取り出した。

 こりゃ、まずい。

 これが、『死相』の原因か!


「トオル、俺が止めてくる! お前は警察に電話してくれ!」

「お、おい! ソウタ!『悪鬼』はやばい。いくらお前でも……」

 俺はトオルの制止を振り切って、修羅場の男女の間に割り込んだ。


「やぁ、お二人。刃物はマズイんじゃないかな?」

「誰だ、てめぇ」

「だ、誰……?」

 なるべく刺激しないように、穏便に話しかける。


「うるせぇ! おまえ! エリカの男か! 邪魔するなら殺すぞ!」

 包丁程の刃渡りの大きなナイフを構える。

 男が怒鳴るたびに、女の子はびくりと震える。 

 あーあ、やっぱ冷静にはなってくれないか。


 よくみると、男の視点が定まっていない。

 表情も、かなりおかしい。

 薬でもやってるんだろうか……?

 

「おねーさん、逃げて」

 俺は女の子に促した。


「だ、ダメ……。怖くて、足が……」

 どうやら刃物を見て、身が竦んでしまったらしい。

 困ったな。


「死ねやぁー!」

 男が刃物を中段に構え、突進してきた。

 おいおい、短絡的過ぎるだろう。



(はぁ……)

 俺はため息をつき、右肩を前に自然体で構えを取った。

 目の前に男が持つ刃物が迫っている。



 ――古武術<受け流し>



 ナイフの刃を半身で躱す。

 目の前で、分厚い刃物が空を切る。



 ――古武術<武器狙い>



 俺は、男の手に手刀を叩き込こんだ。

「ぐっ」と男は呻き、ナイフを地面に落とす。



 俺はそのナイフを、静かに拾い上げた。

 

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