7話 赤羽アカネは、幽霊と会話する

◇赤羽アカネの視点◇


「アカネちゃん!」

 ニコニコしたユキナちゃんに、

 ぽわんとした感覚につつまれる。


(私に触れられる……?)

 ユキナちゃん、相当に力が強い幽霊だ。

 って、それどころじゃない。


「ゆ、ユキナちゃん……」

 見つかっちゃった。

 退魔の魔法使いとしては、言い訳にならない大失敗。

 幽霊にとって会話できる人間が居るとわかれば、より未練を強くしてしまう。


 だから、ユキナちゃんの姿が視えることがバレちゃいけなかった。

 このままだとユキナちゃんが悪霊になることだって……


「わー、久しぶりー。アカネちゃん、幽霊が見えたんだね!? そういえばアカネちゃんの親戚に魔法使いがいるんだよね? だからかな。あー、話せる人が見つかってうれしいー」

「う、うん」


 こんな明るい幽霊に会ったことないんですけど。

 幽霊になるってことは、何かしら心に闇を抱えているもんだけど……。

 目の前の親友は、生前と変わらぬ口調と表情だった。


「ねぇねぇ、おしゃべりできる? あ、でもこのあと授業だよね? じゃあ、待ってるね。その辺ブラブラしてるよ。また、放課後ね」

「え?」

 ゆ、ユキナちゃんって、ソウタくんに取り憑いてるんでしょ?

 近くに居なくていいの!?


「じゃーねー」

「……あ」

 行っちゃった。

 幽霊は独りで存在できない。

 地縛霊なら特定の場所に、人に取り憑いているタイプならその人の側に常にいる必要がある。

 

(あー、でも浮遊霊なら……)


 自分が死んだと気づかず、彷徨っている幽霊。

 それなら説明がつくが……。

 浮遊霊は、自分が生きている人間だと思い込んでいるので、生前と全く同じ行動をする。

 

(でもなぁー、ユキナちゃんは幽霊であることに自覚があるよね?)

 浮遊霊ムーブじゃなかった。

 うーむ……。

 まあ、放課後まで待ってくれるらしいしその時に確認するしかないかぁ……。

 

 私は、気もそぞろなまま放課後を待った。




 ◇




「よお、ソウタ。一緒に帰ろうぜ」

「ああ、いいよ」

 放課後にソウタくんに話しかける人がいた。


 板橋トオル。

 ソウタくんの親友だ。


 明るいし、話しやすいし、いい人なんだが……女好きなのが欠点だ。 

 最初に、ユキナちゃんの彼氏の親友ということで、紹介されたんだが。

 

(速攻、口説かれたんだよね)


 勿論、断った。

 しかも、中学時代は彼女が10人以上居たらしい。

 わたしには合わない。


 でも、ソウタくんを心配しているのは間違いない。

 きっと元気づけようと思ってるんだろう。 

 二人は、教室から出て行った。


(……ユキナちゃん、どこだろう?)


 ソウタくんの近くには居なかった。

 

「アーカネちゃん!」

「きゃ」

 びっくりした。


 私の後ろから声をかけられた。

 私はユキナちゃんに視線を送り、一緒に教室を出た。

 教室内にはまだ沢山人がいるので、ここで話すわけにはいかない。

 独り言を言っている、危ないやつになってしまう。



 ◇



「ねぇねぇ、アカネちゃんってどうして私が視えるの?」

「ソウちゃんと話すことってできないのかなぁ」

「私って、いつまで幽霊で居られるのかな?」

「幽霊ってお腹空かないんだよね。あー、フラペチーノ飲みたいなぁー」


 

 ユキナちゃんはよくしゃべる。

 生前と同じ。

 そして、わかったこと。


(自分が幽霊って自覚ありまくるね)

 

 しかも、全然ネガティブじゃない。

 なんだ、この幽霊。

 


「ねぇ、ユキナちゃん。なんかこうー、したいこととか、気になることってある?」

 ひとまず『未練』の中身を探ってみることにした。


「んー、そうだよねー。私って幽霊だし『未練』があるはずなんだよねー」

 うわ、バレバレだ。

 私って、退魔の才能ないんじゃ……。

 ちょっと落ち込む。

 もう開き直って聞いてみよう。

 

「未練があるなら何でも言って。私たち親友でしょ?」

 これは本音だ。

 ユキナちゃんの望みがあれば、なるべく叶えてあげたい。


「うーん、でも特に無いんだよねー」

「えぇ……」

 未練の無い幽霊は居ない。

 おばあちゃんにならった、退魔の常識だ。

 ただ……。


(ユキナちゃん、本気で悩みなさそう)

 

 こんなの、どーすればいいの?

 教科書に載ってなかったよ、おばあちゃん!


「あ、でも一個だけ」

「何!?」

 私は身を乗り出し回答を待った。


「ソウちゃんってカッコいいじゃない? だから学校の女子が狙ってるっぽいんだよねー。私幽霊だから色んな人の会話が聞こえるから」

「う、うん」

 やっぱり恋人絡みだった。

 

 幽霊の定番だ。

 でも、死んでしまったユキナちゃんが、ソウタくんと結ばれることはない。

 できれば、会話だけでもさせてあげたいが、ソウタくんには霊感が無い。


「ユキナちゃん。やっぱりソウタくんと話したいよね……」

「ううん、それは大丈夫だよ」

「え?」

「だって、毎日会ってるもん」

「えええ?!」

「夢の中だとね、ソウちゃんが私に気付くんだー」


 あ、そうだった。

 ソウタくんが言ってた。

 夢の中に、ユキナちゃんが出てくるって。

 

(……これ、未練なんてあるの?)


 聞けば聞くほど、特に不満が無いように思える。


「私が幽霊になっちゃったのは、不注意によるものだからねー。ま、残念だけど仕方ないよ」

「ゆ、ユキナちゃん、悟り過ぎでは?」

 こんな幽霊いないよ!

 

「ただね、ソウちゃんのことよく知らない子が、彼女になっちゃうのは嫌なんだよねー」

「ソウタくんは当分、彼女は作らないと思うよ?」

 今日話した感じだと、まだまだユキナちゃんのことだけを想ってるっぽい。


「うん、だって毎朝私の写真に『愛してる』って言ってるんだよー。もぉー、私ってば愛され過ぎ!?」

「うわぁ……」

 ソウタくん、恥ずかしいシーンを見られちゃってるよ。

 本人に。


「じゃあ、結局『未練』ってなに?」

 話が脱線したので引き戻す。

 ここで、ユキナちゃんが意味深な表情をした。


「んー、それはね」

 ユキナちゃんが、にやっとした。


 あら? この表情は、悪戯する前の顔だ。

 十数年の付き合いのある親友だからわかる。


「毎朝、死んだ彼女の写真に『愛してる』って言うのは健全じゃないと思うの」

「……あー、うん。ソウダネー」

 幽霊に健全じゃないって言われちゃってるよ、ソウタくん。


「だから、ソウちゃんには早く立ち直って欲しいし、次の人を見つけて欲しいの」

「はぁ……」

 この幽霊、物分かり良すぎません? 


「でも、ソウちゃんのことを顔がいいからーとか、彼女が死んじゃって落ち込んでるからチャンス、みたいな子と付き合ってほしくないんだよねー」

「まあ、確かに」 

 それは、わかる。

 でも、仕方ないんじゃ……。



「だからさ。アカネちゃんが、ソウちゃんの彼女になってよ」



「は?」



 親友の口から、爆弾発言が飛び出した。

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