24話 渋谷ソウタは、ユキナと話す

「ユキナちゃん?」

 アカネの声が響いた。

 そこに……居るのか?


「うん……え? 本当に?」

 アカネが誰かと会話をしている。

 俺には視えない誰かと。


「え? うそっ! 大変!」

 アカネは驚いたように口をおさえた。

 何だ?


「ソウタくん! トオルくんが誘拐されたって、ユキナちゃんが言ってる!」

「…………は?」

 アカネの口から飛び出したのは、全くの想定外の内容だった。




 ◇




 アカネから聞いた話をまとめるとこうだ。


 最近、ユキナは浮遊霊として街をぶらぶらするのを、趣味にしていたらしい。

 ……そんなことをしてたのか。

 で、どうせ誰も幽霊ユキナの姿は見えないからと、普通の女子高生が行かないような歓楽街や路地裏も散歩していたんだとか。


 そして、つい昨日のこと。

 夜の街で、酔っ払い数人が暴れて店内のモノを壊すという出来事があった。

 それの話は、ニュースにもなっていたので俺も少しだけ知っている。

 結局は、すぐに警察が駆けつけて取り押さえたはずだ。

 

 暴れていた人は、支離滅裂なことを大声で怒鳴っていて薬物を使用している可能性もあるとか、テレビのアナウンサーが話していた。

「怖いね、お兄ちゃん」と妹が、朝ご飯を食べながら話していた記憶がある。 


 問題は、ここからだ。

 ユキナは、その現場に居たらしい。

 そして、トオルも。

 何故……? おそらく手伝っている『仕事』の関係だろう。

 にしても、随分と物騒な話だ。


 ユキナが知り合いの様子を伺っていたところ、どうやらトオルは誰かを尾行していたらしい。

 気になったユキナは、そのあとについて行った。

 幽霊なら尾行は容易だ。

 誰にも気づかれない。

 だが、トオルの尾行は相手に気付かれてしまったらしい。

 尾行がバレたトオルは、怪しい集団に拉致された……という話だった。



「……アカネは、この話をどう思う?」

 言外に、信じられないよなぁ? というニュアンスを含ませた。

 どこのB級ドラマだよ。


「どうだろ……トオルくんは『正陽教会』の跡取りだから、最近になって問題を起こしている『教団』のことを調べているなら、あり得るかも……」

 眉を潜めて、考え込んでいるアカネがいた。


 え? どう考えても、あり得ないだろ。

 だって、さっき俺たちはトオルの家にお見舞いに行ったんだぞ?

 誘拐なんてされてたら、あのシスターさんがあんなに落ち着いて対応するはずが無い。


「さっきのシスターさんは、誘拐を知らない可能性もあるよ?」

「いや、しかし……」

 俺はトオルに「今どこ?」とラインを打った。

 前のメッセージも含め、既読はつかない。

 誘拐されてるから?

 いやいや、まさか……な。


「大体さ、昨日誘拐されたからってどうしてユキナは、すぐに教えてくれなかったんだよ。変だろ? 今になって言ってくるなんて」

「ユキナちゃん、なんで? ……えっと、うん。あー、なるほど……」

 俺の疑問に、ユキナが答えている、らしいが俺にはそれが聞こえない。

 どうにもまどろっこしい。


「トオルくんがどこに攫われたか、後を追ってたんだって。だから、どこに居るかわかる、って言ってるよ」

「な、なるほど……」

 幽霊なら相手にも気付かれないし。

 無敵の探偵だ。


「よし、警察に行こう」

 最近、連続で警察に事情聴取をされたので慣れたものだ。


「待って、待ってソウタくん」

 それをアカネに引き留められた。


「何で止めるんだよ、アカネ。こんなの警察に相談するしかないだろ?」

「何て言って警察に説明するの? 幽霊に教えてもらいましたって言うの?」

「あ」

 確かに。

 死んだ俺の恋人から友人が誘拐されたって聞きました、なんて言ったら頭のおかしいやつ認定されるに決まっている。

 

「で、でも、それならどうするんだよ?」

 そう言いながら、心がざわつくのを感じた。

 焦っている?

 本当にトオルが誘拐されたんじゃないか? って俺も考えている? 

 俺が戸惑っている時だった。




 ――もう、ソウちゃんってば




 空気が変わった。

 アカネが、笑った。

 クスクス……と。

 何がそんなに可笑しいのか。


「場所はわかってるんだよ? 私たちでいいじゃない」

「「なっ!?」」

 アカネの口から飛び出した言葉に、俺とアカネが驚きの声を上げた。

 ……なんで、アカネが驚くんだよ?


「何言ってるの、ユキナちゃん!?」

「ソウちゃんは強いから大丈夫だよ」

「危険過ぎるよ!」

「へいき、へいき~」

 このセリフは全て、アカネ一人の口から発せられている。

 ……端から見ると、完全に危ない人だ。


「なぁ、アカネ」

「あれ、ソウちゃん。やっぱり元カノじゃなく今カノに話かけるんだ~?」

「っ!?」

 その言葉に、思わず後ずさる。


「ちょっと、ユキナちゃん。そんな言い方は……」

「ゴメンゴメン。ソウちゃん、私が案内するからトオルくんを助けに行こ?」

「いや、でも……」

「はーい、決定ー!」

 ユキナの口調をしたアカネに、俺は手を引っ張られた。


 このぐいぐい決めていく感じは……ユキナだ。

 向こう見ずで、突っ走る。

 俺とは真逆の性格。

 それが俺は好きだった。

 

「ソウタくん、とりあえずその場所に行ってみて、もしもトオルくんが誘拐されていたら警察に行こう」

 アカネがため息をついて、俺に提案した。 

 彼女は常識的だ。

 俺と同じで。

 それが俺を安心させた。

 俺はアカネの提案に頷いた。


 こうして、俺とアカネと幽霊ユキナの奇妙な三人で、友人の危機を救うことになった。

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