10話 板橋トオルは、目撃する
◇板橋トオルの視点◇
――悪鬼。
それは、人の心に巣食う悪魔の一種。
悪鬼に取り憑かれた人は、
俺には、女の子を待ち伏せていた男の額にどす黒い『角』が生えているのが見えた。
幼い頃より牧師としての修行を続けてきた俺には、人に取り憑く悪魔が視える。
魔法使い以外は本来、持つことができない『
それを一般人が抱えてしまうことがある。
だが、一般人に
だから、暴走して『悪魔』になってしまう。
悪魔化は強い『負の感情』によって引き起こされる。
恐らくこの『悪鬼』になりかけている男は、その女の子に執着しているのだろう。
人を好きになる感情は強力だ。
その感情が負の方向に振り切れた時、『
鬼になった者は、警察にも手が付けられない。
軍隊か、訓練を受けた魔術師でもなければ。
その危険な鬼に、友人が相対している。
「そ、ソウ――」
俺が叫ぶ前に。
「死ねやー!!!」
男が刃物を取り出すと、突撃してきた!?
マズイ、理性を失ってる!?
そして、凄いスピードだ。
避けられない!?
「ほい」
「「え?」」
ソウタの動きを目で追えなかった。
気が付くと、男は武器を落として、それをソウタが拾っていた。
一体何が起きた?
「て、てめぇ! 許さねぇ! 殺してやる!」
武器を奪われた男が怒り狂い、地面を蹴りつけると「ズドン!」という音が響き、アスファルトにひびが入った。
あれは……鬼化で身体能力が向上してる!
ヤツに掴まれたら、無事じゃすまない。
「ソウタ! その子を連れて逃げろ! 俺は警察に連絡するから!」
そう言いながら俺は、武蔵野市を管轄する魔術師『赤羽家』のホットラインへ電話した。
もうこいつは、警察の手に負えない。
「うーん、でもこの子腰が抜けちゃって歩けないみたいなんだよな」
「……ッ!」
ソウタののん気な声に、女の子が涙目でコクコクと頷く。
くそっ、なんてことだ!
「ぐるるるるっ…………」
男は不気味な唸り声をあげ、口からは涎を垂らしている。
理性が薄くなっている。
理性の喪失とともに、人間性が失われ、より鬼に近づく。
そうなると人間など紙きれのように引き裂かれてしまう。
「がぁぁあああ!」
男が近くに止めてあったバイクを持ち上げた!?
人間ではできないようなバカげた力業。
既に鬼化が、かなり進行してる!?
「すげぇなぁ……」
のんびりしたソウタの声が聞こえ。
「逃げろ! ソウタ!」
「キャアー!」
俺の叫び声と女の子の悲鳴が上がった。
「死ねぇー!」
男がバイクをソウタに向かって
しまった、俺はなんてことに友人を巻き込んで……。
――古武術<受け流し>
小さく、声が聞こえた。
俺はバイクがソウタにぶつかる直前に、
――古武術<発勁>
ソウタが、鬼化した男の
そんな軽いパンチじゃ、鬼化した男にはまったく効かない……と言おうとして。
ぱたん、と男は悲鳴を上げることなく倒れた。
がしゃん、と凄い音を立ててバイクが地面に叩きつけられる。
「キャアアアー!」
女の子が悲鳴を上げるのを、さっとソウタが庇うように抱き寄せた。
「大丈夫?」
「えっ! あ、あれ? さっきバイクが降ってきて、私もあなたも潰されたと思ったんだけど……えっ? やっつけちゃったの……?」
「おーい、トオル。警察呼んだ?」
ソウタは、女の子の質問には答えず俺に聞いてきた。
「あ、ああ! 連絡した。じきに来るはずだ」
「もう大丈夫だよ。怪我はない?」
「は、はい……。あなたは大丈夫……ですか?」
「ああ、平気」
俺は女の子とソウタのやり取りをぼんやり聞きつつ、倒れている男に視線を向けた。
男の額には、一般人には視えない『角』がある。
間違いなく、この男は『鬼』だ。
普通は大の大人が、十人がかりで戦っても抑えきれないはずなんだが……。
ソウタって確か『空手』習ってたとか言ったっけ?
でも、それで鬼が倒せるか? 普通……
「あの……連絡先を交換しません?」
女の子が潤んで瞳で、上目遣いでソウタにすり寄っている。
「い、いやぁ、そんな大したことしてないから」
「でも、何か御礼をしなきゃ気がすみませんから!」
「な、なぁ、トオル。別に大したことしてないよなぁ?」
(大したことしてるんだよ!)
鬼を倒すとか、表彰ものだから。
女の子は、ソウタの強さに惚れこんでしまったらしい。
まあ、あんなもの目の前で見せられたらなぁ。
俺が女の子だって、惚れるよ。
それから、俺とソウタと女の子はやってきた警察(と魔術師)に事情を説明して解放された。
……その後、助けた女の子とご飯とカラオケに行って、結局ソウタは連絡先を交換していた。
◇赤羽アカネの視点◇
「……嫌な予感がする」
「ユキナちゃん?」
私とユキナちゃんが放課後におしゃべりしていると、突然ユキナちゃんが険しい表情になった。
「ソウちゃんに悪い虫がついてる気がする!」
「そーいうのわかるの? やっぱり幽霊だから?」
ソウタくんに取り憑いているから、わかるんだろうか?
「ううん、生前から。私って勘が良いんだって」
「へ、へぇ……」
ユキナちゃんって結構、嫉妬深い性格だったんだなぁ。
私と遊んでる時はそんな気配なかったけど。
「……あとでスマホをチェックしなきゃ」
「どうやって?」
ユキナちゃんは幽霊だから、スマホ触れないよね?
「ふふふ……、実はiPhoneのタッチパネルには幽霊も触れることがわかったのです! さすがはアップル製品だね!」
「うっそ!」
iPhoneは幽霊にも対応していた!?
いや、絶対ユキナちゃんが普通じゃない気がするけど……。
「ソウちゃんは、スマホにロックもかけないからね。調べ放題!」
「それはやめたほうが……」
彼氏彼女でもプライバシーは大事よ?
その日は、ユキナちゃんが一日がソウタくんを気にしながらの雑談になった。
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